Story1 黒い魔法使い(4)
4 カラス
レバンの街からヴィクレア領都までは病人や老人を連れて歩いたとしても三日とかからない。カナリアの足で向かえば一日で辿り着ける距離であったが、少女を連れての旅となれば自分のペースでとはいかなくなる。
彼女の体調も考慮すれば良くて一日半というところだろうか。
襲った連中が再び来ることも考えれば着くのは明日の夕刻になるだろう。閉門にさえ間に合えばゆっくりと歩いてもいいだろう。
カナリアは少女の様子を見守りながら歩く。シーアは昨日とはうって変わって顔色も良く元気そうだった。
森を切り開いて作られた街道を歩きながら周囲を不思議そうに眺めている。
「そんなに面白いか?」
黒いコートを着た怪しげな男が笑い半分で尋ねると少女は首を傾げる。
「ねぇ、ここってそんなに主要な道なの?」
その質問で少女が何を考えていたのか分かった。
カナリアは笑って首を振る。
「そうでもないな。良く使われる道だが、大街道って訳でもない。ヴィクレアの道はどこもこんなもんなんだよ」
「そうなの?」
街道というのは人が通って出来ていく道が多い。
頻繁に人の通る道は国で整備する場合も多いがヴィクレアの街道は殆どが領主が管理している。シェラン王が今のハーレル王になる前後に国は大きく荒れていた。その際たくさんの失業者が出たためにヴィクレア領主が人を雇い道を整備させることで失業者を減らしたのだ。
道路整備の業務は好評であり、今も尚続いているという。
「そのことに関して領主は評価されているんだが」
カナリアは少し口ごもり、そして黙った。
領主の評判ははっきり言って良くはない。それでも極端に何かに傾倒し圧政を強いている訳ではないから、悪い噂という程度で留まっている。おそらく彼女自身もその悪評を聞いてはいるだろう。
彼女は暫く彼の言葉を待ったが、やがては興味を失ったように再び周囲を見回した。
「それにしても、変わっているね」
「何が?」
「この辺って木にアフロがなるんだね」
「アフロ!? どこに!?」
驚いて彼は周りの木を見渡す。
木の枝には茶色い物体。
アフロには見えなくもないが・・・
「・・・・栗だよ」
「へぇ、栗ってアフロなんだ」
「いや、あれはアフロじゃなくて・・・」
彼は視界の端に何かを捕らえ、一瞬黙る。
不審に思った彼女は男を見上げた。
「どうしたの?」
「ああ、いや、何でもない」
「ふうん? ね、もう少し進んだらアフロ食べよ?」
「食えねぇよ。・・・どっちにしてもその前にやることがありそうだ」
「ぬほ?」
「変な驚き方するなよ、俺が驚くだろうが! ・・・・振り向くなよ、お前を襲った連中が森に潜んでいる」
「うほ!」
少女はわざわざ小声でされた忠告を無視して振り向く。
もうどこから突っ込んで良いのか判らないカナリアは咄嗟に彼女の襟首を掴んで引っ張った。
魔法の火を孕んだ矢が、彼女が今までいた位置を正確に貫く。
間一髪逃れた少女は青い顔をしていた。
「お前はアホか!」
「く、苦しい、首が、首が絞まってるっ!」
「あ、悪い」
彼は慌てて少女を放す。
ようやく息が出来るようになった彼女はぜいぜいと言いながら舌を出した。瞬間的に黒い集団が彼らを取り囲んだ。
どう考えてもこちらに好意的なようには見えなかった。
「やぁ、良い天気だね」
カナリアはにこにこと笑いながら集団の一人に言う。
「悪いけど先を急ぐんでね、通してもらえるとありがたいんだけど」
「・・・。お前、同業者か」
男の声だ。四十代後半かもう少し上か。危険な匂いのする男の声だった。
カナリアは笑顔を崩さぬまま首を傾げた。
「ん? 何のこと?」
「その女に雇われ、護衛を引き受けたのかと聞いている」
「雇われた覚えはないな。目的地が一緒だから旅してるだけだし」
「ならば去ね。命までは奪わぬ」
「はーん、あんたら、彼女を殺すように依頼された便利屋か」
「ヴィクレアに向かわなければ良いだけのこと。我々は忠告をした。だが、その娘には聞く気などないようだからな」
男の言葉に少女が表情を硬くしたのが振り向かずとも分かった。
「だから、殺す、か。まぁ、依頼を成功させるためにはそれが手っ取り早いが・・・」
カナリアは表情を無くし、凍てつくような青い瞳で男を見る。
「俺、そう言うの嫌い」
交渉の決裂を知った男が軽蔑の意味を込めて鼻で笑う。
「ならばお前も死ね」
三流の悪役のような決めゼリフに周囲の手下(?)たちが反応して動く。相手は五人、リーダー格らしい男を含めて六人。それが一斉にカナリアたちに向かって来ていた。
少女が半狂乱に成りながら叫ぶ。
「あああ!!!! 生麦生足、生ワサビ!」
ふわりと、彼らの周りを包むように魔法の風が産まれる。それは一気に収縮し、炎の球になり少女の手から発射される。
真上に。
「きゃー!! 失敗しちゃったぁ!」
「今の呪文だったのかよ!」
流暢に突っ込みを入れている場合じゃなかった。
六人の手にした武器が、彼らを狙う。
「っっ!!」
鋭く舌打ちをしてカナリアはコートをマントをそうするように大きく広げた。
その姿はカナリアというよりはコウモリかカラス。
鳥が広げた翼で雛を守るようにシーアを包む。
次の瞬間、五つの悲鳴が少女の耳に届いた。
「?」
おそるおそる彼女が顔を上げるとそこには迫ってくる剣もカナリアの姿もない。あるのは重いコートと、手を押さえ武器を落とした五人の姿。
シーアは慌ててカナリアの姿を探す。
彼は、リーダーの真後ろに立ち、首筋にナイフではなくスプーンを突きつけていた。
「髪が傷んでいるな、トリートメントはしているのか?」
「き、きしゃま!」
背後を取られるなどという不覚の上、自分の半分程度しか生きていないだろう男にからかわれ男は真っ赤になる。
しかも、口がまわらなかった。
「俺、あんたらのこと知っているな。何か臭いそうな名前だったような・・・」
「フローラル一家よ。せめて香るって言ってよ、失礼ね」
五人の中から抗議の声があがる。どうやらシーアと変わらないくらいの少女のようだ。
「ああ、悪い。で、フローラルさん、ものは相談なんだが、今回の依頼諦めてくれないか」
「何をっ!」
「大体あんたらがどこから依頼を請けたか分かる。まぁ、悪いようにはしないさ。それとも、俺と、やり合うか?」
因みに、と彼は付け加える。
「参考になるか知らないが、俺はカナリアだ」
「カナリア・・・」
彼が名乗ると、フローラル一家が息を飲む。
明らかに名前に動揺している様子だった。
それに破顔してカナリアは男から離れ道の先を示す。
「通って良い?」
「・・・好きにしろ。お前とやり合うくらいなら汚点を残した方がマシだ」
「そ? サンキュー☆ じゃあ行こうか」
「あ、うん」
コートに埋もれていた少女は言われて頷く。
よく分からないが助かったようだ。
彼らの頭上で勝利を祝す花火のように魔法の火の球が弾けて消えた。




