Story2 伝説の英雄(1)
たとえ神様があなたを嫌っていても
私だけはあなたを愛しているわ
・・・・だから泣かないで
1 代理人酒場
微睡むように夢を見ていた。
カナリアの鳴くような美しい女の声が聞こえる。
歌うような優しい声。
それは遠い昔の記憶を呼び覚ます声。
懐かしい。
誰かを思い出させる優しい記憶。
・・・・誰の?
「小鳥ちゃん、朝よ」
「んー?」
呼びかけられて彼はうっすらと目を開く。
何か夢を見ていた気がするが良く覚えていない。
ほんの僅か目元が冷たい。
カナリアはそれを拭って声の主に言う。
朝という割にまだ薄暗い。
「何だよー、アンナ。まだ暗いじゃん」
「何言っているの? もうお日様ぴかぴかかくれんぼよ」
「意味分かんないし。・・・つーか、何で・・・っぃでぁっ!?」
カナリアは半身を起こし「何でお前が家にいるんだ」と突っ込みを入れようとして頭を強打して悲鳴を上げる。
ごいん、と明らかに痛そうな音を立てて鳴ったのは天井。
驚愕と衝撃で再び元の位置に戻ったカナリアは抗議の声を上げる。
「何でこんなに天井が低いんだよっ!」
「低いんじゃないわ。あなたが大きくなっただけよ。昨日牛丸ごと一頭食べていたじゃない」
「喰ってねぇよっ! ってか、そんなんでいきなり大きく・・・ああ、何だベッドの下か」
ようやく自分がどこにいるのか気付いたカナリアはベッドの下から這い出る。
昨夜は確かにベッドで眠ったはずなのだが、どうしてベッドの下でなんか眠っていたのだろう。
ぶつけた頭をさすりながらカナリアは大きくあくびをした。
「相変わらず鬼のように寝相が悪いのね」
「鬼って寝相悪いのか?」
礼儀作法に基づいた突っ込みを入れてアンナを見る。
その姿を見つけてカナリアは硬直した。
「・・・アンナ、お前なんかそれヤバイんじゃないのか?」
アンナの声を出しているそれは、不自然に耳の大きいネズミ。
絵にすれば著作権がどうのとか何かと面倒な事になりかねない、ミッ○ーっていう名前の付いたネズミに良く似た格好だった。
「何がどうヤバイの? 三文字以内で答えなさい」
「短いよ」
「もう、仕方ないわね」
ネズミがふうと溜息をつくと小爆発が起こる。
今までヤバイネズミだったそれは一瞬にしてアンナの姿に戻る。黒猫のジェラートを抱いた彼女は偉そうにベッドの上に足を組んで座った。
「これでいいんでしょう?」
「いや、ちょっと待て。何で猫まで一緒なんだよ!」
変身術、という自分の姿を変える魔法はよく知っている。普通は一人で変身するものであり、他の動物と一緒に変身してまた戻るなんてことは聞いたことがない。
あっさり猫と共に登場したアンナは飄々と答える。
「私の恋人だからに決まっているでしょう」
「いや、そう言うことでは・・・まぁいいか。お前に常識を求めたところで何にもならないからな」
常識の規格外なのは最初から分かっていることだ。
「それで、どうした?」
アンナはぴらり、と紙を出す。
どこから出したと言う突っ込みは不要だ。
カナリアはそれを見て表情を引き締める。
依頼書だった。
「仕事か」
「そうよ。あなた指名の依頼よ。私のお父さんになって下さい」
「あはははは、お断りします」
アンナはにこりと笑う。
「あなたに拒否権はありません。三日の間、銀の麦のマスターを務めて頂きます」
「ん?」
「お父さん出かけたのよ」
「・・・・お前、今度は何を盛った」
「何も?」
「その間は何だ! つーか、何で疑問系!?」
「男のくせに細かいことを気にするのね。いい奥さんになれないわよ」
「ならんわ!」
先日のハンバーグ風のせいで頭にちょんまげのようなキノコを生やす結果になったマスターの身に今度は何が起こったのだろうか。
本当に出かけたのなら良いのだが。
「まぁ、マスターの代理は前もやったから良いけど、今、仲介依頼はどうなっているんだ? 俺で捌ける量ならいいが」
「大丈夫、昨日一晩であらかた仲介終わったから」
「は? 一晩で?」
「うん、一晩で」
銀の麦に入ってくる依頼の量は多い。
多少の差異はあっても一晩であらかた片づく程の量では無いはずだ。それをやってのけてしまうマスターはもしかすると凄い人なのかもしれない。
「まぁ、そう言うことで、お願いね? 私飛んで帰って準備しているから」
そう言い彼女は姿を変える。
今度は普通に鳥の姿だった。
文字通り飛んで帰るアンナの姿を見送って彼はほっと息を吐いた。
※ ※ ※ ※
「それでカナリアがカウンターのそっち側にいるんだ」
カウンター席に座って黒猫のジェラートを撫でながら、エリーは珍しいものでも見るようにカナリアを見た。
エリー・・・エリアードはあの後、オーナディアには戻らずこの街に居座っている。人での足りないときにリン診療所や酒場を手伝っているらしいのだが、(これでも)オーナディアの姫君。世間知らずの彼女が本当に役に立っているかどうかは謎である。
「まぁ、仕事だからな」
「でもさ、食べられるもの作れるの?」
「失礼だなお前は。マリンほどでは無いがそれなりの料理は出来るぞ」
「ふぅん? じゃ、何か食べさせてよ。毒味してあげる」
「あら、じゃあ私が・・・」
「ダメだ。お前に作らせると何が出来るかわからないだろ」
言う前に否決されアンナは舌打ちをする。
手には何か怪しい小瓶が握られている。
「ねー、ねー、じゃあカナリア作ってくれるの? 私お腹空いたよー」
「仕方ないな。その代わり混み始めたら店手伝えよ」
「わーい♪ カナリア大好き〜☆」
両手を上げて喜ぶエリーに彼はほっとする。
暫く元気を失っていた彼女だったが、どうやら自分を取り戻したようだ。例えそれが空元気でもこうして笑っている姿を見るとほっとするのだ。
「・・・・すみませぇーん」
「ん? 何だ?」
しわがれた声を聞いて一同は振り向く。戸口のところに青い髪をした老婆が立っていた。
老婆はおぼつかない足取りでカウンターの方に向かってくる。
「すみませぇーん、お水もらえませんかぁ? 出来れば桶一杯くらいの」
「ああ、はい」
老婆にしてはしゃべり方が若い印象を受けたが、カナリアは気にせず水を老婆の前に差し出す。
桶一杯と言うことは顔でも洗いたいのだろう。
差し出すと老婆はか細い声で礼を言いながら一気に飲み干した。
「飲むのか!?」
「あら、良い飲みっぷり」
「そんなに喉乾いていたの??」
老婆は三人の言葉を無視して桶一杯の水を飲み干す。
「はー、生き返ったぁー」
「!?」
「誰!?」
「若返った!?」
アンナすら驚愕した老婆の変貌。
次回に続く。




