Story4 心臓のない少年(1)
眠ると記憶の中に蘇るあの気配。
純血の人間の手によって作られた武器の中で、最も強く邪悪な力を持つ武器。破壊することはもちろん、誰一人としてその力を使いこなすことが出来なかった。
それを作り出した当人でさえ、持つ魔力に困惑した。
本来ならば古きネセセア神の力と、アインハイトの魔力を使い誰の手にも届かない場所へと封印されるはずだった。
その闇の力が浄化され人に害をなさなくなるまで封印されるはずだったのだ。
それが、奪われてしまった。
剣は今もどこかで振るわれている。
誰かの血を流している。
「!!」
彼女は目を覚ました。
強く鼻につく邪悪な魔力の気配。
ある。
近くに。
あの剣が。
「・・・・・どこ?」
彼女は古代文字の刻まれたワンドを手に、眠っていたままの服装で外に飛び出す。
外が酷く騒がしかった。
街中に人だかりが出来ている。
彼女は人だかりをかき分けて更に向こう側の気配の方向へ駆けていく。
男がいた。
不自然にしなる鈍色の剣を持つ男。逆の手には人の足が握られている。その足のとなりにあるはずのもう一方の足も、繋がっている胴体もない。
ただ足だけを握っていた。
「・・・!」
女は息を飲んだ。
灰を落とした緑色の髪。横顔で見る男は若い。まだ二十代か、もっと若いようにさえ見える。それなのに、まるでこの世の地獄をすべて経験してきたかのような深く暗い気配が漂っている。
まるで彼そのものが闇のようだった。
「そ、その剣を・・・」
彼女はやっとの思いで言葉を絞り出す。
押さえつけられているような、奇妙な威圧感が男には存在した。
男はゆっくりと彼女を見た。
鈍い赤い瞳。
夕陽より赤く、夜よりも深い。
感情を含まない瞳が、ほんの僅か価値のあるものを見つけたかのように光を帯びる。しかし、それはすぐに消える。元の空虚な瞳がこちらを見ていた。
男の唇が何かを言う。
しかし、それは小さすぎで彼女の耳には届かなかった。
彼女はもう一度息を飲んで言葉を絞り出した。
「その剣を、返しなさい」
男がゆっくりと近付いた。
女はワンドを構えた。
魔術を構成する言葉が出てこない。それどころか、身体が思うように動かなかった。表情のない瞳が酷く恐ろしかった。
男がゆっくりと手を伸ばす。
のばされた手が怖くて、彼女の身体は跳ね上がった。
男の手が彼女の頭部に触れた。
優しく、慈しむように。
「・・・・・・・」
「え・・・?」
掠れてどこか淵に佇んでいるかのような深く低い声。それにほんの僅か感情らしきものが含まれる。詫びるような、寂しげな色。
囁かれ、彼女は振り返って男を見た。
そこに男の姿は無かった。
あの武器から発せられる邪悪な気配も消え果てていた。
・・・・・・いずれ返す。
男の深い声だけが彼女の耳に残されていた。
1 霧のトーア
カナリアがリン診療所を訪れることは珍しくない。
だが、今回彼がここに来ている理由は少し珍しいことだった。
「お前が依頼人ねぇー」
彼が銀の麦で依頼を聞いたのはつい先刻のこと。元々、マリンは便利屋に依頼してくることは少ない。たまに依頼を持ちかけることはあっても、人手が足りない、研究を手伝ってくれ、程度のことでカナリアの方まで回ってくることはほとんど無く、依頼は他の便利屋に回る。
だが、今回彼はカナリアに指定依頼をしてきた。
それは今までに無いことだっただけに、依頼されたカナリアもマスターにもう一度聞き返してしまうほどだった。
マリンはごほんと咳払いをする。
「今回は特殊な事を頼みたい。人となりはともかくとして腕が信頼出来る奴はお前しか思い浮かばなかった」
「それって貶しているのか?」
「褒めているんだ」
きっぱりと言われたが、ちっとも褒められている感じがしない。
カナリアは椅子の上にあぐらをかいて座る。
「で、何てキッシュに頼まねぇの? あいつなら安価でやってくれるだろ?」
「え? 何それ家族割?」
同じく彼の依頼を請けたエリーがボケる。
「そうそう、通話もメールも半額♪」
カナリアが続く。
「ダブルホ×イトだから無料だ・・・って何の話だ」
さらに続いてみたのはいいけれど、話が未知の世界の事柄に及び、マリンは覚えず突っ込みを入れる。
意味が分からない上に、誰かから言わされたとしか思えないきわどい単語が混じったために一部音声が変わってしまった。
「本当にタダなの?」
「ああ、俺の仕事はキッシュの仕事。キッシュの仕事はキッシュの仕事だからな」
「お前はタケシか!」
少し前に姉に突っ込んだことと同じ事を突っ込んでしまった。
何と言うべきか。
この姉弟は良く似ている。
「キッシュさんならタダ? ならどうして頼まないの?」
「あいつに借りは作りたくない」
「んじゃ俺には?」
「お前にはちゃんと正規の料金を支払うだろう。借りにはならない」
不服そうにカナリアは頬を膨らませる。
「えー? 俺、お前の依頼最優先で来たんだけどなぁー」
「嘘を付くな。大きな依頼が無くなったのは確認済みだ」
「へぇ、カナリアのスケジュールを把握するなんて、マリンちゃんっていい奥さん!」
『気色悪いことを言うな!』
ほぼ同時にステレオで突っ込まれエリーは肩をすくめた。
タイミングばっちりなんて仲が良いんだね、何て言う突っ込みを入れたらもっと怒られそうなので自重する。
「んーと、それで、依頼って何なの? 私まで呼んだのって何か訳あるの?」
マリンは頷く。
「結論から言えばエリアードには暫く診療所のことを頼みたい」
「え? マリンちゃんどこかに行くの!?」
「それが依頼に関わることだ。理由あって診療所を空ける。護衛の仕事をカナリアに、治療の仕事をエリアードに任せたい」
エリーは瞬く。
確かに診療所の手伝いをしていることもあって勝手は知っているが、エリーにはマリンのような判断も治療もできない。重症患者はさすがに法術で治療することはあったが、そうでなければマリンの「処置」で大体終えてしまう。
その代役など彼女につとまるのだろうか。
「常連になっている連中にも、便利屋達にも事情は説明してある。治癒の魔法が必要なほどの患者でなければここに来ることもない。万が一の時のためにいてくれるだけでいいんだ」
「それってどのくらい?」
「案内人次第というところだが、せいぜい一月と言ったところだろう」
一月、とカナリアはつぶやく。
そもそもこの医者がレバンを離れること自体珍しいのだ。時折どこかへ出かける事があったが、十日ほどで戻ってくる。徒歩で出かけると言うわけではないのだから、国内であれば王都以西に向かったとしてもそれほどかかるものではない。
「お前、一体どこまで行くつもりなんだ?」
「トーアだ」
「そりゃまた物好きな」
ラン王国トーア。国の南方、すなわちシェランに近い高地にある街。一年の大半が霧に包まれており、慣れない者は目的の場所へたどり着けないと言う。その昔ネセセア王朝があった時代、ルビーライトという強い魔力を持った老婆が子孫を守るためにトーアに霧を張り悪魔から隠したためなのだと言われている。
大昔の呪術が今もなお継続されているとは思い難いが、トーアが深い霧に覆われているのは事実だった。
トーアは高地にあり、霧という悪条件が重なって馬車や馬で入るのは難しい。
レバンからは近いものの、往復となれば一月近い日数がかかってもおかしくはない。
「トーアって何かあるの?」
「霧のトーアって言われるほど霧が深い場所だ。作物がほとんど育たないから人が住むのには適さないけど、遺跡と鉱脈がある。あとネセセア信仰の中では聖地って呼ばれる場所の一つだな。医者には無縁の場所だと思うんだが」
「医者とは無縁だから行くんだ」
「え? どういうこと?」
エリーは首を傾げる。
苦笑いをしてカナリアが答える。
「単純に考えればトーアに患者がいるって事だな」
「あ、なるほど」
ちらりと医者の方を見ると、彼は少し肩をすくめて見せる。
心得た、という風にカナリアは頷いた。
「で、いつ出発になる?」
「トーアまでの案内人が到着し次第だ」
「案内人って?」
カナリアはちらりと戸口の方を見る。
「どうやらタイミングが良いやつのようだな」
マリンとエリーの視線もそちらに向く。
扉が音を立てて開いた。
「わっ、俺ってば何か注目されまくり!?」
「わぁ、アフロ!」
「こりゃまたすっげーアフロ」
「何故アフロなんだ?」
入ってきた男は二十歳そこそこの若い男だった。
どっかの漫画でありがちな熱血バカの主人公を諫める立場にありながら、主人公に翻弄されまくるという損な性分の「親友」顔をした青年。
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「って、何でテレビショッピング風なんだよ!」




