Story4 心臓のない少年(9)
9 レバン攻防戦
ぞくり、とした。
全身の毛が逆立つような感覚と言えばわかるだろうか。キッシュは大鎌を振り下ろした。視線の先には少年とにこにこ笑った大人しそうな女が立っている。
人ではないものと対峙しているような奇妙な感覚に襲われた。
「ぞわっふーぶわぶわって感じね」
「言いたいこと何となく分かりますが、意味が分からない表現ですわね」
「じゃあ・・・ぞわぞわにゃーご何かどうかしら?」
「どうかしら? と可愛く言われても答えようがありませんわね」
「仕方ないわね。ジェラさんお父さんスクランブルエッグよ」
アンナの頭の上に載っていたジェラートは少し二人を気にする素振りを見せながら地面に降り立つ。そのまま尻尾を高く上げてとてと歩き始めた。
「あら、可愛らしい猫」
女がにこにこ笑いながら言う。
年からは少女から少し外れてはいるが、美少女センサーが作動してもおかしくないレベルにもかかわらず可愛いという印象すら受けない。
不気味な女、それがキッシュの彼女に対する第一印象だった。
「ジェラさんバリバリ三本線ジャージよ」
「まぁ、それはステキね」
「ええ、とっても」
「ちょっとそれって会話が成り立ってるの?」
的確な突っ込みを入れたのは少年だった。
キッシュは表情を険しくさせた。少年は、死んだはずの男によく似ている。七、八年前の話だが、他ならぬキッシュ自身が首を切り落として殺した男によく似ていた。
年は若いが、無関係に思えない。
あの後、彼の遺体は見つかっていないのだ。
「ドリドリさん、鬼が顔のようよ?」
「それを言うのなら鬼のような形相ですわ。私を形容するには間違った単語ですけど」
「そうね、鬼はアフロだったわね、ごみんさい」
「謝るところそこなんだ!? しかも微妙に謝罪の仕方が変だよ」
「あら、ごきげんよう。茶アフロさんに金アフロさん。只今レバンではアフロの方のご入場を固く禁じておりますので、お引き取り奉ります」
「アンナちゃん、奉ってどうしますの?」
「あはは、愉快だね君たち。・・・面白いから、少し遊んであげようか?」
少年の目が鋭くなる。
反射的にキッシュは身構える。
少年は嘲笑した。
「いいね、いい目。僕は嫌いじゃないよ。気に入ったから特別に名前を教えてあげるよ」
「知っているわ、アームレスラーの韮崎さんでしょ?」
「誰!?」
「韮崎さん(※実在しません。実在しても無関係です)」
「ふーん、それ、僕に似ているの? だけど、残念ながら違うよ。僕はスイレンだ。覚えておいた方が良いよ。これから有名になる男の名前だから」
「・・・・スイレンですって?」
同じ名前。
よく似た容貌。
キッシュは腹の底が震えるのを感じた。
「あれ? 僕のことを知っているの? ひょっとして僕が死ぬ前の知り合い?」
「あら、茶アフロ韮崎さん死体だったの?」
「だから韮崎じゃないって。僕らはね、灰が残っていれば何度でも蘇るんだよ。まぁ、今回はアナナスが急いで作り直したから記憶の劣化を引き起こしたけどね。能力は衰えていないよ」
「・・・作り直す? 記憶の劣化?」
にやりと、少年は見下したように笑う。
「早い話、僕らは死ぬけど不死身だってこと」
「富士山が見えるのね。驚き桃の大サンショウウオね」
「君さ、分かってやっているの? だとしたら少し見直すかも」
ふっ、と少年の身体しずむ。
アンナは身構えた。
キッシュも鎌を構える。
耳元で、女の囁くような声が聞こえた。
「・・・・あなたの相手はこっち」
「!!」
キッシュは鎌を振るった。
女が空中を舞う。
鎌が何かを斬った気配はない。長い刃物は空中を薙ぎ、生じた衝撃波がつい先だって立て替えられたばかりの商店を破壊する。
「強すぎる紫外線はお肌の大敵よ」
魔法の障壁で何とかスイレンの攻撃を交わしたアンナはキッシュと背中合わせになりぽつりと呟く。
「分かっていますわ」
市街戦は派手にやるわけにはいかない。
この街の人間はそう弱い人間ばかりではないが、キッシュたちのように強い人間ばかりというわけではない。
戦いに巻き込まれれば怪我人だけではすまないだろう。
キッシュに、街の人間を守りきる余裕なんかない。
「・・・・油断したわけではありません」
そう、油断したわけではない。
スイレンに気を取られたのは確かだ。けれど、女の動きにも注意を払っていた。あの時、スイレンが動き始めた瞬間、まだ彼女の姿はスイレンの後ろにあった。だが、気付けば彼女は自分の真後ろに立っていた。
人間の視覚を凌駕するスピード。
女に、それだけの身体能力があるとはとても思えない。
全身が妙に粟立った。
「リコリス、そっちはあげるよ。こっちの方が面白そうだもん」
女はふふ、と笑う。
「じゃあ私、こっちで我慢するわ」
「・・・我慢ですって?」
「だってあなたじゃ物足りないもの」
酷い侮辱だ。
魔法を使うアンナに比べれば能力は落ちるだろう。キッシュの使える魔術などたかが知れている。
だが、仮にも便利屋達の間で二つ名で呼ばれた程の実力を持つ身。
そう簡単にやられるわけにはいかない。
キッシュはリコリスの瞳を見返す。青い瞳の奥で黒い瞳孔が妖しく震えている。自分の持つ色とは対照的だ。
「真紅と呼ばれた私を、あまり見くびらないで頂きたいですわね」
「真紅? そう、なら貴方自身が赤く染まるといいわ」
女の姿が消える。
今度はスイレンに気をとられてなどいなかった。だが、女を目で追うどころか、動けば当然聞こえるはずの地面を蹴る音すら聞こえなかった。
(上?)
キッシュは鎌を空にかざす。
女が姿を現した。
(後ろ!)
鎌を振り下ろすが押さえきれなかった。
激しい衝撃とともにキッシュの身体は跳ね飛ばされる。キッシュは衝撃を和らげるために回転しながら地面に着地する。
手が痺れていた。
凄まじい力だった。その力は到底女のものとは思えない。自分の倍近くある体格の男とも戦った事があるが、彼女の力はそれに勝るとも劣らない。武器を持たない女が掌底だけの攻撃でここまでの力を出せるのは尋常ではない。
(魔法で強化しているんですわ。だけど、あのスピードは一体・・・)
スピードも精霊を纏わせれば補う事が出来る。だが、彼女の速さはそれを遥かに旨回るスピードだ。魔法で空間を移動することも出来ると聞くが、彼女からはそう言った魔法の気配を感じない。そんな魔法が存在し使っているとしても、一瞬で術を組み上げられるものではないはずだ。
「ふふ、反射神経は悪くないようね。・・・だけど、いつまで持つのかしら?」
女の姿が再び消える。
次はどこだ。
キッシュは感覚を研ぎ澄ます。
「!」
女の気配。
感じた瞬間、防ぐには間に合わない事を悟った。




