Story4 心臓のない少年(2)
2 拷問
「ここに来る途中、黒猫連れた女に‘今、レバンで大流行の兆し’って言われてかぶせられたんだけど・・・ひょっとして俺、変?」
カナリアは顔をしかめる。
「・・・あいつ絡みか」
こんな意味不明な行動をする黒猫連れの女は彼女しかいない。
ちょっと頭痛がした。
エリーは手を叩いて喜ぶ。
「すごーい! お兄さんアフロ似合ってる☆」
「おっ、そうか!? はっきり言って道行く人に変な目で見られるし自信なかったんだよな。・・・ええっと、依頼人のF・リン医師ってあんたのことか?」
「私じゃないよー、マリン先生はあっち」
青年はやんちゃな感じで笑う。
「へぇ、珍しい。魔術師じゃないんだな。しかもマリンなんていう名前の割に男前」
「勘違いしているようだが、私は‘ファーマ・リン’だ」
メガネを上げてマリンは睨む。
凄まれて少しは萎縮してもいいところだが、彼は気にした風もなくけらけらと笑った。
「オーケー、ドクターリン。あんたは名前を間違われるのが嫌なんだな? 了解だ。俺はゼラニウム・フローラル、ゼルって呼んでくれよな。あんたの依頼で来た便利屋だ」
「・・・」
マリンは嫌そうな顔でゼルを見る。
おそらく、苦手なタイプなのだろう。まるで炎属性と氷属性のような関係だ。
ゼルはカナリアの方を向いた。
「あっ! あんたは!」
「その節はどーも」
「・・・何だよ、あんたも絡んでいるのか?」
「カナリア知り合いなの?」
「知り合いなのってお前・・・」
一度は命を狙われていたくせにフローラルの名前に反応しないとは、頭が弱いのか、図太い神経なのか。
そもそも、彼の方も、自分が家族とともに命を狙っていた相手を今回の依頼人と間違うのはどうかしている。
ゼルはようやく気づいたように手を鳴らす。
「ああ、あんたシーア・ガンの偽物!」
「きゃー!! 言わないで!!」
「あんたのおかげであの後色々大変だったんだぜ!」
「ご、ごめん。もう修復師ごっこなんかしないからっ」
「情報の確信なしに動いたお前らだって悪いだろうが」
カナリアに言われ、彼は肩をすくめる。
「同業者は手厳しいな」
エリーがオーナディアの聖家アルタイルの印の入った「シーア・ガン」の旅券で入ったのだから、例えそれが偽造品でも彼らが信じてしまっても仕方がない。だが、有名人であるシーア・ガンの容姿と明らかに異なるエリーと間違うのは便利屋として恥だ。
急いでいたとはいえ、命を狙うのであればそれなりの裏付けは必要なのだ。
そのために便利屋の中にはアンナのような情報を専門に扱う「情報屋」がいる。顔の広さも便利屋の腕に影響するものなのだ。
「これからは気を付けるよ。それより、出発はいつになるんだ?」
今すぐにでも、と医師は答える。
「悪いが急ぐんだ。カナリア、エリアード、準備を頼む」
オッケーと、エリーが座っていた寝台から降りて頷く。
「んじゃ、私はアフロの準備してくるね〜」
「アフロなんか用意してどうすんだよ」
「えへへ☆ そのアフロ見ていたら欲しくなっちゃった〜。じゃ、また後でね〜」
どうしてこれでアフロが欲しくなるのかが疑問だ。
慌ただしく出て行くエリーを見送り、カナリアは頭を掻いた。
マリンはメガネを押し上げながら言う。
「ではこっちも準備してくる・・・アフロの」
「え? さりげなくお気に入り!?」
「アフロだと何故か評判が良くなるかもしれん」
「何の評判だよ! つーかお前が意外とノリがよくて俺はビックリだ!」
さしずめ動機は子供の患者(この場合ある一定年齢以下の少年に限定される)が笑顔を見せて懐いてくれると言うものだろう。
そうでなければこの高圧的な態度の医師が評判を上げるためにアフロ装着なんてするわけがない。
動機が変態だ。
「あんたはアフロの準備しなくても良いのか?」
マリンも準備(アフロではなく旅支度と思われる)のために奥に消えると、ゼルは喜々としてカナリアに尋ねた。
「俺は結構だ」
カナリアは淡々と答える。
「何だよ、あんたさっきまでとうって変わって愛想が悪い・・・!!」
言い差して、彼の言葉は途切れる。
それ以上声を出すことが出来なかった。
突然カナリアの手が彼の首に巻き付いたのだ。
「・・・んなっ・・・! ・・何・・・を」
「何を嗅ぎ回っている?」
カナリアはそのまま青年の身体を持ち上げた。
床に着いていたはずの彼の身体が宙に浮く。
凄まじい力だった。
ぱさり、とアフロのカツラが床に落ちた。
彼の髪は明るい茶色だった。短めの髪を横に流し青年らしい精悍な印象を受ける。彼の容貌によく似合う髪型だった。しかし、その顔は激しく苦痛に歪んでいる。
「・・・んの、事だ・・・?」
「母と娘に会ったと思えば今度は次男、花の一族が、俺の何を嗅ぎ回っている?」
「・・・知ら・・・な・・・」
カナリアの瞳が血を含んだように赤く染まった。
辺りに強い魔力の気配が垂れ込める。
彼の瞳の奥が収縮し、微振動を起こし始める。
「‘誰の命令で、ここに来たのか、答えろ’」
びくん、と青年の身体が震える。
カナリアはゆっくりと手を下ろした。
しかし、青年の身体はそのまま宙に浮かんでいた。見えない何かの力で空中に留まっていた。
目は見開かれ、虚空を見ている。まるで廃人にでもなってしまったかのように、焦点が合っていなかった。
にやり、と彼は残虐な笑みを浮かべる。
「命令ハ、サレテイナイ」
「‘何故、花の一族がここに来た?’」
「・・・花ノ一族ガ何カ知ラナイ」
「‘それならどうして花の名を持つ?’」
「親父ノ趣味・・・・」
「・・・・」
答えたところで彼は見えない力から解放され床に落ちる。
「・・・‘忘れろ’」
耳元でカナリアが囁いたとたん、その場の魔力が一気に収縮する。
まるで何事もなかったかのように元通りの空間が広がっていた。
「あんたはアフロの準備しなくても良いのか? ・・・ってあれ? 俺さっきも聞いたか?」
カナリアはちらりと笑う。
その瞳はもう元の青に戻っている。
「俺はいいよ、何か呪われそうだからな・・・アンナに」
「そっかー、似合うと思うんだけどな。っていうか、何で俺床に座ってんの?」
「俺に聞くなよ、自分で座っておいて」
「そうだっけ? んんっ、何だか喉の調子が変だな、風邪かな?」
「大丈夫か? あんまり調子悪かったらマリンでもエリーでもいいから見てもらっとけよ」
「ん・・・ああ」
腑に落ちない、と言う風にゼルが頷く。
自分の行動に違和感を覚えているようだ。
カナリアは彼を見ないようにして外へと向かう。
「俺も少し準備してくるよ。暫く任せるからな」
返事が戻るのを待たず彼は逃げるように外へ出た。
 




