SS02 「ペンギンは空を見ない」
南極大陸上空に鳥は飛ばない。
大陸沿岸部や周囲の島にはアホウドリなどの鳥類が生息しているが、大陸中央部に生息するペンギンが飛ぶことを放棄したため、大陸上空を飛ぶ鳥は存在しない。鳥が飛ばないのだから、飛行物は存在しない。だから、人類が飛行機で南極上空を飛んだ時、ペンギンは初めて空を飛ぶ物体を見たはずだ。
そして、ペンギンは他の鳥よりも背を伸ばした状態で二足歩行を行う。頭上を飛行機が通ったとすれば、それを見上げようとして反り返ってバランスを崩し、後ろに引っくり返る。
中校の頃、生物教師から聞いた話だ。
……馬鹿馬鹿しい。
俺は周囲を歩くペンギン達を見ながら思った。
肉眼で観測されず、レーダーにも全く現れていなかった奇妙な嵐で基地が壊滅してから十数時間後、俺は南極の雪と氷の上を歩きつづけていた。他の隊員たちの姿は見ていない。俺自身、風で飛ばされたのか基地から離れた場所で意識を取り戻した。
かなりの距離を飛ばされたはずなのだが、不思議なことに体に怪我はまったくなかった。非常用セットも手に持ったままだったが、中にあった通信機は機能しなかった。どうやら、深刻な電波障害が起きているようだ。
古典的な測量の手法で大体の位置を割り出した後、俺は第二中継基地に向かうことにした。元いた基地が無事だとは思えなかったし、位置的にもそのほうが近かったからだ。
気が付くと俺は移動するペンギンの群れの中にいた。おそらく100匹は越えているだろう。長い列を作って歩く姿は黒い流れのようだ。俺から群れに近づいたわけではない。身をかがめて突風をやり過ごした後、顔を上げると群れの中にいたのだ。
そして、俺はペンギンと共に歩くことになった。氷上を進む奴らの速度と方向が俺と全く同じなのだ。ペンギン達を追い払う気力もなかったし、ペンギン達も俺に敵意を示さなかった。ペンギンは基地でも見かけたことがあるアデリーペンギンだ。体長は60センチ以上、まるで燕尾服を着たホビット族のパーティにいるようだ。
最初に言ったペンギンと飛行機の話は嘘だとわかった。一度、飛行機を見たが、ペンギン達は反応しなかったからだ。俺が大騒ぎして助けを求めていてもお構いなしだ。
こうなれば進みつづけるしかない。
一度、止まればもう動けないかもしれない。再び嵐が襲ってくる可能性もある。あの予兆のない不可思議な嵐に再び遭遇すれば一巻の終わりだ。
だが、体は限界だった。
ペンギン達の進行速度が上がる。
いや、俺が遅くなったのだ。
気が付くと俺は群れの最後尾を追いかける形で歩いていた。
不思議なもので、最初はうっとうしかったのに、置いてきぼりにされる恐怖が湧いてきた。これまでの道のり、こいつらが居たから気が紛れて絶望に追いつかれずに済んだのだ。
俺は力を振りしぼり、ペンギンの群れを懸命に追いかけた。
だが、歩幅はこちらが勝さり、歩数も上げているはずなのに、距離は縮まらなかった。
待ってくれ!
……そう叫びそうになった時だった。
それが起きたのは。
最初、小さな音がした。雪の上に何かを落としたような音だ。そしてその音は俺の方へと近づいてきた。それはペンギンが倒れた音だとわかった。皆、一応に首を上に向け、それから仰向けに倒れた。
最後尾にいたペンギンが俺の足元に倒れた。
何だ? 俺は空を見上げた。
……そして、それを見た。
俺は倒れ、救助隊に発見された時もそのままの格好だった。