Story5 太陽が堕ちる日(17)
17 あなたを気に入る理由
ぽかん、としてカナリアはアンナを見た。
今、名前を呼ばれなかっただろうか。記憶にある限り、アンナが名前をちゃんと呼ぶのは初めてだ。ジェラートの事をジェラさんとか呼ぶことはあってもその他の人間を名前で呼んだことなど今までに会っただろうか。
一体何が起こったのだろう。
というか、今のは聞き違いだろうか。
「おい、カナリア」
「うわっ! なんだ、マリンの方か」
「何だ、とは何だ? 何を馬鹿面晒している」
「馬鹿って酷い言い草だな! いや、そのな、アンナが俺の名前を呼ぶなんて初めてだと思って」
「そう言えばそうだな。どういう風の吹き回しか知らないが、俺も少しは驚いた」
本当かよ、とカナリアは心の中で突っ込みを入れる。
普段通りむっつりスケベっぽい表情のマリンからはとても驚いたというのが感じ取れない。
アンナは少し肩をすくめる。
「私も、驚いたわ」
「お前もかよっ!」
「驚き桃の木、三時のおやつは文明堂よ」
「相変わらずワケワカメだな、お前は」
「それ、褒め言葉。ところで、どうなの?」
「まぁ、回収出来るかどうかは分からないが、もしも手に入ったなら保障してやるよ」
アンナはこくりと頷く。
「そう、それでいいわ」
マリンは首を傾げた。
「いいのか、カナリア?」
「ああ、どっちにしたって俺のもんじゃないし」
「そう言うことではなく、その・・・」
彼は言葉を選ぶように言い淀む。
「危険ではないのか?」
どうか、と聞かれればカナリアには分からなかった。
時が来れば灰は元の形へと戻ろうとする。それは例え灰を水に流しても燃やしたとしても変わらないとモズから聞いたことがあった。本当に朽ちて果てるまで彼らは何度でも再生する。どうすれば灰化せずに朽ち果てるのかは知らない。
ただ、一度灰になってしまえば元の姿に戻るまでに何年も必要になる。
アンナが何のために灰を求めているかは知らないが、今以上の窮地には立たされないだろうと思う。アンナはこれで結構常識的な者の考え方をしている。本当に危険なことはやらないだろう。
「大丈夫じゃねーかな」
「そうか。ならいい」
マリンは中指でメガネを押さえた。
同じ仕草をマネしながらアンナが言う。
「もう一つお願い」
「ん?」
「@人@」
「な、何なんだよいきなり! びびるじゃねーか」
「・・・それは人の顔か?」
鼻眼鏡をかけたアンナは深刻そうに頷く。
しかしこれでは真面目な話をしているのかそうでないのかがよく分からない。さすがアンナだ! 今月のレバンの流行は鼻眼鏡! みんなを和ませる憎い奴! 今なら鼻の頭をつまむと「ぼえー」と鳴く魔法機能付き☆ 定価3万円のところを今回会員特別価格49800えーん!
「そう、もし、こんな顔をした人がいたら、生きていても、死んでいても、お問い合わせは黒猫急便にアッチョンブリケ」
「教えろって事か?」
アンナは鼻眼鏡の鼻をつまむ。
「ぼえー」
力の抜ける音が響く。
「それ・・・ひょっとして返事のつもりなのか?」
「ぼえー」
「口で言うなよ」
アンナはぷうと頬を膨らませた。
「もう、わがままね。・・・・お焦げちゃんと彼らは今亜空間の中よ。城とか迷宮とかトカゲとか呼ばれている所のお腹の中」
トカゲは余計かもしれない。
「いつ、どこに、現れる?」
「およそ二週間後、太陽が月に隠れる日、場所は」
アンナは懐から明らかに容積の大きい地図をにゅう、と取り出す。
これはイリュージョン、こんな大きな羊皮紙の地図が懐にしまわれていたなんてなんと不思議な事でしょう。これはテンコウもセロもビックリ仰天、猫灰だらけ。
しかし、今更カナリアは驚かなかった。
今リアクションをすれば話が続かない。ただでさえケツカッチン。こんなところで時間を怒濤のように浪費している場合ではないのだ。
「この辺。古い地名でオミオスという村のあった周辺よ。今は湖しかないけど、ここに、王の魂が眠る場所がある。私は先に行って正確な場所を特定するわ」
カナリアは頷いた。
「亜空間にある城と、こちら側の世界が繋がれば復活の儀式が始まる・・・ハズ。完全に太陽が隠れた時が最後ね。それまでにノー娘助けて除草剤ばらまかなきゃダメダメよ。多分、世界が滅びるわ」
「滅・・・お前、そんな重大なことそんなさらりと」
「確証はないけど、ジェラさんが持ってきた文献にはがっかりした王様が恒星落陽を起こすって書いてあるのよ」
「・・・」
恐らく、文献にはもっと難しい文体で書いてあったのだろうが意訳した上に、相当主観をぶち込んでいるために極論のように聞こえる。
だが、恒星落陽を引き起こそうとした結果、空を統べる四王の力によって封印された王なのだ。そのくらいの可能性を考慮しておかなければならない。
「分かった。間に合わないなんて事が無いように努力しよう」
「もう一つ情報」
「うん?」
「途中でドリルさんに会った」
「無事だったのか?」
マリンの言葉にアンナは頷く。
「トキは?」
「トリトリさんも無事だけど、離脱したっぽいわ。ドリドリさんが合流するべくこっちに向かっているけど、ルートが違うせいで向こう側で落ち合う事になりそう。取り敢えず黄色い人は倒したそうよ」
ではリコリスはトキが倒したのだ。
さすがに鳥の族長になるだけのことはある。トキが早々とキッシュをレバンに戻し、援軍を要請してリコリスを討つのがベターだと思っていたが、どうやら役目は逆になったようだ。
二人で戦い討ち取ったのだろうか。その場合、どちらか一方でも生き残れば良い方だと思っていたが、二人が生き残ったとなると頼もしく感じる。欲を言えば、本当ならキッシュには戦線離脱して欲しいと思っていた。彼女が加わることで増す戦力は嬉しい。だけど彼女を今回の戦いに巻き込みたくは無かった。
それは多分、自分自身が満足するだけの理由でしかないのだろうけど。
「それじゃあ、伝えることだけは伝えたから私はレッツラゴー。フェリペさんはロングロングあごー」
ぽん、と彼女はアフロの白鳥の姿に変身する。
「お前、その格好好きだな」
「これがカッコウに見えるなんてあなたさては鳥目ね」
「それを言うなら目が節穴だ。つーか、俺だってカッコウじゃないことくらい分かってるってば」
「カナリア、アンナのボケにいちいち反応するなと何度言えば・・・」
アフロはアンナの声で笑う。
「やっぱり小鳥ちゃんはツッコミニストグランプリン」
「嬉しかねーよっ!」




