Story3 滅亡の系譜(11)
11 俺様参上
歌が聞こえる。
カナリアのさえずる様な優しい声。
・・・誰の?
何故こんなにも優しいのに、歌が悲しいのだろう。
何故こんなにも慈愛に満ちた声が、呪いの歌を歌っているのだろう。
歌っているのは、誰?
「じゃじゃーん、俺様参上! って・・・あれ?」
突然扉が開かれ金髪に無精髭を生やした派手な格好の男が妙なポーズをきめながら入ってくる。
反応しない黒髪の男と、すぐに短刀を構えた老人を見て彼は首を傾げる。
「何だ? せっかく助けに来てやったのにこんな歓迎かよ」
「おのれ、何やつ! じいとカナリア様の密会に乱入するとは不届き千万! 今ここで叩ききってやる!」
「あー、お前が魔女ちゃんの言っていたエトスだな。んー、ルースだったか? ま、どっちでも良いから混ぜちゃえ。えっと、ルトス、俺様が来たからもう安心だぜ」
「おおお!! 若様とのまぜこぜ大作戦! なかなかやりますな!」
「だろ〜? 俺様は王の盾の隊長、正義の味方、トキ様だ!」
ばさー、とマントを翻し、彼は自分に酔いしれた様なポーズを決める。
四十前後とはいえ、彼は綺麗な顔をしている。無精髭など生やしていなければもう少し若々しく見えるだろう。特別にあつらえさせたような派手な鎧を着ているが、にやけたような表情のためどうしても軟派なイメージがまとわりつく。
そして、バカっぽい。
「おい、バカは余計だ」
「トキというお名前・・・貴方も鳥の一族の方で?」
「ん? 何だ。その話聞いたのか。そうともさ、俺様は鳥の現・族長・・・おっと、サインならファンクラブを通してくれよ」
金髪の中年男はあごに手を当ててにやにやと笑う。
そして視線を固まったままのカナリアに移す。
「で、そいつはどうしたんだ?」
「ああ、彼はこの肖像を見てからこうなってしまったのです」
「肖像?」
彼はようやく壁に掛かっている肖像画を見上げた。
「・・・っ!! あんのバカ猫、よりにもよってこんなところに」
「この女性は一体・・・」
「先代王の寵姫。まぁちょっとこいつと因縁ある人だから、こんなところで見るハメになって驚いたんだろう。目を覚まさせるには・・・」
ルースは喜々として答える。
「やはり王子様(私)のキスでしょう!」
「(俺様の)キスぅー? ダメだ、それは可愛い女の子限定! 野郎はこれで十分!!」
彼は腰に帯びていた剣を鞘ごと引き抜き、カナリアの後頭部目がけて思いっきり振り降ろす。
ごがっ
思いっきり陥没したような音を立ててカナリアの身体が沈む。
「あっれー、おかしいな。何で起きないんだ」
「・・・・たった今、こと切れたんじゃないですか?」
「えー? こいつそんなにヤワじゃないって。・・・あ、動いた」
悪びれもせずけらけらと笑った男は、カナリアの身体が反応したのをみて喜々として覗き込む。
「痛ぇー・・・頭の形変わるだろ! ・・・ああ? トキ?」
「お前せっかく助けに来たのにその態度はないだろー」
後頭部をさすりながらカナリアはトキを睨む。
「・・・元はと言えばお前がしっかり監視してりゃこんな大事にならなかっただろ。匂いで分からなかったのか?」
「仕方ないだろ、身体が変わった奴は魔力を使わない限り匂いが曖昧になるんだからよ」
カナリアは舌打ちをする。
「・・・で、上の方はどうなっているんだ?」
「黒猫ちゃんと王様が戦闘中♪ ありゃ十中八九猫の勝ちだな」
「ほほう、やりますな、黒猫どのは」
「どんな戦い方してんだよ」
花の名前を持つ者の魔力は高い。ましてあのスイレンを配下に治めるほどの実力を持っている者だ。いくらジェラートが魔法生物であろうと、ほぼ100パーセントの勝率になるのはなかなか考えにくい。
一体どんな方法で戦っているのだろう。
見たいような、知らない方がいいような、微妙なところだ。
「黒猫の主からの伝言だ。遺体は全身の血が抜き取られた状態でドルシュの要塞内に持ち込まれたそうだ。それ以上はつかめなかったと」
「アンナでも難しかったか」
だとすればもう彼を見つけることはできない。
どちらにしろ、身体がはっきりと死んだのであればエトスとルースを元の状態に戻すことは不可能だろう。しかしそれは初めから分かり切った些末な問題だ。この時点で一番大きな問題は身体と精神、どちら側に言葉が残っているのか。それ次第では最悪な状況になりかねない。
あちら側には既にハーレルの言葉が落ちている。
肉体の方に残っていたのなら、ドルシュに持ち込まれたのは幸いだろう。あの強固な守りでは「花」も迂闊に手を出せない。もしもエトスの精神に言葉が残っているのなら、万が一にも彼が捕まることになれば二つ目の言葉が向こうに落ちる。
それだけは何としても避けなければならない。
「トキ、ルースを外に連れ出せるか?」
「・・・ああ、やれる」
「頼んだ。・・・俺はここで迎え撃つ」
「カナリア様?」
怪訝そうにするルースの腕をトキが掴む。
花の匂いを嗅ぎ分ける事のできる彼には状況が分かっているのだ。
「行くぞ。俺らが残っても足手まといになるだけだ。・・・くっそー、タイトルでは俺様が大活躍する予定だったのになぁ。結局いつも出番少ないでやんの」
「どういう事ですか? 一体何が・・・」
ぐん、と目の前の空間が歪む。
にたり、と笑ったハーレルの姿が歪んだ空間から徐々に姿を現し始める。
「逃げおせると思ったら大間違・・・んっ・・・あれ? 穴が小さすぎたかな? ちょっとまってて、邪魔な上着脱いでくるから」
服が引っかかって出てこれなかった王は、再び穴の向こう側に戻る。
早く行け、とカナリアは手で示した。
彼らは頷き、部屋の外へと抜け出していく。
ぬうっと、今度はじゃらじゃらしたマントを脱ぎ捨てたハーレルが完全に穴から抜け出してくる。
「お待たせ・・・って、がーん、待ってて言ったのにっ! 一人しかいない!」
「目的は俺なんだから十分だろ?」
「まぁ、そうだけどさ、寂しいじゃん」
「ジェラートはどうした?」
「黒猫なら今頃どこかでのたれ死んでいるだろうね。私の相手ではなかったよ」
「それはそれは随分とお強いことで」
カナリアはにっと笑う。
余裕な風に笑っているが、彼の魔力は随分と消耗している。これならばカナリアにも出来るかもしれない。
カナリアの瞳の奥が僅かに振動を起こし始めた。




