Story5 太陽が堕ちる日(26)
26 太陽が堕ちる日
歌が、響いた。
カナリアの鳴くような美しい声。
頭の中に流れ込んでくるものは今現実に起こっていることか。
それとも誰かの記憶か。
どこか森の中にある小さな村のような場所。
そこで緑色の髪を持つ青年は、黒髪の少女を呼んだ。
『歌巫女様』
歌を止め、少女が振り向く。
不機嫌そうに、眉根を寄せて。
『あなたまで私をそう呼ぶの?』
『そのように定められています』
『なら、歌巫女になんかなりたくなかったわ』
『・・・・』
『歌巫女はね、死ぬのよ。歌いきれば死ねる。だから私、歌巫女になれた時嬉しかったの。・・・でも、あなたまでそう言う態度をとるなら、歌巫女にならない方が良かった』
誰もかももう、自分のことを巫女としてしか見ない。
それは今までの自分を全て否定されたかのようだった。
歌を覚えた事以外、今までの自分と変わらないのに。
『ねぇ、あなただけでも、私を呼んで』
『・・・・』
『お願いよ。・・・・約束したじゃない。忘れたの?』
男は首を振った。
『共に、死ねる方法を探そうと』
女は微笑んだ。
『そう、私たちが一緒に死ねる方法を。歌に何かあればって思ったけど、結局駄目だったわ。私の歌は王の魂を慰める揺りかごでしかないの。でも、まだ諦めないわ。歌い終わるまでにまだ何十年もあるんだもの。ねぇ、アナナス』
『ああ』
『私、まだ、子供産めるのかしら』
『・・・・』
『あなたの子が欲しいわ』
自分が先に死んでしまっても、あなたが寂しくないように。
『ねぇ、名前を呼んで』
忘れないように、何度も。
「・・・ナスタ・・・チウム?」
声を聞いてカナリアは身体を起こした。
受け身を取り損ねたために全身が地面に叩き付けられた。激しい痛みを感じるが、骨が折れたような様子はない。
朦朧とする意識を呼び戻すために頭を強く降るとようやく意識が戻ってくる。
自分の倒れていた場所の近くに、アナナスの姿があった。
「お前は、子を守るために」
その手に抱かれた黒髪の女はぐったりとしている。
全身が粟立った。
「・・・・!」
反射的に剣を握り直した。
アナナスが振り返らずに答えた。
「もう、遅い。歌は終わった」
「何?」
「王が蘇った。全てが終わる」
「何だって?」
カナリアは慌てて辺りを見回す。
亜空間にあった城と、繋がった高台の向こうには湖が見える。湖の真上に、太陽が燦然と輝いている。それは普段彼らが目にする太陽よりも大きなもののように見えた。
「恒星、落陽?」
始まったのだ、とアナナスが呟く。太陽が、落とされるのだ、と彼は無感情な口調で言った。
「お前・・・」
憎悪を吐き出しかけた瞬間、叫ぶような声と共にヒバリが突進してくる。
彼の剣はあっさりとアナナスの身体を貫通した。男の身体がぐらりと揺れ、女の身体と共に地面に倒れ込む。苦痛を感じている様子は無かった。
ただ、目を開き小声で「それでは死ねぬ」と呟いた。
「カナリア! てめぇ、なにぼさっとしてんだ、早く止めるぞ!」
「止めるって・・・・」
「奴め、天然ボケ女の力を使って太陽を引き寄せやがった! てめぇの馬鹿みたいに高い魔力ではじき飛ばせ! あいつらは俺たちが止める!」
あいつら、と言って見えたのはエリーとイチイの姿だった。
エリーの肩を抱きしめたまま、男は太陽を凝視している。
慌てたようにエリーが叫んでいる。
「イチイくん! 太陽を直視すると目が見えなくなっちゃうよ、止めて!」
「そう言う問題じゃねーんだよ! 女、早くそれから離れろ! お前の魔力が利用されているんだぞ!」
「むむむ無理だよ! 何かさっきから足が動かなくて・・・!!」
彼女の足下は見えない。
しかし何故かそこからは生命が感じられなかった。
「・・・生命そのものを使っているんだ」
「何だって?」
「ありったけの魔法たたき込んで結界を壊す。でないとどうしようもない」
カナリアは瞳を赤く染めた。
奥の芯が揺れ、闇が勝り始める。
「止めろ、お前は太陽を跳ね飛ばすことに専念するんだ!」
「だが、奴が術を続ける限り終わらない!」
「俺たちがやる! 灰の目と戦うのは俺たちの使命だ! 魔力のない俺たちには、太陽は押し戻せない・・・・だから」
ヒバリはカナリアの耳元で囁く。
「悔しいけど、頼れるのはお前しかいないんだよ」
「ヒバリ・・・お前」
「認めた訳じゃないが、鳥になろうとしたお前の気持ち、今だけ信じてやるよ」
答えて見せろ、と彼は言う。
鳥の一族の中で、カナリアが本当は何者であるか知っている者は少ない。ヒバリはその数少ない側のものだ。初めて知った時、彼は「こんな奴とは一緒に戦えない」と言い切った。それを証明するように、彼は単独行動をとる。
灰の目の一族の中に入り込み、内情を報告する役目に就く。鳥の一族が、灰の目の一族に囲まれて生活して平気なわけがない。カナリアには分からないが、独特の気配は鳥の一族にとって不快なものでしかない。城に突入した時の彼らの反応を見れば彼がどれだけの苦痛を味わったのかが知れる。
その彼が、信じると言ったのだ。
「これに答えなきゃ、男じゃねーよな」
カナリアはぽつりと呟いた。
ヒバリが怪訝そうに振り向く。
「やっぱりてめぇ、女だったのかよ」
「ちょっと待て、どうしてそんな発想になるんだ? っていうか、何で若干嬉しそうなんだ?」
男じゃない、という部分しか聞いてなかったんだろう。
「う、うるせぇ!! 初恋だったんだよ!」
「・・・・あ」
思い当たる節があってカナリアは呻く。
この場にルースがいれば「もてもてですな!?」と喜んだことだろう。
幼い頃のカナリアは本人の知らないところで何人もの男を落としていたのだ。その事実を今知って、少し死にたい気分になったのは、誰にも言えなかった。
ていうか、今の状況で女だったとして、軽く喜べるヒバリの根性が凄いと思ったとか、本人を目の前にしては言えなかった。