Story1 黒い魔法使い(6)
6 因果律
「彼が教えてくれたんですよ、あなたが私を殺しに来るとね」
「・・・どうして」
床に伏せたまま彼女はカナリアを睨む。
武器を突きつけられた状況下で下手に動くことが出来ないのだ。
ふうと息を吐いて男は答える。
「俺はな、シーア・ガンから‘来られません’って伝言を預かってきたんだよ。だから本物じゃないことはすぐに分かった。君が誰かっていう情報は知り合いに調べてもらった」
だとすれば、彼は知らないフリをして彼女を領都に入れ、情報を提供してヴァルコから報酬を得るつもりだったのだ。
命を救ったとなれば報酬額も伝言より大きい。
「・・・・知っていて」
シーア・・・いや、エリアードはきゅっと唇を噛む。
「知っていて私にアスパラを・・・」
「喰わしてねーよ。」
「嫌がる私を無理矢理・・・」
「何かいかがわしいコトしたみたいに言うな。っていうか、アスパラなんかこの辺に生えて・・・」
瞬間、彼の表情に険しいものが浮かぶ。
「!! まずい、気を付けろ!」
叫ぶが早いかカナリアはヴァルコを庇うように捕まえて奥へと走る。
瞬時、彼女の法術が発動する。
「風!」
ふわり、と彼女の周りに風が産まれる。
風は彼女を中心に外側に円を描くように広がり、周囲にいた人間を次々と巻き上げる。高くなった謁見の間の天井近くまで巻き上げられた兵士達は、そのまま床に叩き付けられ戦闘不能に陥る。
遠くにいたため巻き込まれずに済んだ者たちもその圧倒的な術の強さに唖然とする。
「・・・法術でここまでやるとはね」
カナリアは感嘆の声を漏らす。
本来法術には攻撃に属する術はない。魔族の類に有効とされる浄化系のものは存在するが、それは攻撃には入らない。守る、補助する、癒す。その類を扱うのが法術だ。
彼女の使った呪文は「守る」に属するもの。直接人を傷つける事はできないが、間接的になら可能なのだ。
もっとも、あれほどの短時間で術を組み上げ、大人数を巻き上げるとなれば元々の魔力が高く無ければ出来ないことだ。
(この場合法力って呼ぶべきか。ま、結局どっちも一緒だけど)
「・・・ぐ、ぐるじー、く、首が」
「おわっ!? 悪い、引っ張るところ間違えた」
襟首を捕まれ青くなっているヴァルコを見てカナリアは慌てて手を放す。
先日も同じような失敗をしたばかりだ。全く学習機能がついていない。
す、と彼らの前にエリアードが立つ。
その大きな瞳は殺気立っている。
「邪魔すると、殺してしまうよ、ホトトギス」
「依頼の関係上殺させる訳にはいかないな。っていうか、俺の名前はカナリアだよ」
「うるさい! その男は・・・私の姉様を・・・」
言いかけて彼女は両手を前にかざす。
ぐん、と彼女の周りの魔力が強くなる。
「隣の客はよくガキ喰う客だ!」
「怖いよ!」
妙な呪文(?)に突っ込みを入れると同時に彼女の魔法が発動する。
(何で魔法の時だけ呪文が変なんだ!? ってそんなこと考えている場合じゃねぇ)
彼は瞬間的に領主の頭を掴んで床に伏せさせる。
ぐえっ、とカエルが潰れたような奇妙な声が聞こえたが、構っていられない。エリアードの放った呪文は彼らの頭上を通り越し、玉座と壁を破壊する。
壁にポッカリと穴が空く。
コントロールは悪いが、やはり魔力は強い。
苦笑いを浮かべてカナリアは立ち上がった。エリアードは反応するように構える。
「悪いけど、負けてやる気はない」
たん、とカナリアは床を蹴る。
「!」
反射的に法術を組み上げる。
間に合ったはずだった。しかし、法術は発動しない。呪文は喉元で塞き止まったかのように出てこなかった。
エリアードは靴に仕込んだナイフを抜く。
しかし、それは間に合わなかった。
彼女の身体はカナリアの腕力に押され、壁に空いた穴から外に投げ出された。
「こ、この高さからだと、落ちたら痛いよーー!」
「死ぬよ」
加害者の冷静な突っ込み。
黒髪の男を見ながらエリアード助かるために法術を組み上げる。
焦っているためか法術は上手く組み上がらない。
地面までもうそれほど無い。
死ぬのだろうか。
思った瞬間、彼女の身体がふわりと軽くなる。同時に、花の蜜をかぶったような甘酸っぱい匂いを感じる。
「んふ、空から女の子なんて、まさにラ○ュタ♪ 役得ですわね」
声を聞いておそるおそる目を開くと、そこにはリン診療所で遭った、何だか色々やばそうな赤髪の女性がいた。
「・・・・え? キュスラさん?」
「シュリーお姉様でよろしくてよ、あなたと私の仲ですもの」
普通の家の四階くらいの高さから落下して地面に激突するのが想像に難くなかっただけに、抱き留められた少女は驚いてキッシュを見る。
彼女は赤い唇を舐めて「うふん」とセクシーな声を出す。
「どうして・・・」
「カナちゃんに頼まれましたのよ」
「何で、何で? あの人私を・・・」
「んふ、それ以上言ったらキスしちゃいますわよ、エリィ?」
巻き髪の女はエリアードを抱き上げたまま笑う。
「あの人は、あなたのお兄様に頼まれてあなたを止めに来たのですわよ。オーナディアのお姫様がいくら何でも人殺しになるのはいけませんもの」
「知って・・・」
「いましたわ。それともう一つ、あの男を殺させる訳にもいきませんでした」
エリアードの姉を殺した男。
直接的ではないが、あの男が原因でエリアードの姉は死んだのだ。妻になり、利用されるだけされて、姉は死んだのだ。全てあの男のせいだというのに、どうして殺してはいけないのだろう。
領主だから?
だが、ヴァルコの評判は良くない。人を雇ってでもシーア・ガンを近づけたくないほど彼に力を持たせるのを嫌がっている人達もいる。それなのにどうして。
「あの男が、領主であるから私怨で殺させる訳にはいかないのよ。・・・大丈夫、彼に任せておけば悪いようにはなりませんわ」
それは完全に信頼している人間の言葉。
なぜそこまで言えるのだろう。
「・・・・カナリアって何者なの?」
「凄腕の便利屋ですわ。私の‘足下にも及びません’が、まるで魔法のように依頼をこなしていくことから私たちの間では黒い魔法使いって呼ばれていますの。魔法を使っているところは見たことがありませんけどね?」
※ ※ ※ ※
「は、はははは・・・」
壁の穴から落下した少女を見て、ヴァルコは笑い声を上げる。
「死んだか? 死んだのか! あの娘は!」
「・・・そのようで」
カナリアは穴を見下ろして暗く冷たい笑みを浮かべる。
その邪悪な笑みを気に入ったのか、ヴァルコは大きく笑った。
「あははは、奴め! 未熟な腕でこの私に楯突こうとするからこんな目に遭うのだ。まさか姉と同じ方法で死ぬとは思っても見なかったがな!」
「同じ方法?」
「そうさ、あの女は、私の妻だった女は、飛び降りて死んだ!」
「・・・何故?」
「法術を無くした女には価値がない。そう言ってやったんだ。見物だったぞ、オーナディアの賢女と呼ばれたあの女が狂って死んでいく姿は!」
「・・・俺も立ち合いたかったな」
「あはは、やはりお前もこちら側の人間か!」
「そのようで」
カナリアが振り向いた。
ヴァルコはぞくり、とした。
男の顔には笑みが浮かんでいない。
表情すら無いようにさえ見えた。
瞳は凍てついた青。
収縮した瞳孔は血を含んだような赤。
死を連想させる無機質な瞳・・・。
「あ・・・お、お前は・・・」
うわずった声でヴァルコは後退った。
恐怖のせいで立ち上がることは出来ない。
すっ、と男は手を上げる。
それに反応するようにヴァルコの身体が見えない力によって引き上げられた。
「うっ、あ・・・こ、殺さないでくれ、頼む!」
「ああ、そのつもりだよ。お前には殺す価値もない」
男はきっぱりと言い放つ。
青い瞳が赤に支配された。
「オーナディアのアイナスからの依頼を遂行する」
男は顔を歪めて笑った。
それはまるで・・・・




