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第5話

 宙に浮きながらも、レオンの後ろに着いて行くリリィの顔は無意識のうちに強ばっていた。

 それもその筈だ。レオンの自室に向かうにつれ、廊下には剥製(はくせい)が飾ってあったからだ。

 鷲やフクロウ、狐、鹿などの剥製もある。リリィは飾られている剥製(はくせい)を見ると『自分の体も剥製にされるのでは?』と、不安と恐怖が頭に過ぎっていた。


(で、でも。確か、剥製にはしないって言ってたと思うし……た、多分……)


 レオンは扉の両脇に蝶の標本が飾られている部屋の扉を開けると「さぁ、入って」と、リリィを自室の中へと招き入れる。

 リリィは、ここまで来るのに見てきた剥製たちにレオンの部屋の中もきっとすごい量の剥製がおかれているのだろうと内心思っていたのだ。

 だが、リリィの思っていたことは的外れになってしまった。

 リリィはレオンの部屋の中に入るとキョトンとした表情になり「普通だわ……」と、呟く。そう、レオンの自室は廊下とは違って〝普通〟だった。


 部屋に入ると左側には暖かいレンガの暖炉に、その奥にはチェスをする台、隣には書類等を整理する執務用の机があり、暖炉の前にはクラシックソファーとテーブルがあった。

 てっきり剥製だらけかと思っていたが、そんなことは全然なかったのだった。

 レオンはリリィの考えていることや思っていたことがわかったらしい。レオンは、リリィのポカンとする表情にクスクスと笑っていた。


「あはは、部屋の中はもっと凄い剥製があると思った?」

「うっ……!」


 図星をつかれるリリィ。

 レオンはリリィの反応に苦笑いをしながら「まぁ、普通はそう思うよね」と呟いた。


 レオンは話を折るようにリリィにソファーに座るよう促す。


「さぁ、そこに座って」


 そう言うと、レオンとリリィは向き合うような形でソファーに腰掛けた。

 リリィは落ち着かずソワソワとしていたが、レオンの優しい微笑みで少しだけ心が落ち着いた。

 レオンは長い足を組むと「うーん」と小さく唸り始めた。


「さて……どこから話そうか迷うね」

「あの……じゃぁ、質問をしてもいいでしょうか?」

「あはは。そんな固い言葉は使わなくていいよ。君が楽に思う話し方で話して」

「あ、ありがとうございます……」


 恐縮するリリィにレオンは話を戻す。


「それで、質問っていうのは?」

「……生きているってどういう事ですか? だって、私は現に今も幽霊としてここにいるし……」

「僕にも、それはよく分からないんだけど……君の体は、今は仮死状態という感じになっているかな?」

「仮死状態?」


 リリィが尋ねるとレオンは小さく頷く。


「うん。最初は、僕も死んでいると思ったんだ。でも、体があまりにも綺麗だったからね、少し不思議に思って確かめたんだよ」

「確かめた……?」


 リリィは、レオンの言ったことを復唱するとハッとし思い出す。レオンがリリィの胸に触れていたことに。


「じゃぁ、あの時は、心臓が動いているか確かめてたのね」

「正解だよ。すると、僕もびっくり! まさか、心臓が動いていたとはねぇ。でも、魂は外に出ている。ということは、君は死霊じゃなく〝生霊〟という事になるかな」

「私が、生霊……」


 死んでるといえば、死んでいる。

 生きているといえば、生きている。

 死んでもないし、生きてもいないことにリリィは実感がわかなかった。

 仮に死んでいたら、これといって未練もないので諦めがつくだろう。だが、そうではない。


 リリィがこの状況を考えていると、誰かがレオンの執務室の扉をノックし中に入って来た。

 レオンとリリィは、同時に扉の方を見ると、黒曜がティーセットと軽いお菓子を持って立っていた。


「失礼します。お茶のご用意ができました」

「あぁ。有り難う、黒曜」


 黒曜は黙々とレオンとリリィの前に、湯気が立っている紅茶をテーブルの上に置いた。

 リリィは目の前に置かれた金縁のカップを見ながら黒曜をジッと見る。


「もしかして、貴方も私が?」


 リリィの言葉にレオンは首を横に振った。


「黒曜には、君のことは見えないし声も聞こえないよ」

「え? でも、これ――」

「見えないけど、感じるようにはなったんだよ。多少だけどね」


 レオンが最後の言葉を言うと、レオンは一瞬、自傷気味に笑った。

 リリィは、レオンのそんな表情を見落とさなかった。

 だが、それを追求する気もリリィには無い。人には聞かれたくないことも、話したくないこともあるからだ。

 すると黒曜がリリィの方を見て「飲むことはできませんが、せめて雰囲気だけでも味わって下さい」と、言った。


「それって、お預けみたいな感じね」

「あははっ! 確かにお預けだね。でも、中にはいつもどおり生きていた時みたいに接してほしい霊もいるんだよ」

「そういうものなの?」

「そういうものなんだよ」


 リリィは自分が幽霊でも死んだという実感も、実は生きているという実感も湧かなかったためにそういう事にはよくわからないでいた。

 レオンは優雅な仕草でカップを手に取ると紅茶を一口飲む。黒曜はレオンに頭を小さく下げると、銀色の盆を持ってレオンの後ろに控える。

 レオンはカップを置くと会話を進めた。


「話しを戻すけど、君の本体は()わば『眠り姫』に陥っているのさ」

「眠り姫? それって、童話の?」

「そう、スヤスヤと眠っているお姫様♪ そして、その魂は何らかの拍子で外に出てしまい、生霊となった」


 レオンは楽しそうな表情で微笑むと、またカップを持ち一口飲む。


「なら、どうやって元の体に戻れるの?」

「うーん。それは――」

「それは?」


 リリィが聞き返すとレオンはカップをテーブルに置き、両手をパッと上げた。


「あはっ、それは僕にもお手上げかな♪」


 レオンがそう言った瞬間、リリィはガクリと項垂れる。レオンはそんなリリィの姿にクスリと笑うと話を続けた。


「そういうことで、君は色々と複雑なんだよ。君は『眠り姫』でもあり『幽霊姫』だからね」

「幽霊姫……また、変な名前を思いつきましたね」


 レオンの後ろに控えていた黒曜が鼻で笑うかのように呟く。レオンは黒曜の方を振り向き「えー、そう? いい名前だと思うんだけどなぁ~」と、言った。

 そんなレオンの返事に黒曜が目を光らせながら言う。


「ひねりがありませんね」

「ん~、じゃぁ、ゴースト姫? あ、それとも生霊姫?」

「…………」


 リリィは、二人の会話にさらに脱力するかのように呆れた表情になった。


(もう、色々と意味がわからないわ……)


「はぁ……」


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