Story4 心臓のない少年(8)
8 王の器
「ぼくたちは‘あいんはいと’出るとかたち保てないです」
ラネルはベッドの上に座りながら言う。
「あせーれいの中でも、‘みずのみすてぃあ’はとくべつダメです。長いあいだはなれると、しょうめつしてしまうです。そういうびょうきです」
それはカナリアも聞いたことがあった。
亜精霊はアインハイトで暮らす。それは彼らにとってあの場所が特別な場所だからだ。平気な種族ももちろんいるが、人間とは異なる外見を持つ種族の中にはアインハイトを離れると本来の姿を保てない。リーティアは老婆の姿になりながらも平気そうでいたから気にも留めていなかったが、本来ならば生命そのものに関わる問題なのだ。
「あねうえは異端です。水さえあればへいきで外をあるけるです。でも、ぼくはだめでした」
「じゃあ、どうして外に出たりした?」
「さらわれたです」
「さらわれた?」
「そうです、ぼくは外にだされて、消えそうになりました。消えるすんぜんに、トーアに逃げたです。ここは、あいんはいとのくうきに近いから、すがたを少したもてるです。でもこのままじゃ戻れないから、‘あせーれーのびょうき’にくわしいせんせいを呼んでもらったです」
マリンは難しい顔をした。
「詳しいと言っても、治せるわけではない」
ラネルは気にしないと言う風に笑った。
子供の外見のくせに、全てを悟りきったような顔だ。それは二人の男の目には不自然に映る。
「知っているです。戻れるだけのあいだ、かたちが保てればいいです。ぼくは、あせーれーの王につたえる‘ぎむ’があるですよ」
「伝えるって何を?」
「ぼくをさらったあななすが、何をしようとしているかです」
「アナナスだって!?」
声を荒げてカナリアは口元を覆った。
その名前は聞いたことがある。シェラン城でハーレルの身体を支配していたイソトマが最期に口にした名前だ。
・・・・アナナスめ、計画が綻んだことも知らず今頃
彼は確かにそう言った。
花の名前を持つ者たち。アナナスは、おそらくその中心にいる人物。
「おにーさん、知ってるですか?」
彼はぐっと拳を握りしめた。
手が、震える。
「面識はない。名前を聞いたことがあるくらいだ。奴は・・・何をしようとしている」
「かおこわいですよ」
「カナリアの顔がおかしいのは元々だ」
「・・・マリン、言っている事が変わっているし、それは突っ込みではなく暴言だぞ」
「思った事を口にしたまでだ」
診察の準備を始めながらマリンは淡々と答える。
壁に寄りかかりながらカナリアは腕組みをした。
「余計悪いっつーの。つーか、俺、容姿は標準点クリアのはずなんだけど」
「随分低い標準点だ」
「・・・初恋の相手が俺のくせに偉そうに」
初恋の相手、という点を否定せず、マリンは彼を睨む。
どうやら事実らしい。
「このことにつきましては、番外編にてこーかい予定になっていますです!」
「・・・? 誰に言っているんだ?」
「‘どくしゃのかた’です!」
何か分からない力に言わされている感のあるセリフだ。
不思議と、力が抜ける。
「読者って・・・まぁいいか。それでアナナスは一体何をしようとしているんだ?」
「‘おうをふっかつさせる’と言っていましたです」
カナリアは頷く。
およそ見当はついていた。このところ頻繁に動いているのを見ればおそらく封印された王を復活させようとしているのだろうとトキたちも言っていた。鳥は、王の復活をさせないために監視を続けているのだ。
それこそ、神話の時代から。
「お前に王の器を描かせるつもりか?」
ラネルは首を横に振った。
「ちがいます。ぼくが描くのは‘かりそめ’でしかありません。あせーれいの手足を繋ぎあわせて、りゅーおーのけいやくしゃの血をそそぐです」
「それは禁呪だ。それに、現代魔法技術では不可能だ」
「あねうえのうでが切り落とされました」
「・・・・」
「あななすのそばに、たましいのない男の子、いたです」
「まさか・・・」
「まだ‘しんぞう’と‘なまえ’がありません。だけど、かたちは完成しているです。あれが‘おうのうつわ’です、まちがいないです」
カナリアは口元を押さえる。
王の器がほぼ完全体となると、もう一刻の猶予もない。急いで彼らを止めなければ王が復活し、取り返しの付かないことになってしまう。
「・・・お前ら、どこの王の話をしているんだ?」
『灰の王』
言葉が重なった。
三人は一斉に振り返った。
レースのカーテンの向こう側。戸口に近いところに男は立っている。腕組みをして、こちらを楽しそうに見やっていた。
迂闊だった。
話に夢中で彼が近くにいたことを全く気が付かなかった。いや、もっと早くに気付くべきだったのだ。
「ゼラニウム・・・お前やっぱり」
「おっと、勘違いするなよ。俺はムスカリだ。そのガキを連れて行くためには、トーアに入る必要がある。だが、ここの霧は俺たちを阻む。だからこいつに間借りしただけだ。残念ながらこいつの親族は無関係だよ」
くっ、と彼は笑う。
「まさか、亜精霊の長達以外に俺たちのことを知っている奴がいるとはね。お前、鳥か? それにしては気配が妙だが」
「・・・悪かったな、雑種だよ」
カナリアは腰元に手を這わせる。
この環境で戦えるだろうか。トーアの特殊な深い霧の中で戦うことが出来るだろうか。
もっとも、それは彼とて同じ事だ。
「マリン」
「何だ」
「万が一にも俺が戻らなかったら、ラネル連れてレバンに戻れ。ばーさんに頼めば下まで連れて行ってくれるだろう。戻ったらトキという男に今聞いたこと全て話してくれ。居場所はキッシュが知っている」
「分かった」
頷いたのを確認してゼルの身体を‘間借り’しているムスカリに向き直る。
「こいつ連れて行くつもりなら、俺を倒してからにしろよ」
「いいけど、混血種が俺に敵うとでも思ってる?」
「やってみなきゃわからねーよ」
「おにーさん、ダメです。殺されますよ」
分かっている。スイレンやイソトマのようにはいかないだろう。ムスカリと名乗った男は間違いなく強い。それこそ、シャレにならないほど。
身体が危険だと囁いている。
それでも、戦わない訳にはいかない。
そう自分で決めたのだから。
カナリアはナイフを指の間に挟んだ。
袖を掴んで行かせまいとする少年の手をマリンが剥がす。
「後で説明してもらうぞ」
「・・・・サンキュー」




