Story5 太陽が堕ちる日(22)
22 灰の迷宮
アンナの力を借り、城に突入した瞬間、鳥の一族の者たちの殆どが顔をしかめた。
彼らは灰の目の一族が近くにいると匂いで分かる。厳密に言えば気配とでもいうのだろうか。とにかく彼らの反応から、この城の中には多くの灰の目の一族がいる事が分かった。
アンナはこの城のことを「灰の迷宮」と呼んだ。
亜空間の中に存在する城は現実世界と多少時間の流れが違う。どちら側にどれほどの誤差があるのかは知らないが、空間側の方が流れが速いとすれば取り返しの付かない事態になりかねない。
カナリアは長い回廊をひたすら走っていた。
「そろそろ来るかもしれないわ。気を付けてね、とりとりーず」
妙な愛称を付けられた鳥の一族達は族長の代理人が連れてきたマリモをかぶった女に神妙な表情で頷いて返した。
「何でみんなこんな不自然な女を受け入れちゃうんだろうなぁ・・・ひょっとしてアンナ変な薬でも使ったのか?」
「何をぶつぶつオレンジしているの、小鳥ちゃん」
「ぶつぶつって何か不味そうだな!」
「カナリアさん、来ます!」
スズメの声にカナリアは走りながら剣を抜いた。
ぼとり、ぼとり、と虫が天井から落ちる等に人の形をした何かが無数に落ちてくる。
襲いかかってきたのは出来損ないの人形のような生き物だった。これも灰の目の一族だろうか、それとも、アナナスの作った失敗作達だろうか。
カナリアは切り捨て、後を確認することなく走り出した。
先を行き血路を開いている男が切り捨てた人形がざらりと灰に変わっていく。
「先に行って下さい!」
男が叫んだ。
「頼んだ!」
カナリアも叫び返して更に先を急ぐ。
小物を相手にしている時間が惜しい。
一刻も早くアナナスかイチイを見つけ出し殺さなくてはならない。万が一にも城から逃した時の為に、空間の外側にはラネルとマリン、後方支援として一緒に城に入らなかった鳥の一族達が控えている。
かつてオミオスという村のあった湖周辺に、この大陸にいる鳥の一族の殆どが終結していた。そして今活動出来る灰の目の一族もここに終結している。
「いつになくシリアスな展開が始まろうとしていた」
「その一言で全てぶちこわしましたけどね」
「つーか、いつになくシリアスな展開って一体何なんだよ!?」
突っ込みを入れながらカナリアは走る。
その後を「きーん」という妙な効果音を口で言い続けるアンナと、後方から追いかけてくる人形を切り捨てて行くスズメが続いた。
随分と長い間走ったところで壁に突き当たった。
左右に道が開いている。
「どっちだ?」
「まっすぐよ」
「真っ直ぐって、壁を壊して行くんですか?」
「おふこーすなりー☆ ボンバーヘッドで今日もウキウキアフロ犬! 犬も喰わない棒に食中り!」
「確かに犬は棒を喰わないと思うが・・・」
カナリアは突っ込みをいれかけるが、アンナの頭部が爆発したのを見て口を噤んだ。今のは何かを伝えたかったのではなく呪文だったのだ。
ぼん、と爆発したアンナの頭部(というか、マリモ)は壁に激突すると新しい道を開き跳ね返ってアンナの頭に戻った。
「なんつー呪文だよ」
「マリモって天然記念物じゃないんですか?」
「時々優しく抱きしめて」
「そのネタ、分かる奴いんのかよ」
書いている奴だって何年も前のドラマのネタだからうろ覚えだっていうのに。
大体、スズメの質問の答えになってはいない。
もっとも、彼女にまともな会話を望むのは大きな間違いなのだが。
「と言うわけで、ここから別行動よ」
「別行動?」
「そう、マリモちゃんは行き先を告げずに出て行ったのよあなた、胸の奥でずっと。かぶっているだけでカーナビゲーション。車が三つで轟きよ」
「え? 一体それってどういう意味なんですか!? 全く分かりませんよ」
「それはワカメを食べたからよ。増えるワカメを一袋全部」
「うっ・・・・想像しただけで胃が大変な事に・・・」
覚えず口元を押さえるカナリアの頭にアンナはぐっしょり濡れたマリモを置く。
何かイヤーな感じのするどろっとした液体がカナリアの額に垂れた。
「水も滴る小鳥ちゃんね」
「それは褒め言葉と取って良いのか?」
「木○憲武ではないわ」
「石橋○明なんですね?」
「意味がわからねーよ」
突然、と×ねるずにされても困る。
「車に気を付けて、小鳥ーず。先を急ぐのよ! あれは私が食い止めまくるわ」
「あれ?」
「@人@」
アンナの指差す方向、通路の左側にまさしく「@人@」な男がいた。
「本当にそう言う顔なのかよっ!」
男はちらりとこちら側を見やって、すぐに近くにある部屋の中に入っていった。まるでこちらで何が起こっているのかに全く感心の無い様子だった。
「・・・・カナリアさん、あの男、普通じゃありません」
険しい表情でスズメがいう。
強い魔力の気配は感じない。トーアで会ったアナナスの方がよほど魔力が強いように見えた。普通ではないとはどういう事だろうか。カナリアには感じ取れない事がある可能性がある。
「あのヒゲ、不自然です、絶対付け髭ですよ!」
「普通じゃないってそこかよ! つーかまともそうに見えてお前結構ボケキャラだな!?」
まぁ、だけど、確かに「@人@」のヒゲは不自然だ。
トキの謎のモロコシ星人スタイルよりも不自然だ。
「ヒゲの謎は私が解明するわ。・・・急いで、おこげちゃんを無事に救出するのよ。私、結構コケコッコーなのよ」
「お前はニワトリか! ・・・つき合ってられるか、行くぞ、スズメ」
「あ、はい! あの、アンナさんもお気を付けて」
言ってスズメは先に走り出したカナリアの姿を追う。
アンナは二人の姿を見送って指をぱちんと鳴らした。
長い魔法使いが使う錫杖のような、キャッチポールのようなものが彼女の手の中に現れる。半円状のモチーフの中心に赤い光を放つ宝玉が静かに浮いていた。
普段の彼女ならば突っ込み体質の人間が突っ込まずにはいられないような代物を出すのだが、今回はそれをしなかった。
的確に突っ込むカナリアがいないからか、それとも彼女の気持ちに余裕が無いからなのか。
「取り敢えず、次回に続く?」
アンナは部屋に向かいながら少し首を傾けた。




