Story4 心臓のない少年(7)
7 イチイの実
「こんな街、壊しちゃえばいいのに」
彼は街並みをぐるりと眺めながら物騒な言葉を呟いた。
茶色い髪に青い瞳の十二、三の少年。人を見下したような瞳には、残虐で自分勝手な性格が如実に表れていた。
少年の後ろには大人しそうな金髪の女と、傭兵風の男が控えていた。奇妙な取り合わせにも見えるが、レバンではさして珍しい一団ではない。
「・・・破壊はなりません。それがアナナス様のご命令ですよ」
「分かっているよ。いちいち僕に指図するな。花の名前も持たない雑草のくせに」
「申し訳ございません」
素直に謝る傭兵風の男を気に入らないといった風に見ていた少年はやがて追い払うように手を振った。
「もういい、はやくあの木偶人形探しておいで」
「承知しました」
そう言って男は街中の方へ走っていく。
女はくすりと笑って長い髪を耳にかける仕草をする。サラサラとした金髪は腰の辺りまである。二十代前半くらいの大人しそうな印象の女だった。瞳は青く、微睡んだように半分しか開かれていない。
「あなたは本当にあの子の事が嫌いなのね」
「当然だよ、つぎはぎ人形のくせにアナナスに気に入られちゃってさ。しかもしょっちゅうどっかに消える。捜しに来る僕らの身にもなれっての」
女は微笑んだまま首を傾げる。
「だけど、あの子は私たちの王よ」
「いずれ王の器になる、ってだけだよ。王が目覚めたとしても、僕に命令して良いのはアナナスだけだよ」
「本当にアナナス様のことが好きなのね」
楽しそうに笑った。
そして不意に視線を街中の方に巡らせる。
「・・・・あら、何か来るわ」
「ムスカリの言っていた厄介な連中ってそいつらのことかな。どうせあれの妙な気配を感じて動き始めたんだろう? いっそあいつらが処分してくれないかな」
「そうしたらアナナス様がお悲しみになるわ」
「うん、だから仕方ない。計画の弊害になりそうな奴らは全部僕らが排除するんだ。リコリスも手伝ってくれるだろう?」
女は笑って頷く。
「スイレンの役に立てるなら何でもするわ」
※ ※ ※ ※
「うう・・・暇だよー」
エリーは呟いて横に揺れる。
客が来ない上にキッシュやアンナまでいなくなってしまったらとたんに暇になった。待つことも仕事の一環だが飛び回っている方が性に合っているため長時間閉じこもっているのは苦痛だった。
「・・・あ! そうだ」
彼女は思い立ったように手をあわせる。
手近にあった紙に何やら書き込み、診療所の目立つところに貼りつける。
「これでよし!」
その紙はカルテであり、その上、シェラン語で「用があったら裏に回ってね☆ リン診療所」と書くつもりが間違って「命が惜しければ引き返せ 闇医者」と書いてしまっている。
彼女は気付く余地もなく喜々として診療所の裏手に走っていく。
どうせ暇なのだから魔法の練習でもしようという安易な考えだ。万が一診療所を破壊しても、破壊しそうな位置にある病室の中に患者はいないから害はない。
「うん、うん、おーるおっけーだね☆」
自分のコントロールの悪さが想定外であることを全く意識せず彼女は慎重に魔法を組み上げていく。
「ええっと・・・・土の低級魔法は・・・・‘土瓶茶瓶はげちゃびん! 教師び○びん物語!’」
作者の年齢詐称疑惑が再燃しそうな呪文を唱え、彼女は大地の魔法を組み上げる。
予定では地面から槍のような鋭い岩の塊が彼女の見つめている方向に向かって吹き出して来るはずだ。
しかし、予定は未定。
鋭い槍のようなものが飛び出したのは確かだが、それは斜め上に向けて弾弓を使ったかのように飛んでいく。
「きゃー!!! 何で!? 失敗!?」
彼女の放った小さな石の槍は頂点まで達すると急に角度を変えて落ちてくる。
その先に人の気配。
「わっ! 逃げて!」
「?」
人影が顔を上げた。
石槍は目前まで迫っている。
「!!」
エリーは覚えず顔を背けた。
悲鳴は・・・・聞こえて来なかった。
代わりに何かがはじけ飛んだような音が響く。
「・・・?」
おそるおそる顔を上げると粉々に砕け散った石槍が彼を避けるようにバラバラと落ちていくところだった。彼は無表情のまま、エリーの方を見つめていた。
彼の瞳は血のように赤かった。髪は灰を落としたような鈍い銀色。バラバラに切られた髪の両サイドだけが胸にかかるほど長い。歳はエリーと同じくらいかもう少し下だろうか。体型を覆い隠すように真っ白いローブを身に纏っている。
「・・・・今の、君?」
「え? あ・・・うん、ノーコンでごめんなさい」
「当たらなかったから大丈夫」
少年は静かな口調で言った。
奇妙な感じがした。
「封印されているみたいだね」
「・・・?」
「魔法。誰かの力で使えないようになっている。だけど君の魔力の方が強いから不自然な方向に飛んでいくようにしか作用しないみたい」
「魔法使いなの? ええっと・・・」
「?」
彼は不思議そうに少し首を傾ける。エリーは言葉にして問い直した。
「名前、何て言うの?」
「知らない。我が王って呼ばれているけど」
「ワガオウくん?」
少年は笑うこともせずに答える。
「好きに呼べばいいよ」
「好きに? あっ、私、エリアードっていうの。エリーって呼んで」
「エリー?」
「うん」
「エリーって、どんな花?」
「え? 花の名前じゃないよ」
少し、少年は驚いたようにした。
「君、それだけの魔力を持っているのに、一族の者ではないんだね。・・・・エリー? 僕の瞳の色が珍しい?」
「え?」
少年に問われ、彼女は自分が瞳に見とれていたことに気付く。
瞳孔の方は黒く、光彩は少し鈍い赤。あまり見たことのない色だった。どことなくあの時のカナリアの瞳に似ている。それなのに、冷酷さも残忍さも感じない。
不思議な感覚だった。
「ご、ゴメン!」
「いいけど、口から汁出てるよ」
「え? ああ!! ハズカシイ! イチイみたいだな、って思ったらよだれが!」
「イチイ?」
「うん、赤い木の実。宮殿・・・じゃなくて、家の庭にあって、小さい頃に良く食べていたんだ☆」
「好きなの?」
「うん。あ・・・イチイ」
「え?」
「ワガオウくんって言いにくいから、イチイくんって呼んでも良い?」
「・・・・僕の名前?」
「嫌?」
彼は首を振る。
そして初めて微笑んだ。
「ううん、嬉しい」
「えへへ、良かった。・・・・あれ・・・目の色が」
彼のイチイの実のような瞳の色はだんだんと色を失っていく。だんだんと色あせ、瞳孔の黒い色もだんだんと緩くなっていく。やがて彼の瞳の色は髪の毛と同じ鈍い銀色で止まった。
まるで灰色の瞳。
「・・・・信じらんねぇ」
がさり、と音がする。
草むらをかき分けて傭兵風の男が顔を覗かせる。血の匂いを漂わせている危険な感じの男。エリーは覚えず後退った。イチイは振り返り、男を見た。その表情には先刻のように微笑む様子はなかった。
男は呆れたとも驚いたともとれる表情でエリーを見つめ呟いた。
「人間の子供が、名付けちまった」
声音には絶望に似た感情が含まれていた。




