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カナリア  作者: みえさん。
Story4 心臓のない少年
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Story4 心臓のない少年(4)

    4 言うんじゃなかった




「ここからトーアまでは‘惑わしの霧’が発生している。まだランがネセセアっていう国だった頃、何代目かの王后が子孫を隠すために禁呪をかけたためにそうなったそうだ。迷ったら二度と出られないから気を付けてくれよ」

 そう言った案内人、ゼルは緊張感のない顔で笑った。

「お前が迷ったら気を付けようもないな」

「あはは、ちがいない」

 マリンの嫌味にゼルは屈託なく笑う。

「まぁ、俺はこういった道には慣れているんだ。だから安心してくれ」

 トーアの麓までは馬車で来ることが出来た。国境越えをする際、いまだ起こっている「切り落とし」の事件を警戒しているのか普段より検閲が酷かったが、魔術を使わない医師としてそれなりに名のあるファーマ・リン医師の名を出すとあっさりと入国許可が下りた。

 有事ともなればこんな簡単にもいかないだろうが、さすがに医者という名前は強い。

 麓までの道のりにはさして危険はなかった。盗賊に襲われたとしてもゼルで対処できる範囲だっただろう。そしてトーアまでの霧の道はゼルが案内人に立つ。ここまでカナリアがついている必要は無かった。

 そもそも「黒い魔法使い」を指名で雇うのは安くない。何か思惑がありそうだった。

「お前はこの道何度も上ったことあるのか?」

 マリンが尋ねるとゼルは頷く。

「ああ、トーアには遺跡があるからな。俺遺跡大好きなんだよー、そのために二十回? そのくらい往復してるな」

「よく迷わないな」

「当たり前だろ! 遺跡の匂いがぷんぷんしている場所で迷うわけがないじゃないか!」

「・・・・マニアか」

 マリンの言葉に彼は声を荒げる。

「失敬な! 俺は研究家だ! あんな愛でて喜んでいるだけの連中とは一緒にしないでくれ! ・・・あ、すまん、遺跡のことになるとつい感情的に」

 ああ、なるほど、彼もまた変態か。

 カナリアは納得したように頷く。

「それにしても本当に霧が濃いな」

「そうだな。いつにも増して深い感じがするな。面倒な事になるかもしれないから、お互いの身体を縛るけど構わないか?」

「ああ、緊縛か」

「きん・・・ま、間違ってねーけど、ドクターが言うと嫌らしく聞こえるぜ」

 そう言いながら彼はロープを出す。

 霧や雪が深い場所では近くを歩いていてもお互いを見失いやすい。互いを縛り合うのは基本的な事だ。

 きつく縛る、という意味では緊縛という表現は正しいのだが、マリンが言うと何か別の意味合いを持つように聞こえる。鬼畜顔のせいか。

 ゼルがマリンの腰にロープを縛り付け、同じロープをカナリアの腰にも結ぼうとする。

「俺は止めてくれ」

「うん?」

「真ん中を歩くから大丈夫だ。危険が無いとは言え、いざというときに自由に戦えなければ護衛の意味がない」

「この上には獣とか出ないぜ?」

「万が一の為の護衛だ。はぐれたら置いていって構わねーよ」

「そこまで言うなら無理強いはしないけどな」

 ゼルは少し余裕をとって、ロープの反対側を自分の身体に結びつける。

 手慣れた手つきから、旅慣れた感じが知れた。

「じゃ、行くか。足下気を付けてくれよな」

 彼の先導で一行は歩き始める。

 霧のトーアの道は少し列を離れればすぐに見失ってしまうほど深い。山道と言うよりは崖に近いほどの道で、陽が当たらない為か、草木が生えている気配すらなかった。

 靴底で感じるざらりとした感触は乾いた砂。

 霧、と言っても水分を含んだ霧とは違うようだった。

(魔力が満ちているけど・・・・誰かが魔法を使っている気配はしないな)

 神か精霊か。人間ではない思念の力が働いていると考えた方が良さそうだ。ラン王国に残る信仰や伝承を考えるとネセセア神の意思と考えるのが妥当だ。トーアには神が守りたいと思うほどのものがあるか、あるいは神そのものが眠っているのかもしれない。

「なぁ、マリンちゃんよ」

「何だ」

「お前、ホントのところ、トーアに何の用があるんだ?」

「・・・・」

「‘カナリアと旅行がしたかったの♪ だから高い金払って誘っちゃった☆’って訳じゃないんだろ?」

「・・・兄さん、どっから声出しているんだ?」

 彼の‘きゃるるん☆’とした声にゼルが突っ込む。

 マリンは真顔で答えた。

「実はその通りだ」

「うわぁ・・・」

 覚えず、退。

 カナリアではなく、ゼルの方が。

 変わらない声音でマリンは言う。

「冗談だ」

「・・・・冗談に聞こえねぇ。怖ぇーよ、ドクター」

「褒め言葉だな」

 ふん、と彼は鼻で笑う。

 これで結構マリンはゼルのことを気に入っているのだろう。でなければいちいちいじったりしない。もっとも、年齢は対象外ではあるが。

「冗談はともかくどうなんだよ、マリン?」

「兄さんは動じないな」

「ん、まぁ、それなりにつき合い長いからな」

 しかし、それでも計りきれないところはあるのだが。

 そもそも彼が診療所で本当の理由を言いたがらなかったのは説明が長くなるからではなく、エリーがいたからだ。カナリアが「患者がいる」と言って、安堵の色(全く表情を動かさないようにも見える微妙な変化)を見せたのは彼女に知られたくないことが会ったのだろう。

 少年好きのくせに、彼女を診療所で働かせたり、そうかと思えば秘密事を作ったり、今ひとつ考えていることがつかめなかった。

「トーアには患者がいる。それは事実だ」

「だがそれじゃあ・・・」

 自分を雇う意味がない。

 言葉を遮るようにマリンが言う。

「依頼人はヴィクレア領主だ」

「あ、なるほど」

 それで全ての納得がいく。

 エリーに聞かせたくなかったのも、カナリアに依頼したことも。






 霧に包まれた道は薄暗く、太陽の位置も分からないために時間もまた分からなかった。判断する要素があるとすれば自分の身体の疲労だろうが、山道ということもあって判断が難しかった。

「ゼル、休憩しよう」

 カナリアが声をかけると霧の向こうから声が戻ってくる。

 真ん中にロープがなければ先を行くゼルの姿も、マリンの姿も見えない。それだけ霧深い場所だった。

「何だ、もうばてたのかよ? まだまだ先が長いぜ」

「先が長いから休憩をするんだ。俺らはいいが」

 ちらりと後方を見やると、ぶっきらぼうな言葉が戻ってくる。

「俺なら大丈夫だ」

「慣れた奴の言うことは聞いておくべきだ、マリン」

「・・・」

「ともかく休憩だ。ゼル、休めそうなところがあったら声をかけてくれ」

 そこから少し進んだ場所で焚き火を熾した。

 火を熾すと、その周りだけが反応するように霧の気配を消した。呼応するように奥の霧はますます深さを増す。迷えば二度と出られないというのは分かる気がした。

 マリンはむっとした様子でカナリアを睨んだ。

「こんなすぐに休んだら何日かかるか分かったものじゃないな」

「だからといって無理したらもっと時間がかかるだろう? 足を見せて見ろ」

「何? ドクター怪我でもしてんのか?」

 彼は首を振る。

 表情からは本当か否か判断しかねる。

「していない。しているとしても自分で治療は出来る」

「こんな山道歩くための補強は俺の方が専門だよ。もう随分痛んできてるんだろう?」

「・・・・・、・・・すまない」

 そう言って彼は大人しくカナリアの言う通りにした。

 歩き慣れていないマリンの足は布を巻き付けてあるものの、もう既にまめがいくつかつぶれかけていた。

 彼が出かけるとしたら馬車が普通だろう。歩くことがあるとしても、こんな山道を何時間も歩くことはない。いきなりこんなキツイことをさせたのだから、無理もないだろう。

 塗り薬と布で補強と固定をしながらカナリアは言う。

「・・・・疲れそうな足だな」

「誰がマヌケの小足だ。この、ろくでなし」

「言ってねーよ」

「ん? なんだそれ、暗号か?」

「医学用語だ。バカの大足、マヌケの小足、中途半端はろくでなしだ」

「んじゃ、俺バカかよ!?」

「・・・医学用語なのか?」

「嘘だ」

「・・・」

「・・・・」

 真顔で冗談。

 黒猫を連れた誰かを彷彿とさせる。

「それにしても、兄さん良く気付いたな。歩調が弱まった訳でもないし、ドクター弱音吐かないから気付かなかったぜ?」

 くくっとカナリアは笑う。

「こいつはやたらとプライドが高いからなぁ」

「うるさい」

「図星だから怒るんだよな」

 揶揄するように笑うと医者に睨まれる。

 カナリアは肩をすくめた。

 ゼルがしみじみと漏らす。

「二人とも愛し合っているんだなぁ」

『気色悪いことを言うな!』

 ステレオ現象。

 二方向から言われゼルは喜々として手を叩いた。

「タイミングぴったり! あんたら本当に仲が・・・うをぉ!!」

「それ以上言うと今度は当てるぞ?」

「かまわん、葬ってしまえ」

「ぶ、物騒な話は止めてくれ!」

 突然飛んできたナイフとメスを何とか交わし、彼は心臓を押さえる。ばくばく鳴る心臓は口から飛び出して来そうだ。

 口は災いの元。

 言うんじゃなかった。

 気も合うようだし、ますます仲が良いなんて三つ目の地雷を踏む気にはなれない。それこそ、今度こそ命がなくなる。

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