Story5 太陽が堕ちる日(5)
5 発展途上
流れてくる涙は暫く止めることが出来なかった。
泣き崩れたエリーの側に座り込んだ男は、感情のない朱赤色の瞳でじっと彼女を見つめていた。
やがて彼女はやっとの思いで涙を止め、ぐしぐしとまぶたをこすった。
「落ち着いたか」
「・・・・」
「すまない、どうして良いのかわからない」
「・・・こう言う時は、慰めるものだよ」
「慰める・・・」
「頭を撫でたり、抱きしめたり・・・・。でも、いい。本当は、あなたに慰めてほしいわけじゃないもん」
エリーは視線を彼に向けないようにした。
本当に彼に慰めて欲しい訳じゃない。慰めるより泣いて欲しかった。この人だって、よく分からないけど色々悪いことしたようだけど、本当は悔やんでいるハズだ。悲しいはずだ。・・・・そう思いたかった。
だからせめて泣いて欲しかった。
けれど、それを言葉で伝えて強要しても意味はない。
無理に泣いて貰っても意味がない。
「・・・ねぇ、あなた、何て名前なの?」
「アナナス」
「え? アイナス!?」
「・・・・」
「ああ! そっか、本日二度目のボケは一回目を聞いた人じゃないと突っ込んでくれないんだった! 久しぶりに計画的にボケたのにっ!」
「すまない、どうして良いのかわからない」
「セリフコピーなんていう高度テクニック!! ひょっとして結構笑いのセンス有り!?」
「・・・・」
「って・・・冗談はこのくらいにしておいて。あなたがアナナスさんなんだね」
エリーは彼を見る。
彼は無言で頷いた。
アナナスは、予想していた人とは少し違う。もっと残酷で自分勝手な人だと思っていた。だけど、説明するのは難しいけれど、何か違う気がした。
「なんであなたこんな事しているの?」
「全ては王を復活させるため。灰の目の者が今もなお輪廻の輪に戻らないのはそのためだ」
「んん?? よく分からないけど、王様が欲しいってこと?」
「そうだ。巫女もそのために存在している」
エリーは首を傾げた。
「でも、ナスタさんってあなたから逃げたんでしょ? 目的が一緒のハズなのに何で?」
「抗えば身体に刻まれた灰の一族の紋章が地獄のような苦しみを与える。巫女が」
一瞬、言葉が途切れた。
無表情の中にも僅か嘲ったような表情が浮かぶ。それは誰に対してのものだろうか。
「巫女が苦しんでまで私から離れるのは、私を憎んでのこと。望みを果たさせないために逃げ、王の復活の妨げになっている」
「憎んでいるの? ナスタさんがあなたを?」
「私は巫女よりも魔力が高い。無理にでも従わせることができる。子を産ませ、かような場所に監禁し続けているのだから憎まれて当然のことだ」
「・・・そうかなぁ」
エリーは首を傾げる。
ナスタチウムは消して憎んでいるとは口にしなかった。死んでしまおうとか考えている人だけど、アナナスを憎んでいるとか、そんな風には言わなかった。
むしろ、
「アナナス様」
不意に声が聞こえ、エリーはぎくりとする。
声に覚えがあった。
彼だ。
血の匂いのする傭兵風の男。
一緒に来るかどうか尋ね、はいと答えた彼女をここまで連れてきたのはこの男だ。イチイは彼のことをグラスと呼んでいた。
「バビアナが鳥殺しを失敗したようですよ。思いの外あのトキという男は強いようで」
「・・・そうか」
「私が行きましょうか? それとも、アナナス様自ら参りますか?」
「リコリスに」
「御意に」
グラスは例の姿勢を取る。
ちらりと、アナナスがエリーを見る。
「部屋に」
「ああ、はい。分かりました。・・・そう言えばスイレン様が探していましたよ。相変わらず不機嫌そうでしたが」
「・・・」
アナナスは無言で頷き暗い廊下の向こう側へと歩いていく。
程なくして彼の姿は見えなくなった。
「じゃあ、エリアード、部屋に戻ろうか」
「むー」
「そんな顔してもダメだ。ここから抜け出すには鳥と一緒に出るか、アナナスに許可を貰うしかない」
差し伸べられた手を払ってエリーは頬を膨らませる。
「私、グラスさんにカナリアの事聞きに来たんだよ? なのにどうしてこんなところに閉じこめられるの? もしかして女の子監禁して‘ご主人様’とか呼ばせて喜んでいる犯罪者の人!?」
「何だよ、その具体的な描写は」
「メイド服に猫耳なんていうオプションまで付けちゃうの!? やだ、私、グラスさんに対して偏見持ちまくり!」
「ちょっとまて、どうしてそんな話になるんだ!」
「うわーん、変態〜」
「俺は妹に刃物マニアとか罵られた事はあるが、そんなマニアになった覚えはないぞ! むしろ俺は胸とかでかくて気の強い姉さんの方が好みだ! 巻き髪なら三割り増しで好きになる!」
「うわーん! やっぱり男の人って胸の大きい人が好きなんだ!」
「それは好みの問題だ! 大体そう言う悩みは成長しきってから言えよ、発展途上が!」
「うわーん!!! 貧乳って言われた!!!」
「言ってねぇ! あー、もう面倒くせぇ!」
怒鳴ってグラスは自分の髪をかき混ぜる。
「くそっ、やっぱてめーなんか連れて来なきゃ良かったぜ」
「行くなんて言わなきゃ良かった」
「どっちにしたってイチイはお前のこと、連れて行くつもりだっただろうけどな」
エリーはピタリと泣き止む。
「え? 何で?」
「お前が奴に名前を付けたからだよ」
「? あだ名付けたことが何か意味あるの?」
「あだ名・・・つーか、植物の名前を付けた時点でそれが真実名前だ。お前が‘母親’になったってことだよ」
「え? 私産んでないよ!?」
「百も承知だ。本来アレには名前がないはずだった。花の名前を持つ者は産んだ母親が名前を付けるらしいからな、人の腹から産まれていない奴に名前はないはずだった」
分からない、とエリーは首を傾げる。
名前がないとか、人の腹から産まれていないとか、常識では考えられないことが多すぎる。しかも、自分がイチイの母親になったなんてとても信じられない。
「お前が名付けた以上、お前はこの件に関して無関係じゃなくなった。正直どっちに付くのか分からないお前をここに連れてくるのは嫌だったんだが、いざとなったら殺せばいい」
かちりと、腰に吊られた剣が鳴る。
エリーは緊張で身を固くした。
「いいか、死にたくなかったら俺の言葉を信じるんだ。俺の言葉に従え。・・・全部終わったら責任持ってあの街まで戻してやるから」
「グラスさん・・・」
殺す、とか物騒な事を言っているくせに、最後の言葉は優しかった。
ひょっとしたら、とエリーは彼を見つめる。
ひょっとしたらこの人はいい人じゃないだろうか。口は悪いし、怖いこと言うし、貧乳とか言うし、血の匂いはするし、とてもいい人には見えないけど、本当は優しい人ではないだろうか。
彼は相変わらずの様子でエリーを睨み付けている。
恐ろしいはずの彼の視線が、今は何故か怖くは無かった。




