Story1 黒い魔法使い(5)
5 与えられた絶望
「やっぱりお前だったのか。早かったな」
男は暗がりの中、それに語りかけた。
昼間見かけたもの、それは見間違いではなかったのだ。
光を帯びたそれはゆっくりと男の腕に舞い降り、そして鳥の姿に変わった。白鳥のようでもあるが、その身体は明らかに小さい。手のひらでも十分おさまってしまうような小さな鳥だった。
彼は鳥に向かって話しかける。鳥は答えるように何かを呟いた。鳴き声にも、人の声にも聞こえる奇妙な声だ。
男と鳥は暫く何かをやりとりした後、不意に話を途切らせる。
がさり、と暗がりで何かが動く気配がした。燻ったままの焚き火のすぐ近く。いるのは連れの少女だけだ。
「・・・カナリア?」
寝ぼけたような少女の声が響くと、鳥はばたばたと音を立てて飛び立つ。
少女は不思議そうに鳥を見つめた。
「悪い、起こしちゃったな」
「今鳥と話をしていなかった? 鳥語が分かるの?」
「ああ、だからカナリアなんだよ」
冗談なのか本気なのか分からない言葉を返してカナリアは少女の横に座る。
「疲れているだろ。寝心地の良い場所じゃないが、寝た方がいいぞ」
「何か嫌な夢を見ちゃって」
「どんな?」
「レオタード着たヒゲおやじがアスパラ持って追いかけてくる夢」
「怖っ!」
「でしょ? 私アスパラ嫌いなんだよね〜」
「そこかよっ!」
無駄だと知りながら突っ込みを入れるのは体質だろうか。
そう言えば、とシーアが話題を変える。
「昼の臭いそうな名前の人達、誰に雇われたのか知っているの?」
「正確には分からないが、領都の者だろうな」
「リョウトさん?」
「領都に住んでいる奴らだよ。おそらく武器を直して欲しくない連中だ」
「何で?」
「脅威だからだよ」
カナリアは焚き火が燻るように上に燃えにくい木の枝をかぶせた。
「イーアの武器はあるだけでも人は怯える。あの城にある武器が何だか知らないが、壊れているならそのままがいいだろう。ただでさえ権力のある人間に強い武器が備われば・・・」
「鬼に豆鉄砲だね」
「何がしたいのか良くわからねーよ。ともかく、領主には力を持って欲しくない連中が少なからずいるということだ。お前、国境越えするときにシーア・ガンを名乗っただろう」
「うん」
「襲われたのはそのせいだな」
彼女が領都に着かなければ武器は直らない。そう考えた「直して欲しくない連中」がフローラル一家を雇いシーアを襲わせたのだろう。
同じヴィクレア領に住む人間として気持ちが分からないでもないだけに、カナリアには雇った人間を責められない。それでも、彼女が殺されると言う状況は避けなければならない。
襲撃の危険性は消えたが、この場合根本を直さなければまた似たような事件が発生するだろう。
カナリアは少女が寝付くのを待って再び手を宙にかざす。
翼を羽ばたかせ、先刻の小柄の白鳥が彼の手に止まる。
鳥の姿を見て、彼は脱力感を覚えた。
「・・・何でアフロになっているんだよ、お前は」
鳥は声を立てて笑う。
声はアンナのものだ。
「アフロじゃないわ。タワシよ」
「何だよそれは。つーか、イガだろ?」
「忍者になった覚えはないわ」
カナリアは突っ込みたい衝動をこらえ真剣な眼差しでアフロ鳥を見た。
「キッシュに伝言を頼む」
※ ※ ※ ※
領都についてすぐに彼女はカナリアと別れた。
彼にろくに礼も言えなかったが、ここまで連れてきてくれた事に感謝をしていた。彼がいなければこんなに早く着かなかった。
もう二度と会うことは無いだろうが、もう一度会えたならちゃんと礼をしよう。
彼女は誓うように男が立ち去った方に向かって頭を下げた。
謁見を申し入れると次の日の朝に受理されたと報告が入る。さすがにシーア・ガンの名前を使えば厳しい審査がなくすんなりと受理されるのだ。
「凄いなぁ、この名前は」
彼女はちらりと旅証を見た。修復師を示す紋章と、シーア・ガンの名前が書かれたそれの裏側には本物であることを示すため、発行した人間の印が押される。押してあるのはこの大陸唯一の神聖国家オーナディアの聖家アルタイルの印。間違いなく本物であり、偽造されたものではない。
・・・印だけは。
靴底に仕込んだナイフが外から分からないかもう一度だけ確認して靴底を鳴らす。
重い音はしない。
謁見の間に武器を帯びて行くことは出来ない。万が一に備えて刃物を持ち込むにはこれしか方法が無いのだ。
(・・・姉様)
彼女は目を閉じて呼吸を整える。
心臓が破裂しそうだった。
魔法は正直まだ上手くコントロールが出来ない。魔力や才能が無いわけではなく、法術を教えるオーナディアでは魔法を学べる機会に恵まれなかっただけのこと。今でも魔法よりも法術の方が得意だ。でも使えないわけではない。
「お待たせしました、シーア様こちらへどうぞ」
「あ、はい」
使用人Aに声をかけられ彼女は扉の方へ向かう。
歩き始めた彼女に使用人Aが戸惑ったような声をかける。
「あの、右手と右足、同時に出ていますよ」
「いえいえそれほどでも」
受け答えとして間違った返答をし、ちぐはぐしたまま先に進む。
刹那、足がもつれ、そのまま彼女は謁見の間へとスライディング。
「にゃあ!!」
鼻がへし折れそうなほど顔面を強打し、彼女は悲鳴を上げる。
ぱちぱちと乾いた拍手の音を聞いて彼女は顔を上げる。
目の前にいるのは若い男。・・・否、見た目ほど若くはない。
それが誰なのか彼女は知っていた。
(ヴィクレア領主、ヴァルコ)
「派手なご登場の仕方ですね、シーア・ガン。・・・それとも、エリアード・アルタイルとお呼びした方がよろしいですか?」
自分の名前を呼ばれ彼女ははっとした。
男は静かに笑いかける。
そこで彼女は気付いた。
周囲の人間が武器をこちらに向けていること。そして、
「どうして・・・」
彼女は、信じられないといった様子で彼を見る。
見つめられたと分かった男は、ヴァルコの後ろで薄い笑みを浮かべる。
黒髪の男、カナリア。




