Story4 心臓のない少年(6)
6 才を持つ少年
「ここが、トーア」
頂上にたどり着くと同時に深かった霧も晴れた。
現れたトーアの街並みは整然としており、村や町というよりも古代都市という印象の方が強い。霧は雲海のように包み込み、まるで空中に浮いている飛行都市にいるような錯覚さえ覚えた。
都市はピラミッド状に盛り上がり、一番高い場所には宮殿か神殿の様な場所がある。ゼルのような遺跡マニアでなくとも、この街並みを見れば少なからず感動を覚えるだろう。遠くを見やると都市と雲海を隔てた向こう側に緑が青々と茂る放牧場の様な場所が見える。少なくとも放牧は出来る程に作物は育つようだ。
霧が外部との接触を拒んでいるために、もっと閑寂な場所だろうと思っていた。意外と人の姿も多く驚く。彼らは入ってきた三人を珍しそうに見ることはあったが、警戒している様子は見られなかった。
(妙だな、もう少し奇異の目で見られることを覚悟していたんだが)
様子を窺うと上の方から人が降りてくる気配を感じた。
ロ○ア人に連行される宇宙人・・・もとい、背の高い青年二人に挟まれて背の低い老人が段差をゆっくり降りてくる。
老人はマリンの前で立ち止まると静かに礼の形を取った。
「遠路遙々痛み入ります、リン医師でございますな?」
口調は尋ねているようだったが、老人は確信をしている様子だった。
「ああ」
「お待ちしておりました。私はトーアのシドと申しますじゃ」
ゼルがすかさず耳打ちをする。
「・・・シド家はトーアの王族みたいなものだよ」
「そんな立派なものでもありませんぞ、フローラル殿」
「へぇ、耳の良いばーさんだ」
カナリアは感心して漏らす。
「・・・ばーさん?」
不審そうにゼルとマリンが見る。シドと名乗った老人はヒゲを生やしている。どう見ても爺さんにしか見えない。
「ん? あれ? 女の人じゃねぇの?」
「ヒゲあるじゃん」
「付け髭じゃ!」
ぶちぃっ! と音を立ててシド老人のヒゲがもぎ取られる。
「何故!?」
「何で!?」
驚愕の声を漏らすマリンとゼル。さすがにいきなりヒゲをむしるとはカナリアも驚いた。
少し勢いよく取りすぎたせいで痛かったのか、老婆は顎をさすりながら答える。
「朝晩冷え込んで顎が寒くての」
「そんな理由!? っていうか、何であんた分かったんだよ!」
「え? いや、だってどう見たって女の人・・・・」
「ほっほっ、お若いの、良い目をお持ちじゃの」
「さすが無類の女好きと言うところか」
「節操なしみたいに言うなよ」
カナリアはおかしそうに笑いをこらえるマリンを睨んだ。
直接会った方が早いと言われ、すぐに患者のところに行くことになった。
トーアに入ったとたん、良くないことに遭遇するという懸念を抱いていたカナリアは、当面何かある様子がないことを悟り、少しだけほっとする。
ヴィクレア領主の名前で依頼が来た以上、患者が何か特別な意味を持つ人物の可能性が高い。治療が終わればマリンが消される可能性もある。
領主はつい先だってヴァルコからその息子ファルノに変わっている。先代は姉を孕ませて奥地で処置した。そしてそれに関わった医者も処分したという経歴を持っている。それだけに息子も同じような事をしないとも限らない。
もう一つ考えられるのが、領主の名をかたった可能性だ。
マリンに恨みがあった、若しくは彼を利用しようとした。その名を出せば無下に出来ない領主の名を出してここまで来させたのだ。少なくとも彼に恨みがあって殺そうとしたという可能性だけは薄くなったのだが。
「患者はこの中じゃよ。あまり大勢で近付くと汚れが移る故、少人数での」
「ん、じゃあ俺は治療が終わるまでその辺をぶらぶらしてくる」
ゼルは喜々として言う。
遺跡を見たくてうずうずしているらしい。
「分かった。・・・カナリア、お前は来てくれ」
「了解」
「わしらはここで待っておりますゆえ」
老婆達と別れ、カナリアとマリンは建物の奥の方へ向かう。
街の中央に近い方の広い建物の中だった。古くはあったが、造りは案外と頑丈に出来ている。石壁には細工のようなものが施され、この建物が建てられた当時は貴族階級の者が使っていたと想像できる。どうやらこの街は中央ほど身分が高い人物が暮らしていたようだ。
「ここのようだな」
マリンは言って扉に手をかける。
ゆっくりと扉が開く。
カーテンのような薄布が何枚も吊され、奥に小柄な人影が見えた。
「だれですか」
たどたどしい口調の子供の声。
一瞬、二人は顔を見合わせた。
「二人いますね、せんせいと、じょしゅの人ですか?」
子供はカーテンをかき分けるようにして近づいてくる。
薄青い髪の少年だった。腰まで届くほど長く真っ直ぐな髪。若草色の瞳。歳はまだ六歳に満たないくらいだろうか。微かに水の匂いがした。
少年はカナリアを見て指をさす。
「おにいさん、かなりあですね? ぼく、しっています」
「?」
少年は自分の服から何かよれよれになった紙を取り出す。そこには黒と青でぐちゃぐちゃ書かれた人らしきものが書かれていた。
彼はそれとカナリアを見比べで叫ぶ。
「そっくりです!」
「それ俺か!?」
「あねうえが、かいてくれたです。ぼくが‘ぐげん’した‘どらごん’をたおすの手伝った人です」
すぐに何の事なのかわかった。
伝説の英雄リーティア・ミスティアの弟。描いたものを具現させる能力を持つ少年。
「・・・・亜精霊種」
彼はにこにこ笑いながら答える。
「はい、ぼく、あせーれいです。らねる・みすてぃあ、です」
マリンは目を丸くする。
「ラネル殿はミスティア家の当主のはずだが」
「はい、そうです。これでもおにーさんたちより年上ですよ」
にこにこしなが答える少年はやはり少年にしか見えない。亜精霊種が見かけ通りの年齢ではないことはよく知られているが、ここまでだとさすがに違和感を覚える。
「俺を呼んだのは亜精霊特有の疾患のせいか」
「そうです、せんせい、さすがあたまいいです、すごいです!」
ぱちぱちと手を叩いて喜ぶ姿は、純粋な子供だ。
じっと見つめていたマリンは難しい顔でカナリアを呼ぶ。
近付いてきたカナリアの襟首を掴み引き寄せた彼はラネルに聞こえないように小声でささやく。
「まずいぞ」
神妙そうに言われ、カナリアは些か不安になる。彼が泣き言を漏らすなど滅多にないことだ。
「・・・その疾患のせいか? それとも亜精霊ということが?」
「・・・・と」
「と?」
「年上にときめいてしまった」
「死んでしまえ、変態」




