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カナリア  作者: みえさん。
Story1 黒い魔法使い
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Story1 黒い魔法使い(3)

    3 その名はキュスラ



「あらん? どうして私の顔を見て慌てるのかしら?」

 優しく開かれた扉の向こう側から花の蜜をかぶったような甘酸っぱい香りが漂ってくる。

 何故だか聞こえもしないキラキラとした効果音が聞こえてくる。

「何かやましいことでもあるのかしら、カナリィ」

 撫でるような、脅すような目つきで女はカナリアに笑いかける。彼は貼り付いた笑顔のまま降伏するように両手を上に上げた。

 背の高い女だった。真紅の巻き髪を垂らし、露出の高いドレスに身を包んでいる。どこかの貴族のパーティにでも参加してきたかのような姿だが、その手には大きな鎌が握られている。

 まるで死に神か、戦いの女神のようだった。

 顔立ちは整い、剣のように鋭く凛としている。髪の色、性別こそ違うがマリンと同じ顔をしていた。

 もっとも、受ける印象は正反対だが。

「やましいことなんか、あるわけ無いだろ、キッシュ?」

 カナリアは何かを誤魔化すようににこにこと笑う。

「それにしては随分と慌てているように見えるのだけど?」

「気のせいだ、気のせい!」

 彼は彼女に診療所の中を見せないように衝立のようになりながら、後ろ手でマリンに合図を送る。

 が、時は既に遅く、女の瞳はベッドの上にいる少女を完全に捕らえていた。

「あらん?」

 かつかつとハイヒールを鳴らしながら彼女は寝台へと近付く。

 その瞳は獲物を狙う獣の瞳。

「あらん?」

 音を鳴らしながらくねくね近付いた彼女は寝台の上の少女をなめ回すように見る。

「あ、あの?」

 しげしげと値踏みするように見つめられ居心地の悪そうなシーアがおずおずと女に声をかける。

 んふ、と女の口から奇妙な声が漏れる。

「んもー! 可愛いわっ! 可憐だわ☆ もー食べちゃいたいくらいか・・・ぬはっ!」

 美女の口からあるまじき奇声。

 彼女は腹部を押さえて二三歩後退する。

「何をやっているか、変態」

「それが久しぶりに会った姉に対して言う言葉かしら、ふーちゃん。しかもモップで姉を殴るなんて人間のすることじゃありませんわね」

「病人にいきなり飛びかかるお前にだけは言われたくない。分別つかないお年では無いでしょう、お姉様?」

 弟の冷笑。

 対する姉は頬をひくひくとさせながら笑う。

「まぁ、可愛らしいことおっしゃいますのね」

「姉に似ましたから」

 皮肉合戦は始終笑顔で交わされる。仲が良いのか悪いのか分からない姉弟の間を冷気が流れているのは言うまでもない。

 カナリアは呆然としている少女に近づき耳打ちをする。

「気にするなよ、あの姉弟は顔を合わせるといつもあの調子なんだ」

「・・・双子?」

「いや、でもそのくらいそっくりだろう? 中身は両方とも変態だし」

「そこ、聞こえてましてよ」

「この変態女と俺を一緒にするな」

 振り返るタイミングが全く一緒でシーアは覚えず笑いを漏らす。

 冷たい氷のような印象を与えるマリンと、逆に熱い炎のような印象の姉。どちらも相反するようでよく似ているようだ。

 赤髪の女はわずかに咳払いをして少女を見る。

 先刻のようにいきなり飛びかかったりはしなかった。

「紹介が遅れましたわね、私はキュスラ・リン。あなたと私の仲ですもの、親しみを込めてキッシュと呼んで下さって構いませんわ」

「どんな仲だよ」

「あなたは黙っていらして。・・・それで、可愛らしいお嬢さんは何というお名前かしら」

 突っ込みを入れる(邪魔な)カナリアを睨み付けてキッシュは舐めるような目つきで少女を見つめた。

「えっと、シーア・ガン」

「あらん?」

 キッシュは珍しいものでも見るように目を瞬かせた。

 カナリアの同業者である彼女もこういう話には詳しい。シーア・ガンという名前を知らなくとも「ガン」という名前でピンと来るものがあるだろう。

 驚いた様子でいたキッシュは、やがてその赤い唇を歪め舌を這わせた。

「んふ、いいわ、ステキね。有名人じゃないの。こんなところで会えるとは思っていなかったから嬉しいわ、シアちゃん」

 女の手が少女の頬を撫でる。

 細く長い指は吸い付くように少女を撫でまくる。

 女は恍惚の笑みを浮かべる。

「ああ、柔らかい肌、そのくせ張りがあって弾力もあって・・・・・あは〜ん、若い女の子ってやっぱりいいわぁ」

「こらこら、キッシュ、病人だって言っただろ?」

「ああーん、触るくらい良いじゃないの、減るものでもありませんし」

「だーめ、減るの。お前が触ると生気を吸い取りそうなきがするし、放っておくと何するか分からないからな」

 カナリアに無理矢理引き離され、嫌そうな顔をしていたが、それも仕方がないと彼女はしぶしぶそれに従った。





 これ以上キッシュをここに置いておくと休むに休めないと判断したカナリアはキッシュを診療所から連れ出した。

 本当にしぶしぶといった感じで出てきたキッシュはぶつぶつと文句を垂れる。

「どうして私が自宅にいてはいけませんの」

「あれは弟の職場兼自宅だろうが。たまにしか戻らないお前が文句言える立場じゃないと思うけどな」

「弟のものは私のもの、私のものも私のもの。それが世の中の道理ですわ」

「ジャイ○ンかよ」

 カナリアは声を立てて笑う。

 文句を言いながらも姉が戻れば受け入れ、彼女が寝起きするための部屋まで用意している弟は姉を疎ましくは思っていないようだ。姉の方はというと、弟が可愛くて仕方がないらしい。本人達は互いに変態と罵りあい顔を合わせるたびにケンカをしているのだが、カナリアの目からは仲の良い姉弟にしか見えない。

 それはカナリアにとって少しうらやましいことだ。

「まぁ、今日のところは俺に免じて我慢してくれよな」

「仕方が無いですわね・・・・・カナちゃん」

「ん?」

「あの子のことなんですけど」

 不意に真顔になった彼女に、カナリアも表情を引き締めて頷く。

「気付いているよ」

「なら何故?」

 男は都合が悪そうに首筋を掻く。

「色々あるんだよ、俺もあの子も。ま、悪いようにはしねぇって」

「任せて大丈夫なんですね?」

 カナリアは真剣な眼差しを受け止めて頷く。

「ああ、それは信頼してくれて良い。それより、キッシュ、お前いつまでここにいられるんだ?」

「次の依頼が来るまで」

「なら、暫く待機してくれないか。頼み事が出来るかもしれない」

 キッシュは男の青い目を見つめる。

 青い瞳は真っ直ぐ見つめ返した。

「あの子関連ですの?」

「そうだよ」

 暫く彼女は黙っていた。

 やがて頷き返事を返す。

「わかりました。待ちましょう」

 

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