第1話
――ある日、私は崖から落ちて死んでしまった。
「う、うぅん……」
リリィは目を覚ますとボーッとした表情で周辺を見回す。辺りはどこまでも高く太い幹をした木に野草に覆われていた。
空を見あげれば、空はオレンジ色になっていた。
「ここは……? 私……どうしたんだっけ……」
リリィはなぜ自分がここにいるのか瞬時に思い出せないでいたが、今の状況だけは理解できていた。
(……あぁ、そっか。私――)
「――死んだんだっけ」
リリィは小さく呟いた。
そして、傍らにある自分の体を見下ろした。
そこには、純白のプリンセスドレスに身を包み、右腰には空色の布でできた大輪が咲いていた。
体は不思議と傷一つ付いていない。真珠のような滑らかな肌と淡紅藤色の艶やかな髪が腰あたりまで流れている。
リリィは、無いとわかっている足で体育座りをしてため息を吐いた。
思いませなかった記憶が蘇り、リリィは自分の死体を一瞥すると、また深い溜め息を吐く。
「はぁ~……やっと、嫁ぐ事が出来ると思ったのに……。嫁ぐ瞬間これかぁ……」
(私って、本当にツいてない……)
リリィは大きな目に涙を溜めて、ぐすっと泣き始める。そして、透けている腕で涙を拭うと、またボーッとした表情で空を眺めた。
すると何処からか馬の足音が聞こえてきた。
リリィは、自分が幽霊だという事をスッカリ忘れて「おーい! 私を助けてぇ!!」と、大きく腕を振りながら助けを求めた。
そして、はっと気がつくとその場でガクリと項垂れる。
(そうだった……私、幽霊だったんだわ……)
リリィの助けて欲しい思いは届いたのか。それとも聞こえていたのか。馬の足音は、崖の上でピタリと止むと、誰かが崖から滑るように降りてきた。
「え? え? もしかして、届いた!?……って、そんなわけないわよね」
リリィは自称気味に笑うと、降りてきた男を見ると、リリィはその男の美しさに感嘆な息を吐いた。
男の背はスラリとして高く、猫っ毛のようなふわふわとした髪は豊かな銀髪だった。
そして、銀髪から除く紺桔梗色の瞳は不思議と惹きつけられるような感じがしたのだ。
いかにも、童話の中の『白馬の王子様』という風貌をしていた。
「世の中には、こんな綺麗な人がいるものねぇ~」
リリィは感心したように頬に手を当て呟く。
年はリリィよりも年上だろうか。17歳のリリィは「彼は、20歳ぐらいかしら?」と、内心考えていた。
青年は崖を降りきると草を踏みながら、リリィの遺体の傍まで来た。
「……………」
なにかを確認するようにリリィの全身を見る青年は、おもむろにリリィの胸の辺りに触る。リリィは、青年のその行動にギョッとして驚いた。
「ちょっ、ちょっと! 何、人の胸に触ってるのよ!? えっええええっちーー!!」
顔を赤らめながら青年に言うリリィ。
当然、その声は青年には聞こえないとはわかっている。けれど、それでもリリィは言いたくなったのだ。
「えっち! 変態ー!」
すると青年は、今度はリリィの体を薪の束を抱えるように軽々と持ち上げ崖を登り始めたのだ。
リリィはそんな青年の姿に淑女らしからぬ行動とは知りつつも、口をポカンと開けていた。
「う、うそ……あんなに軽々と登れるものなの……?」
崖を登っているはずなのに、不思議と優雅さがある青年にリリィは内心首を傾げる。
(なんか、色々と変な人ね……)
そう思っているが、リリィはそれでも自分の体を引き上げてくれたことに内心は嬉しかったのだった。