第2話
崖を登りきると、青年はリリィを自分の前へと座らせ馬を走らせる。馬は漆黒の馬で、とても綺麗な鬣をしていた。
「どこに行くのかしら?」
リリィは自分の体を追って、青年の後に着いて行く。正確には、青年の後ろにちょこんと座ったのだった。
リリィは走る馬に揺られながらも流れる景色を、またボーッとした表情で見る。
(それにしても不思議だわ……)
「……幽霊になると、掴まらずに後ろに座っても全然問題ないのねぇ」
リリィは馬に乗りながら数日前の事を思い出す。
『リリィ』
『はい。お義父様』
黒い髪に少し白髪が混じり、ツリ目な目で名前を呼ぶリリィの父親。
父親役と言っても本当の父親ではない。そんなリリィの父親がソファーに腰を下ろし足を組みながら立っているリリィを一瞥する。
『お前に嬉しい知らせがある。お前の嫁ぎ先が、ようやく決まったのだ』
『…………』
『お前は、明日の明朝シリス家に早速向かいなさい。馬車と婚礼の服は用意させてある。話は以上だ』
『はい………』
そう返事をすると、リリィは父親に頭を下げ部屋を出た。
リリィは部屋の扉を閉めると、背を預けポツリと呟く。
「お義父さまは、目も合わせてくれないのね……」
そう。リリィの父親は少しだけリリィを見るとリリィとは目を合わさず前だけを見て話をしていたのだ。
リリィはその事を思い出すと「はぁ……」と、溜め息を吐いた。
「私は変わり者……。そんな変わり者は、家から追い出される……か」
(わかっていたことじゃない。あの人達に嫌われていることなんて……。それに、シリス家? そんな名前聞いた事もないし、こんな森の中にあるわけないじゃない)
「私は、何の為に産まれてきたのかしら……」
リリィは流れる景色を眺めながら、小さく呟く。
『変わり者』それは幼い頃に言われていた言葉。
そう。リリィは幼い頃、不思議なものが見えていたのだ。それは背中に硝子のように透明で薄らと色づいている、とても綺麗な羽が生えた小さな小さな小人だった。
背中に羽が生えている時点で、それはもう人間ではない。だけど、それらはリリィを何度も励ましてくれた。遊んでくれた。いつも一緒にいてくれたのだ。
それはリリィの心の支えでもあった。
しかし、それらは通常の人間には見えていない。だから養子として育ててくれた家族にも忌み嫌われていた。
それでも、リリィはあの可愛らしい小人を無視する事はなかった。
彼等が困れば助けてあげた。
彼等が「遊ぼう」と、言われれば遊んであげた。
リリィにとって、小さな小人は大切な友達だから。しかし、リリィには幼い日の記憶……それらと戯れていた頃の記憶はあまり無かった。
それは何故か――それは、リリィには彼等の姿が今は見えず、彼等と遊んだ記憶も幼い頃ゆえなのか朧気になっていたからだ。
リリィは不安に思った。
『あれは私の妄想で、本当はいないのでは』と。
だがそう思っても、周りからの〝変わり者〟と言われ続けることには変わらなかった。
リリィが彼等の姿が見えなくなっても、周りはリリィを奇怪な目で見てはコソコソと遠巻きになにかを話すのだ。
『ほら見て、あの子よ。いつも森に言っては一人で楽しそうにお喋りするっていう……』
『なぜ公爵様は、あんな変な子を養子に入れたのかしら』
『その公爵様も、なんでも今ではもう、あの子を遠巻きにしてるらしいわよ』
コソコソと話す夫人達は、リリィにはその会話は聞こえないと思っているのだろうが、リリィにはその会話は全て聞こえていた。
それでもリリィは聞こえないフリをした。耳を傾ければ、それだけ心が下に下に下がっていくから。