Story5 太陽が堕ちる日(13)
13 シェリル・アナ・シェラン
「いーから、てめーは部屋で大人しくしてろ。どっちにしろ、空間を抜けるまではじっとしているしかねーけどな」
「むぅ、分かったよぉー」
言ってエリーはそっとドアを開けた。
まだナスタチウムは眠っているだろう。起こすのが忍びなかった。しかし、部屋にはいると既に彼女は目覚めていた。
人形を抱き、子守歌を歌っている。
・・・・そして目覚めた太陽が
無限の未来を紡ぐから
だから泣かないで
私の愛しい子
(綺麗な歌・・・・あれ? だけどさっきまで・・・)
彼女は知らない国の言葉で歌っていたはずだ。どうして急に公用語の歌詞に変えたのだろう。もう一度良く歌詞を聴き取ろうとすると、彼女の歌はやはり知らない国の言葉だった。
聞き違いだったのだろう。
彼女はエリーが戻ったことを知るとピタリと歌を止めた。
「ああ、エリーちゃん、お帰りなさい」
「ただいま・・・起きちゃったの?」
「ええ。シェリルが寂しがって目を覚ましてしまったの」
「そっか。・・・・眠ったみたいだね」
「お姉ちゃんがもどって安心したのね。ふふ、あなたって不思議な子」
ナスタチウムは優しく笑って抱きかかえた人形を揺すった。
ちっ、と、グラスが舌打ちをする。
彼女は初めてそこにグラスがいるのに気付いたかのように、ぎゅっとシェリルを抱きしめて睨んだ。
「なーにが不思議な子だ。自分の罪から逃げるために狂いやがってこのアマ。んな出来損ないの人形抱きしめてシェリルシェリル。恵まれた歌巫女さんはお幸せなことで」
「グラスさん!?」
エリーは慌ててグラスの口を塞ごうとした。
しかし、伸ばした手は簡単にはね除けられた。
ナスタチウムは警戒した様子で彼を見る。
「・・・あなた、何を言っているの?」
「お前だってわかってんだろう? それがシェリルでないって事くらい」
「何言っているの? この子は私の子、シェリルよ」
グラスは鼻先で笑い飛ばした。
「まだ言うかクソ女。てめーのせいでどんだけの命が失われたと思ってンだよ。大体、シェリルだ? 雄の子供に付ける名前じゃねーだろ?」
「え? お酢? 酸っぱいの!?」
「男だ、オトコ」
「乙子ちゃん? ふぎゃっ!」
チョップを喰らってエリーは呻く。
ボケをかますようなシーンではなかったようだ。女の子を殴ることないじゃん、という言葉を飲み込んで、彼女はおずおずと質問をする。
「・・・シェリルちゃんって、男の子なの?」
「そうだよ。なぁ、ナスタさんよ?」
「・・・・」
「え? え? 男の子ってそれじゃあ・・・あれ?」
記憶のなかで蘇るアナナスの言葉。
王の器となるものは、男でなくてはならない。
それはつまりシェリルが王の器として条件を満たしていることにならないだろうか。だけど、アナナスは女の子だと思って、必要ないと捨てて、赤ちゃんはシェランの王族が妾腹の子だからって理由で殺してしまった。
それはつまり、
「ど、どういう事だろう・・・」
頭のなかがぐるぐるした。
そのあと、死んだシェリルの代わりにアナナスはイチイを作った。
シェリルが男と知っていればアナナスはイチイを作らなかったということで、イチイがいなければエリーがここに連れてこられることもなかった。
「あれれ? 何だかよく分からなくなってきた」
「・・・・シェリルは花の名前を持って産まれなかったわ」
「灰の目としての性を持って産まれなかった、か。ならば何故、性別を偽る必要があった? 名前があるか否かはお前しか知らない。母であるお前以外が名付ける事が出来ない」
「出て行って!」
金切り声でナスタチウムが叫んだ。
「シェリルが起きてしまうわ!」
「・・・いや、むしろナスタさんの声で起きると思うけど」
「珍しくいい突っ込みだ。だが、それ以前にあれは人形だよ」
くくっ、と笑ってグラスがナスタチウムに近づく。
ナスタチウムの瞳の奥が微かに揺れている。
苦痛に歪んだような彼女の瞳が、残虐を求めるかのように妖しく輝いた。
そう、それはいつか見たカナリアの赤く光る瞳とよく似ている。
「逃げるな、歌巫女!」
どん、と床が鳴った。
グラスが腰に帯びた剣を鞘ごと抜いて床を叩き付けたのだ。
驚いたようにナスタチウムの目が見開かれた。その瞳には先刻のような禍々しい光は感じられなかった。
グラスは強い瞳で彼女を見ている。
「やるべき事を果たせ、お前が何故‘生かされた’のかもう一度よく考えてみることだな」
ひしひしと伝わってくるような嫌悪感。
今にも殺してしまいそうな勢いだ。
だけど、とエリーは思う。
(だけど・・・グラスさんって別にナスタさんが嫌いな訳ではないような・・・)
ぼんやりと考えていたところに突然窓から黒い物体が入り、グラスに直撃する。
「うわっ! 何だ!?」
「え? 何? あ、ジェラートさん!?」
「・・・!! 何だ? お前の飼い猫か!?」
グラスは黒猫の首根っこを捕まえた。
猫の目を覗き込みながらエリーは問う。
「違うよー、アンナちゃんの恋人だよー。だけど・・・本当にジェラートさん?」
「わん」
「あ、本物だー! わーいふかふかー」
エリーは猫をグラスの手から奪い取り、抱きかかえてもふもふ撫でまくる。
「・・・・ちょっと待て、今わんって・・・つーか、亜空間から・・・・えー?」
グラスは外を覗き込んで不可解そうな顔をする。
亜空間に迷い込めば二度と出られない。そこから飛び込んできた妙な猫に違和感を覚えずにはいられない。
振り返ると猫は「ふふん♪」と笑うように鼻を鳴らした。
まるで挑発しているようだ。
「〜〜〜っ!! っんの・・・クソ猫! 猫だったら猫らしく鳴けよな!」
「え? 怒るところそこなの!?」
「ひひーん」
「わっ! ジェラートさん馬のモノマネうまーい!!」
 




