Story5 太陽が堕ちる日(21)
21 副作用
ぽたり、と水銀のような液体が細長いガラス管の中に落ちた。
それに反応するように中の赤い液体がうす紫色に変化した。そもそも魔薬精製は古い錬金術の流れを汲む。本来この変化は周りの魔力を取り込んでのことらしいが、魔力を持たないマリンにはそれを感覚で理解することは出来ない。
そもそも、なぜ魔力を持たないマリンが理論だけで魔薬精製など行えるのかがよく分からなかった。
(まぁ、薬が完成するならば問題あるまい)
彼はガラス管を振って出来た液体をそっと水の中に垂らした。
「大丈夫なのか?」
心配そうに覗き込むカナリアに黙っているように促し、マリンはそっと水の中に手を入れた。
ラネルの身体が青白い光を放つ。
ゆっくりと彼を水かあら引き出すように彼の腕を掴んで引き上げた。
水から上がり始めると、トーアで会った時と同じように徐々に色を帯び始める。
「成功か・・・・って、何かでかくないか?」
「・・・・だからこの薬を使いたくはなかったのだ」
水から出てきたラネルは可愛らしい少年の姿では無かった。
背が高く、髪も長い(ついでに言うと美形)。妙な品格があり、水を司る種族の長と言われれば納得できる外見をしていた。
「・・・副作用?」
「副作用ですか?」
「ああ、副作用だ。せっかくの可愛いラネルが台無しだ。まったく××××××!!」
彼にしてみれば珍しいほどの口汚い言葉をカナリアは聞かなかったことにした。
呆れたようにラネルが息を吐く。
「こちらの私が本来の姿なのだが、それでも副作用と言い切るのか」
マリンよりも背の高いラネルは腕組みをた。
トーアの一室で見たような天真爛漫な風の彼の面影は遥か彼方に吹っ飛んでいる。
さらにショックを受けた様子のショ××ン医師はがっくりと肩を落とした。
「そんな、口調まで変わって・・・!」
「なーんかリーティアを思い出すんだが、やっぱ姉弟は似るもんなんだなぁ」
姉の方は武器を握ると性格が変わったが、弟の方は本来の姿と少年の姿で性格が違うようだ。もっともこの外見であのラネルの性格でも、少年の外見でこのラネル性格でも奇妙なのには変わりないだろうが。
「残念ながら無駄話をしている場合ではない。呪医、この状態はいつまで保つのだ?」
「幸いな事に副作用はそれほど続かない」
「何が幸いだ。ふむ、いくら魔薬とはいえアインハイトの外では長くは保たぬか。ならば私は水辺から離れられぬな。・・・そこの黒頭、カナリアと言ったか」
「なーんか偉そうな物言いだなぁ、俺も少年の方が好きだな」
ぽつりと漏らした言葉にマリンが過剰反応をする。
「何!? 少年ラネルは俺のものだ! 貴様などに渡さん!」
「そっちの趣味の話じゃねーよっ! つーかいつからラネルはお前のものになったんだ?」
「話を聞かぬか、人間!」
ラネルの怒号と共に揺らめいた水面から水塊が飛び出し、マリンとカナリア、そしてとばっちりを食った約三名の鳥の一族が壁際に吹き飛ばされる。何故か間近にいたはずのスズメには被害は皆無だった。
「時間が惜しい、手短に説明する。・・・ん? お前達、寝ている場合ではないぞ」
「・・・・たった今、あなたが吹き飛ばしたんですけど」
「私はそんなことはしていない」
スズメに突っ込まれたラネルは不満そうに腕を組み直した。
「ともかく私の話を聞け。アナナスという男は私の能力を勝手に使い、王の器を完成させてしまった」
「・・・!」
「名前と、心臓を手に入れた少年は魂の封印さえ解ければ灰の目の王として復活するだろう。最早一刻の猶予もならぬ。城に入りイチイという名の男と、アナナスを殺せ。そうでなければ‘恒星落陽’が起こる」
「恒星落陽・・・」
信じられないと言う風にカナリアは呟いた。
鳥の一族からもざわめきが起こる。
恒星落陽、こうせいらくよう、コウセイラクヨウ。
それは天体を地上に落とすことで星の軌道と全ての運命を変える禁呪。神話の時代、滅びの運命を修正するために神々が起こしたとされる。だがそれが起こされれば地上に残されたものは死滅する。
かつて灰の王と呼ばれた男は冥王に与えられた力を利用して「恒星落陽」を引き起こそうとした。鳥の一族の始まりである男は神たる四王の力を借りて灰の王の魂を封印した。
始まりの男と同じ血を引き、王の復活を阻止するために戦い続けた彼らはもちろん、恒星落陽の起こる可能性も考えている。アンナにも指摘されたからもちろん頭の中にはあった。
だが、実際にその言葉を誰かから聞かされると改めて重大な事と思い知らされる。
もしも必要であれば人間がどうあがいても神が恒星落陽を起こす。
果たして今がその時なのだろうか。
「奴ら、世界を滅亡させる気なのか?」
「総意がそれなのかは知らぬ。だが、アナナスの最終目的は‘恒星落陽’だ。少なくとも私はそう聞いた」
「直接、聞いたのか?」
脳裏によぎるトーアの霧の中で出会った男。朱赤色の瞳は無機的で無感情だった。恐ろしいほど静かな男。生きているのかすら疑いたくなるような男だった。
あの男の最終目的が『恒星落陽』というのはどうも納得がいかなかった。
彼が世界を滅ぼそうとしているとは釈然としない答えだ。
だが彼は肯定するように頷いた。
「私はアナナスに何をするつもりなのか問うた。奴は答えた‘太陽を堕とす’と」
「・・・・復活した王はそれが可能だと思うか?」
「冥王の力が及ぶのであれば」
「・・・・・」
灰の目の一族が死なない種族である以上、人の生き死にを司る冥府の王の力が何らかの影響を及ぼしているのは明白だ。
亜精霊種として自分よりも永く生き、知識もまた人間よりも正しく得ているだろう彼の意見を信頼するのならば、王が蘇れば世界が滅びる可能性が高い。それは日蝕が起こる日。
アナナスが気にしていた『蝕の日』。
カナリアは剣を握りしめた。
振り返り、鳥の一族の人々を見据え鞘ごと構えて見せる。
「聞いての通りだ、みんな。俺はカナリア、族長トキにここの指揮を任されている」
一瞬、彼らがざわついた。
不審と困惑の瞳が彼を見つめた。族長ではないのか、という声がどこからか聞こえた。
カナリアはその視線を全て受け止めて言う。
「俺は鳥として臭いも分からない半端物だ。だが、この剣を託してくれたトキの信頼には応えたい。・・・・力を貸してくれ」
「・・・格好つけだな」
ぼそり、とマリンが突っ込む。
カナリアは頬を赤くして唇をへの字に曲げた。
「う、うるせーよ。とにかく俺は、恒星落陽なんか起こさせない。そのためには」
「プロテイン」
「そう、プロテインだね・・・って違う!」
つい反射的にそれっぽいポージングをしてしまった彼は声のした方に突っ込みを入れる。
一同も一斉にその方向を向いた。
そこには黒い塊を抱きしめる少女の姿があった。
「アンナ? それ、何だ?」
カナリアは黒い塊を指差した。
一瞬ジェラートかと思ったが、それにしては丸まりすぎている。しかも妙にしっとりした感じだ。
「あかんこ」
「マリモ!? 大きすぎませんか!?」
「耳たぶくらいの柔らかさになるまでこねるのよ」
「何か違うし、意味わからねーよ。・・・・・場所が分かったのか?」
アンナは巨大マリモを頭の上に載せて頷いた。
「私、今、アフロよ」
カナリアはうん、と頷く。
「感謝するぜ、アンナ」
「そんなにアフロが好きなんですか?」
「ちげーよ」
的はずれな突っ込みをするスズメに突っ込みを入れてはみたが、考えてみれば今一番おかしな応対をしたのはカナリアの方だったと後で思った。
 




