Story4 心臓のない少年(5)
5 闖入者
「むー」
「あら、仏頂面ですわね、せっかくの可愛い顔が台無しですわよ」
キッシュに言われ、エリーはますます頬を膨らませた。
診療所に患者の姿はない。いるのは、エリーとキッシュ、そしてアンナの女性組。唯一の男は、アンナの膝の上を陣取っているジェラートくらいだ。
「だって暇なんだもん」
「病院が暇ってのは良いことですわ」
うふふ、と優雅そうに笑う女をきっと睨む。
「あ・の・ね、キッシュさん! ‘このくらい唾付けておけば治る’って患者端から追い返しているのはいい事じゃないよ!」
「だって本当にあの程度なら治るんですもの。大体、いつもは医者を嫌がる連中が、エリーちゃん目当てで来ているの見え見えですわ。・・・制裁されないだけマシと思って頂戴ませ?」
「言葉変だよ」
「あはん☆」
突っ込みを入れられたのに嬉しそうに笑うキッシュさん(年齢不詳)。机の上に腰を下ろして見事な大腿部を披露。
アンナは寝台に寝転がりながらジェラートと遊んでいる。
そもそも客が減ったのは何やら妙な薬品を飲ませようと待機しているアンナのせいでもあるのだ。二人とも仕事があるのだろう。こんなところで油を売っていていいのだろうか。
口を尖らせたままエリーは息を吐いた。
「せっかくなんか役立てると思ったのに・・・・」
「溜息をつくと幸せ逃げるわよ、スリッパちゃん」
「スリッパ!?」
「何ですの、その真新しい呼び名は?」
「機密作戦中よ」
アンナは身体を起こして座り直す。
「・・・あらん? エリーちゃん、スリッパが左右の色違いますわよ」
「あ! ホントだ! しかも両方右! なるほど〜 それでスリッパちゃんなんだね! アンナちゃんおもしろーい!」
面白いのはあんただよ。
カナリアがいればすかさず突っ込みが来ただろう。不毛でしまりのない会話に少し違和感を覚える。
彼女は少し表情を暗くした。
「どうしたの、卓球ちゃん」
「ん・・・あのさ、二人から見て、カナリアってどんな人?」
「どんなって・・・安心なさいませ、私は女の子にしか興味ありませんわよ」
それはそれで問題な気もする。
「そう言う事じゃなくて、ええっと・・・」
「人と形のことを仰っているんですわね?」
「うん」
アンナがジェラートの腕を掴んで「高い高い」をしながら答える。
胴がだれーんと長く伸びた猫はされるままになっている。
「それなら答えは簡単。実験台よ」
「実験台!?」
「丈夫で長持ち。耐性がありすぎるせいでサンプルには不向き。危機に関して敏感だから、ヤバイものとそうでないものを区別してくれるから便利、と言うところね」
「ええ?? カナリアの扱いってそんなんなの!?」
「んふ、確かに彼って随分と頑丈に出来ていますわよね」
「そう、だから実験台としてはまぁまぁいい方ってところ」
何だか酷い。
酷い発言の次はキッシュが少し神妙な面持ちで続ける。
「・・・私から言わせて頂きますと、敵に回したくない相手ですわね」
敵に回したくない、彼女は口の中で反芻する。
赤い瞳の彼を思い出した。
「信念があって動いているようですわね。それに障りなければ関係は良好でしょう。彼は随分とお人好しですもの」
「・・・でも、便利屋って・・・掃除屋って人殺しもするんだよね?」
銀の麦の中でマスターがやりとりしている仕事を見ると「人殺し」に分類される仕事も少なくない。厄介なものになると、ほとんどが「掃除屋」と呼ばれるカナリアやキッシュたちの方に回される。
今目の前で穏やかそうに笑っているキッシュだって、人を殺して来ているのだ。
「依頼次第ではそうですわね」
「そう・・・だよね」
殺人はほとんどの国で犯罪なのだと明記されている。しかし、便利屋が依頼で人を殺す事はほとんど黙認されるのだと聞いた。あまり派手に人を殺したり、依頼を良いことに殺し回っているとなればさすがに国も動くが、国自体が秘密裏に依頼してくることもあるためほとんどの場合許されるのだと言う。
それは彼女がこの国に来てから知った世界のほとんどの場所で通じる仕組み。
どんな事情でも人殺しは重犯罪だったオーナディア出身の彼女にとっては異常なこと。オーナディアでは襲いかかった盗賊を追い払うために誤って殺してしまっても罪になるのだ。
そんな環境の、しかも最も安全な場所で育ったエリーがカナリアの行為を気にしない訳がなかった。
それに、彼のあの表情を見てしまったから余計に気になるのだ。
人を殺すためにシェランに入った自分が責められる立場にないことは知っている。だけど、彼の顔はまるで拷問を楽しんでいるようだった。
あの顔で、人を殺しているのだろうか。
「何かあったの?」
「・・・」
見間違いかもしれない。・・・そうあって欲しいと思う。
口に出せばそれが現実になるような気がして、言えなかった。
ふわり、とキッシュが微笑む。
優しくエリーの髪を撫でる。
「ふふ・・・何があったのか知りませんけど、彼はいつも最善の方法を選びますわよ」
うん、とアンナも頷く。
「ドリルさんも死にかけて小鳥ちゃんに助けられたのよ」
「・・・・どうしてあなたが知っていますの?」
「企業秘密よ」
「え? どんな企業!? 株式会社!?」
「カブを売るなら黒猫産業カンパニー株式会社よ。代表取締役はジェラさん」
「すっごーい! 格好良い!」
会社名が? それとも代表取締役が!?
「・・・どうでもいいけど、長い名前ですわね」
「略すとクロカンブッシュ」
「・・・・」
略されていない上に何だか美味しそうな名前だ。
「ね、ね、何している会社なの!?」
「アフロの製造とアフロの販売。冷凍アフロに瞬間接着アフロ」
「え?? アフロばっか!」
「アフロ一筋黒猫コーポレーション有限会社二号店よ」
「・・・・会社名変わっていますわよ」
「細かいことを気にするといいドリラーになれないわよ」
「なりません! しかも細かくありませんわ」
「突っ込みを入れると膨らむわよ」
「何が!?」
「ジェラさんが」
アンナはキッシュの目の前にジェラートを差し出す。
瞬間。
もわっ!
ジェラートがハリネズミのように毛を逆立てた。
「・・・・あら、冗談のつもりだったけど本当に膨らんだわ」
「あらん☆ ふわふわもこもこで可愛らしいですわね」
「猫ちゃんすごー! さすが代表取締役!」
「関係ありませんわよ」
「どうかしら? ・・・だけど遊んでいる場合でもないみたい」
アンナはもこもこになったジェラートを頭の上に載せる。
無表情の為、急変したのかも分からないけれど、雰囲気的に何となく急変したようなアンナの表情を見てキッシュは表情を硬くした。
「何かありましたのね?」
「え? どうかしたの?」
「闖入者よ。少し様子を見てくるわ」
「私も行きますわ」
キッシュが立てかけてあった鎌を手に取る。
「ドリドリさんは、・・・・そうね、一緒に来てくれると大活躍の兆し」
彼女が一人で大丈夫と言わないと言うことは、闖入者は厄介な相手と言うことになる。
ごくりと唾を飲んでキッシュは強く頷いた。




