Story5 太陽が堕ちる日(12)
12 傲慢
「・・・・トキ、耳を貸して下さいませんこと?」
キッシュはトキに寄り添うようにして小声で囁いた。
若干嬉しそうな声でトキが答える。
「貸せれるもんなら貸してやっても良いが、耳引きちぎると痛いしなぁ」
「・・・・それ、本気で言っているのでしたら、その耳そぎ落として犬も食わない事を証明して差し上げますわよ?」
「犬が食わないのはタマネギだろう? ・・・・いや、悪かった。もう茶化さないから睨まないで下さいお願いします。姉ちゃんみたいな美人に睨まれるとなんつーか、し・・・ああ! すみません!! 下品なことも言いません!」
皆まで言わせないキッシュの鋭い眼光。
トキの意外な趣味が発覚したところでキッシュはトキの耳元に囁いた。
彼は一瞬驚いたように目を見開き、納得したように頷いて見せる。その瞳はキッシュに対して感心しているようでもあった。
「・・・なるほどな、それなら合点がいく。しかし嬢ちゃんよく分かったな」
キッシュは、んふ、と甘い声を立てて笑う。
「彼らを常識で考えるのは止めましたの。それで、トキ、準備はよろしくて?」
「はいよ、よろしくていらっしゃいます」
赤髪のキッシュが鎌を構えるのと背中合わせにするようにトキが剣を構えた。
どうしても隙が出来てしまう後ろの部分をお互いに補っていると言うことだろう。弱い人間が互いの欠点を補おうとする時によくやろうとする手法だ。だが、これは互いの信頼と息が合っていなければお互いに足を引っ張る結果になる。
リコリスは二人を見下したように見つめた。
「何を話していたかと思ったら、そういうこと? ・・・ふふ、なら、二人まとめて相手してあげるわ」
彼女が動いた瞬間、
「そうはイカスミ!」
「タコスミですわ!!」
キッシュとトキが同時に真逆の方向に走り抜ける。
「敵前逃亡!?」
まさかそれぞれがバラバラの方向に逃亡するとは思っていなかったリコリスは一瞬戸惑った。
二人を一度に相手して一度に葬り去るつもりだっただけに、どっちを追うべきか迷ったのだ。その上捨て台詞が「イカスミ・タコスミ」という意味不明な単語であるだけに、動揺が隠しきれない。しかし、彼女はすぐに自分を取り戻す。
自分がどんな命令を受けてここに来たのか、それを思い出せば追うべき方がどちらであるかは容易に判断できる。
そう、自分は鳥の族長を殺すために・・・
「あら? キュスラも鳥だったかしら? 親が鳥だから・・・えっと、そう! 子供は卵ね! ニワトリが先よ!!」
卵と鶏は卵が先ですよ、リコリスさん。
などという突っ込みをくれる相手はいない。
リコリスは何か誤解をしたままトキを追いかけた。
彼はすぐに見つかった。
森の中の、少し広くなった場所に抜き放たれた剣を携えて立っている。追いついてリコリスは笑った。
「なるほど、卵を逃がすつもりだったのね」
「卵って・・・嬢ちゃんはむしろメロンって感じだよなぁ」
「何の話をしているの? 失礼ね!」
「いやドレスのこの辺がアミアミネットって感じだろう? だからメロンなんだが・・・・お前こそ何の話をしているんだ?」
「ぐっ・・・!」
リコリスは言葉を詰まらせる。
色々とコンプレックスがあるらしい。
トキは笑う。
「あんたも結構魅力的なんだから、花なんか辞めて暮らせばいいのに。俺様は女の子大歓迎! 俺、花辞めて暮らしている奴のこと知っているぜ?」
彼女の気配が鋭くなる。
「・・・・・あなた、それがどういう事か分かっていっているの?」
「うん?」
「竜王の契約に縛られているだけのあなた達に言われたくないわ! 私たちは、王の為にでなければ、生きることも死ぬことも許されない。死ぬたびに蘇り、抗おうとすればこの身に刻まれた灰の紋章が地獄の業火で焼かれるような苦しみを与える。花をやめた? 笑わせないで。そんなことをすれば果てることも許されない苦しみを味わうのよ!」
「・・・!」
トキは目を見開く。
「それ・・・本当なのか?」
ようやく絞り出したように言う。
嘘を付いてもしかたがないでしょう、とリコリスは答えた。
確かに嘘をついても仕方のないことだ。リコリスはこちらを情で流そうとしている訳ではない。花と鳥は戦うように仕組まれている。ここで情に訴えたとしても、この状況下でトキが彼女を見逃すわけがない。
だから彼女の言ったことは真実なのだろうと思う。
だが、それでは自分のした選択も、彼のした選択も、あまりにも・・・・
「あいつ・・・んなことは一言も・・・・」
言わなかった。
だが、思い当たる節がないわけではない。そもそも魔力を使いすぎたと言っていたが、大々的に魔法を使った後の彼の衰弱の原因がもしもそうだとしたら。平気そうにしていたが災禍のような苦しみを味わっていたのだとしたら、自分たちは彼にどれだけの苦痛を与えてきたのだろう。
それとも、彼は半分だけなのだから、苦しみも半分だけで済んでいるのだろうか。
どれだけの事を、隠しているのだろうか。
鳥の一族の中でも彼のことに関してはごく僅かしか知らない。彼が鳥ではなく、灰の目の一族の血を引いているなどととても吹聴して歩けることではない。
だから彼は「雑種の鳥」を名乗る。
先代族長のモズが危険と知りながらも殺せなかった子供。
「・・・・カナリア、お前」
可哀想だ、そう思ってしまうことだって傲慢なことだろう。
誰も彼にそれらしい選択肢を与えてやれなかったのだから。
「・・・・難しいこと考えるの、俺様らしくねーな」
「タラバガニは実はカニではない、とか考えていたの?」
「え? あれカニじゃねーの?」
「動物学上ではカニ類よりヤドカリ類に近いらしいわ。ほら、足の数が違うでしょう?」
「えー? マジで!? 俺、ずっとカニだと思って食ってたよ! あ、何か軽くショック」
「分かるわ、その気持ち」
リコリスは眉根を寄せて頷いた。
今までカニだと信じ込んでいたのが実はカニではなかったなんて、胴って事ないはずなのだが、真実を知ってしまうと軽くショックをうけるものだ。
「でも、なんであんた知ってるの?」
「通販番組でやっていたのよ! カニカニ15ハイセットで19800えーーーん」
「おっ! 安い! 買った! 電話番号と支払い方法教えてくれ。届け先はシェラン城の王の盾隊長で」
「職場に届けて大丈夫なの? お届けは黒猫急便一歩前ニャー」
「あっ! そうか、連中勝手に開けて勝手に食うかもしれねーよな。んー、自宅の方には滅多に戻らないからなぁー、おっ、私書箱とかどうだ? 俺様宛のファンレター用に借りてあるんだ!」
「ファンレター届くの?」
「そりゃ俺様大人気だからな! ・・・って、そろそろ誰か突っ込めよ」
二人しかいない上に両方ボケだから、突っ込む人がいない。
これは実に寂しいことだ。




