Story5 太陽が堕ちる日(14)
14 淘汰される者
「さぁ、話はそのくらいにしておいて、終わらせて貰うわよ」
「注文したものの支払いは?」
「あなたの命で構わないわ」
「ふぅん? それじゃあ未払いになっちまうぜ」
トキは剣を眼前で構えた。
リコリスが動く。
同時に彼は瞳を瞑った。
気配がする。
彼女の気配に混じって異様なもう一つの気配。
トキは真横に飛ぶ。
「ふぅん? やるじゃない?」
今まで彼がいた場所の後ろから現れたリコリスの気配。異様なもう一方の気配が消えた。
トキはにやりと笑った。
「リコっち」
「何? 突然馴れ馴れしいわね」
「お前の能力は自分自身を5:7分けにすることだな」
「5+7=11で10超えるじゃない!!」
12です。
「数字なんかどうだっていいんだよ。お前の能力はいわゆる、ヂュ・・・ドゥ? ・・・トゥーランドット? 何だっけ?」
「ドッペルゲンガー? あ、言っちゃった」
「うはは!! オカマ掘ったな! 俺様カマかけ超上手い? みたいな〜」
晴れやかに大笑いするトキの横でリコリスは悔しそうにうなる。
「くぅ、何と巧妙なテクニック・・・さすが鳥のリーダーねっ!」
トキが本当にぼけていた可能性もあるが、突っ込みがいないこの場所では真実が赤競れることがない。
「ともかく、お前は分身の術で別れたリコリもスも同時に操れ、戻る時はどっちか好きな方に戻れるんだな? そうだろう?」
「その通り、そのとーり・・・だけど・・・人の名前を変な位置で分けないでよ。何だか悲しい気持ちになるわ」
「ん? じゃあリと子リス?」
「子リスって可愛いわよね。じゃあそれでいいわ!」
ここで一旦コマーシャル。
緊急募集!
この二人に突っ込みを入れてくれる方!
未経験者歓迎!
とにかかく突っ込みに自信のある方なら誰でもOK!
連絡先:レバン仲介酒場「銀の麦」
「空間移動をしたように見えた速さはそのせいだったんだな。けど、長い距離を開けることは出来ないようだな」
「どうして?」
「離れられるのなら嬢ちゃんを追ったはず。逃げ延びた方が仲間を呼ぶ可能性もある以上、野放しにはしないはずだ。あちら側で戦闘の気配がないということは、嬢ちゃんを追ってはいない」
リコリスはくすりと笑った。
「ひょっとしたら彼女を殺した後かもしれないわよ」
それはない、ときっぱりと言い返す。
むっとした表情でリコリスは見返した。
「彼女だって真紅の二つ名で通っている便利屋だ。相手がいくら花の名前を持つ奴だからといって、易々やられたりはしねーよ」
それは自信と信頼の表れだ。
彼女は強い。
最初に会った時からそう思っていた。あの時の彼女は多少荒んではいたが、鎌の切れ味は抜群だった。恐らく魔法を抜きに戦えばカナリアと同等か、負かすことも可能なくらいに強いだろう。
リツに、「銀の麦」のマスターに掃除屋を任されるというのは‘そういうこと’なのだ。
「さて、どうする? お前の能力が露呈したぜ?」
「・・・分かったからといってどうなるという分けでは無いわよ」
挑戦的な瞳。
それは余裕のある振りを見せているのか、それともまだ秘策があるのか。
彼女がたん、と大地を蹴った。
トキは構えて目を瞑る。
気配が真横から、そして正面。
来た攻撃を彼は剣と鞘で受け止める。
魔力の籠もった拳はその辺の鈍器よりもずっと破壊力があり、そして使いようによっては刃物同様の切れ味を生じさせる事も出来る。
剣同士なら負けることを知らない。
トキは受け止めた力を押し返した。
刹那。
「ぐあっ!!」
脇腹に鋭い痛みを感じトキは大きく飛び退いた。
止めどなく流れ出る赤い液体。
目の前にはいなかったハズの場所から突然姿を現した「三人目」のリコリス。
なるほど、と、トキは痛む脇腹を押さえながら呟いた。
分けられるのはリとコリとスだったわけだ。
「お前・・・・いくつまで分裂できるんだよ」
「スラ○ムみたいに言わないでよ」
「能力劣化しているくせに偉そうに言うなよ」
「その能力劣化した私に、やられたくせに、偉そうに言わないでよ」
もっともだ、とトキは笑う。
こういう大詰めのところで甘いのだ。だから自分は鳥の長には向いていないと何度も言った。それなのに、モズは自分を指名した。
それに応えたい。
そう思ってきた。
だから・・・。
「なぁ、リコっちは何体まで分裂出来るんだ?」
「さぁ、四体までしかやったことないけど・・・そう言えばどのくらいまで別れられるのかしら」
ぶつぶつと言いながら彼女は二人、三人、四人と次々に分裂していく。
「ん? おお? 俺様取り囲まれた?」
「うふふふ、結構大人数になれるのね。どう、気分は?」
「女の子に囲まれるのは嬉しいんだけどなぁー、みんな同じ顔だと少し・・・」
キモイ、と言いかけて彼は口を押さえた。
集団の女ほど怖いものはない。
この状況でそんな台詞を口に出したらそれこそ「俺様大ピンチ!」になりそうだった。
なおもわらわら分離していくリコリス。
(・・・これは・・・)
自分は存外と運が良いのかも知れない。
トキは自嘲した。
「リコっち」
「何よ、さっきから」
「一対複数ってのはどう考えたって卑怯じゃねぇ?」
「勝てば正義よ。まぁ、でもさすがにこの大人数じゃあ、私も動きにくいわね」
「だろう? まぁ、だけどな」
彼は目の前にいるリコリスの肩に手を置いた。
「?」
「俺も、一人じゃねーんだわ」
トキは彼女の肩を利用して垂直に跳ね上がる。
「なっ!」
リコリスが驚きの声を上げて上を見上げた。
同じ顔が一斉にトキの方を見る。
トキが空中に舞い上がった瞬間、その場にいるリコリス全員を薙ぎ払うように魔術の一閃がきらめいた。
慌ててリコリスが一体に戻り逃げようとする。
しかし、遅かった。
「!!」
逃げ切れなかった彼女達を魔術の光が薙ぎ払い、直撃を免れなかった何体かは灰となって崩れ去る。
残った者を集めて一人に戻ったリコリスだったが、身体には無数の傷跡が残っていた。
「なるほど・・・・真紅と呼ばれる訳がようやく分かったわ」
リコリスは現れた巻き髪の女を睨め付けた。
鮮やかな髪が、死を連想させる血のように赤く風になびいていた。




