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カナリア  作者: みえさん。
Story4 心臓のない少年
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Story4 心臓のない少年(3)

    3 焦り




「・・・・」

 リン診療所を出て、彼は道ばたで立ち止まった。

 手が震えている。

 殺そうと思えば簡単に殺せた。

 純血の鳥のように花の匂いを嗅ぎ分けることが出来ればわざわざあんなことをしなくても良かったのだ。フローラル一家が‘花の名前を持つ者’と関係のあるかを確かめるためだけに、あの瞬間ゼルを殺してもいいと思ったのだ。

 実際、彼らが花の一族ではないと鳥の族長トキから聞いていたけれど、これだけ頻繁に一家と関わることがあると嫌でも疑念が湧いてしまう。

 ここ数年、花の動きが活発になっている。そうでなくても花の名前に敏感なカナリアが、彼らと関わることになって不安感を抱いているというのに。

(・・・俺は・・・何を焦っているんだ?)

 カナリアは手のひらを見つめた。

 青年の首の感触がまだ残っている。

 無関係な人間を、苦しめてしまった。

「・・・マスターに頼んで料金上乗せしてもらっとくか」

 あんな拷問のようなことをしてそんな簡単なことで罪滅ぼしが出来るとは思えない。

 ただ、自分がされたことを忘れている彼に詫びて許しを請うこともできないのだ。

 せめてそのくらいのことをいないと、自分の気が治まらなかった。

「ばっかだな、俺」

 自分が罪悪感を覚えることが分かり切っていてこんな事をするなんて、バカ意外の何者でもない。





   ※  ※  ※  ※




「あらん、どうしましたの、暗い顔をしてますわよ?」

 ぼんやり歩いている少女の顔を、キッシュは舐めるように優しく撫でた。

「キッシュさん? ・・・・あ、お帰りなさい」

 旅先から帰ってきた直後に、可愛い女の子が出迎えてくれるのは嬉しいけれど、暗い顔をしているのはいただけない。

 一瞬だけ微笑んだけれど、その表情は強ばってすぐに落ちてしまった。

「あらあら、本当にどうしましたの? いつものエリーちゃんらしくない」

 エリーは一瞬何かを言いかけるが、すぐに目を伏せた。

 姉の敵討ちの為にヴィクレア城を目指していた時の彼女よりずっと暗い顔をしていた。

 街に何か変化があったのなら、弟かマスターが連絡をしようと鳥を飛ばすだろう。彼女の様子は今し方何かあったと言うような顔だった。

 きっと表情を強めてキッシュは問う。

「まさか、カナちゃんに何かされたんじゃないでしょうね?」

「あ、ううん、違うの! そう・・・じゃなくて」

 そうじゃなくて、と彼女はもう一度呟く。

(彼に何かされた訳ではないけれど、何か彼関連なのですわね)

 キッシュは鎌を持つ手に力を込める。

 エリーが色々助けてくれたカナリアに対して好意を持っているのは知っている。若い彼女なのだからおそらく恋心を抱いているのだろう。

 恋する乙女は綺麗。

 女の子が美しくなるのなら、と敢えて何も口出しをしていなかったキッシュだったが、元気で可愛い彼女にこんな暗い顔をさせるというのは許せなかった。

 何があったのかは知らないが、

「・・・・その首・・・私が狩って差し上げますわ・・・うふふ」

「え? キッシュさん!?」

「大丈夫ですわ! これは私怨ですもの、料金は頂きませんわ! あはん、みていらっしゃいませ、こんにちは! カナリアちゃ〜ん、美味しく料理して差し上げますわ☆」

 さーて、今回から始まりましたキッシュさんのわくわくクッキング!

 第一回のメイン食材はカナリア!

 黒くて丈夫なカナリアは絞めるまでにちょっと手間がかかります。

 強い人は戦って倒すのも良し。

 しかし、キッシュさんのようにか弱い乙女が料理することが多いこの食材。手っ取り早く仕留めたい時にはこれ! 『誰でも眠っちゃーう 試作品その5』(黒猫製薬)

 これを手に入れたらまずこっそり食事や飲み物に混ぜて眠らせましょう。

 眠ったところで、

「鎌でざっくりと! 勢いが命ですわ!」

「えええ!! ちょっと待って、キッシュさん、誤解だって!」

「誤解? こんな可愛い子にこんな顔させたのはあの男でしょう? 昔から乙女の恋路を邪魔する奴は鎌に狩られて死んじゃえ☆ っていうのよ!」

 言いません。

「そうじゃないの! そうじゃなくて・・・・あのね」

 エリーは言いにくそうに手を揉む。

「・・・・カナリアね、この間帰ってきたばっかりなのに、マリン先生の依頼でちょっと長くレバンを離れることになったの。それで・・・」

「まぁ!」

 キッシュは顔を赤くする。

 芝居がかって見えるほどのオーバーアクションでエリーの顔をさわり、包み込む。

「まあ、まぁ、まぁ! なんて可愛いんですの!?」

「キ、キッシュさん?」

「この子ったら何て可愛いんですの? 好きな殿方と一時でも離れたくないなんて・・・あはん、それでこそ少女! それでこそ乙女! んふ、でも我慢なさいませ。待っている乙女もまた美しいのですわ・・・ふふふ・・・そして邪魔者がいない間に私があーんなことやこーんなことを・・・・」

「妄想邪魔しちゃって、ごめんなさい、キッシュさん!! お願いだから帰ってきて〜! 助けてパー○ン!」

 あっちの世界に突入してしまったキッシュはエリーの顔を両手で押さえ込んだままアレやこれや考えて舌なめずりをする。

 身動きとれない彼女はどこからか飛んできてくれそうなヒーローに助けを求める。

 ヒーローは来てくれなかったが、キッシュははっとしたように身を剥がした。

「あらん? ごめんなさい、エリーちゃん。私ったら頭の中であなたにあらぬ事を」

「え? 謝るところってそこ!?」

「んふ、私、これからマスターのところに報告して、弟を拷問・・・じゃなかった尋問して来ますわ。後でまたお会いしましょう、私の可愛いエリーちゃん☆」

 拷問でも、尋問でも怖いものは怖い。

 笑顔で立ち去るキッシュを引きつった顔で見送ってエリーは再び表情を暗くさせる。

 カナリアがまた暫くいなくなってしまうのは寂しい。それだけではなく、今回はリン医師もいなくなり、その代理を自分が勤めることになったのだ。不安じゃないと言えば嘘になる。

 けれど、彼女の気持ちを暗くさせているのはそれではなかった。

 アフロを誰に貰ったのかを聞き忘れて確認に戻った時、彼女は見てしまったのだ。

 カナリアの瞳が赤く染まっているところを。

 ゼラニウムは宙に浮かんでいた。

 彼女の位置からは彼の表情も、何を喋っているのかも聞こえなかったが、カナリアが何かを質問してゼラニウムが答えている様子だった。

(まるで・・・拷問みたいだった・・・)

 赤い瞳のカナリアは、彼女の知っているカナリアとは随分と違っていた。

 顔立ちやセンスの悪い服装なんかはカナリアだったのに、目の色と表情の作り方がまるで違った。

 彼は宙に浮いている青年を見て残虐な笑みを浮かべたのだ。

(見間違い・・・だよね?)

 とても信じられなかった。

 あの優しい彼が、人にそんなことをするなんてとても信じられなかった。あんな邪悪な笑みを浮かべるなんて、とても信じられなかった。

 怖くなって途中で逃げ出して来てしまったが、あれはきっと気のせいだったのだろうと思う。角度や光の加減で、不自然に見えてしまったのだろう。

「見間違い、だよね」

 彼女は呟いた。

 答えは、どこからも返らなかった。

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