Story3 滅亡の系譜(10)
10 肖像画の女
空間を飛ばされ、辿り着いた先はほこり臭い真っ暗闇の中だった。
城の倉庫か何かであろうが、勢いで何かに激突し、破壊しまくってしまったようだ。高級品ならもったいない。
しかし、そんなことに構ってもいられない。
カナリアは起きあがってルースの気配を探った。
「・・・ってぇ・・・大丈夫か」
「若様? ああ・・・ご無事のようですね。暗がりで何も見えませんが」
「それを良いことに触りまくるんじゃねーよ。つーか、もう演技する必要はないだろう」
ルースは暗がりの中カナリアの身体を触り続けながら言う。
「そうですね、カナリア様。ですが私めはあなた様の事もエトス様と変わらず・・・」
「そのことじゃない」
ぴたり、と手の動きが止まった。
明らかに狼狽した様子のルースがゆっくりと離れたのが気配で分かった。
「・・・何の事でしょう」
「とぼけるなよ。・・・‘器替えの法’古いネセセアの呪術だ。どういう経緯があったかは知らないが、お前はエトスだ。そうだろう?」
暗闇の中では彼の表情は見えない。
だが、困惑しているのは気配で分かる。
カナリアは続けた。
「ルースという名前はネセセアの流れを汲む者の名前だ。器替えの技術。魂と肉体を切り離し、別の肉体に魂を注ぎ込む呪術。・・・それがまだ存在しているとは思わなかった。おかげでハーレルの中身だけが偽物である可能性を思い付いた訳だが・・・」
「なるほど、さすがに凄腕と呼ばれるだけのことはある」
「認めるんだな」
正直、はっきりとした確証があったわけではない。
ハーレルの時と同様にカマをかけてみただけだ。
問いかけには笑いを含んだ声が返ってくる。
「ああ、だが、一つだけ訂正させてもらおう。私はエトスじゃない」
カナリアは顔を上げる。
暗がりのせいで表情が見えない。
「そして、ルースでもない。ルースがネセセアから継承した器替えの技術は完璧ではなかったんだ」
「それじゃあ・・・お前らは・・・」
「そう、ラブ&ピース! エトス&ルースでございますぞ!」
明るく言うエトス。
いや、これはルースの性格の方だろうか。
「一体何があった?」
エトスが答える。
「私の部隊が襲われた時、私はもはや死を待つだけの存在でしかなかった。気付ば私はルースの身体の中にいた。今はこうして精神が半ば分断された状態だが、徐々に私たちは同化を始めている。それはともかく、私を襲った男は初めから私を殺すつもりだったようだな」
「奴との話が食い違うな。殺さず‘言葉’を奪うのが目的だったはず」
「それは私も疑問だったのだ。奴が・・・私を襲ったスイレンという男が王の配下にいる者だと知っていたから真意を確かめるためにここまで来たのだが」
「スイレンだって?」
カナリアは目を見開いた。
七年ほど前、その名前を持つ者はキッシュが殺したはずだ。あの時、確かに首を落とした。それをカナリアも確かに見ている。
同じ名前の男。
無関係には思えない。
もし、連中が首を落としただけでは死なないとしたら、器替えの技術が死んだ人間に対しても有効な手段だとすれば、スイレンは別の形で蘇ったことになる。蘇った男がエトスを見てカナリアを思い出さない訳がない。
だとすれば、エトスが死んだ理由の一端は自分にある。
「知っているのか?」
「・・・・ああ。エトス、お前が死んだのは」
「それ以上言うつもりならキスしますぞ、カナリア様」
「ルース」
「連中が私を襲った理由は‘言葉’を持つ者の一人だからだ。要因があったとしても君のせいじゃない」
だとしても、ここまで似ていなければ殺されなかったかもしれない。
ハーレルのように少なくとも身体だけは残り、元に戻れる可能性を残していたかもしれないのだ。
責任を感じない訳がない。
「それよりもあの連中は何だ? どうして言葉を集めているんだ?」
「連中は‘花の名を持つ者’だ。俺もよく知っている訳ではないが、あいつらがしようとしている何かに王の言葉が必要なのだろう」
「・・・何故、お前が‘王の言葉’の存在を知っている?」
「俺が‘鳥の一族’の者だからだ」
それはカナリアの周りでもごく一握りの人間にしか話していないことだ。
話す気になったのは罪悪感と、同じ顔を持っていた人間だからかもしれない。
どちらにしても‘言葉’を継承した男だ。
少なくとも信頼に足りると思う。
「鳥? お前、鳥なのか? 羽がないぞ! むしられたのか、虐待だ!」
「人間の身体に鳥の羽がびっしりあったら怖えーよっ」
的はずれな言葉に的はずれな突っ込みを返す。
エトスのそれは天然だろうか。
「便宜上そう呼ばれているだけだ。鳥の名前を付ける風習があるせいだろう」
「それで、カナリアなのか。似合わないと思っていたんだ」
「余計なお世話だよ」
鳥の一族は、花の名を持つ者たちを監視している。そして奴らが何か行動を起こした時、その善悪を見極め止める役目も担っている。カナリアやモズが生まれるずっと前からそうなっていたことだ。
一族ではそう教えられる。それを疑問に思う者は鳥の一族の中にはいない。生まれながらにして花を嗅ぎ分ける能力を持つため、食事を取ることと同じくらい普通なことなのだ。
そして鳥の一族はシェラン王家を守っている。
王家の血を引く者は、盟約によって‘言葉’を使うことが出来るからだ。
言葉は先代王フェネルにより、五つに分けられ、血を引く者に振り分けられている。カナリアは誰の元にそれがあるのかは知らなかったが、エトスはどうやらその言葉を持っていたのだ。
「ところで、魔法を使っても大丈夫だと思うか?」
「ん?」
「暗くて何も見えないんだ」
「ああ、光の初級魔法くらいなら大丈夫だろう」
城内の灯りは少なからず魔法が使われている。
ここで使ったとしても気配で気付かれることはないだろう。
「‘光よ’」
エトスが呟くとすぐに仄かな光が生まれた。
それはぼんやりと明るく、部屋の中を映し出した。
ほこりっぽい室内は思った通り、城内の倉庫だった。使用されていない家具や、少し欠けたシャンデリアなどが置かれている。随分と長い間人の入った形跡がない。これだけのものでも持ち出せば随分な金になる。
「フェネル王朝の名残だな」
エトスは皮肉るように笑う。
カナリアも頷いた。
「国庫が困窮していた時に売って足しにすれば良かったものを」
「どうやら、この部屋の主は王の側室のようだよ。肖像画がある。随分綺麗な人だ」
「・・・・!!」
真っ直ぐな黒髪を長くのばした女。
その髪は椅子に座った状態で床についてしまっている程長く、琥珀をはめ込んだような瞳は虚ろに遠くを見ている。白い簡易な服を着ているが、彼女に着せると高貴なもののようにさえ見える。腹部が膨らんでいるのは子があるからだろうか。
見てみれば女は母親の様な顔をしていた。
おそらくフェネル王に見初められ、無理矢理側室にされた女の一人だろう。寵愛の程が知れるように彼女の周りには沢山の宝石や貴金属が落ちている。贅沢なものに興味の無さそうな女の左手には無骨な手錠がはめられている。
フェネル王朝が衰退し始めたのには、彼が女に溺れたからだという噂があった。その存在は隠し通されていたために真偽は定かではなかったが、肖像画の女を見る分には本当の事に思える。
この女性に心を奪われた王は、女が喜びそうな事は何でもした。
だが、彼女は何にも興味を示さなかった。
エトスは肖像の下の文字盤を指でなぞりながら書かれた文字を読みとった。
「ナ・・・タ・・・? ああ、古くなっていて上手く読めないな。・・・どうした、カナリア?」
様子がおかしくなったのに気付き、エトスは彼を揺すった。
反応はまるでない。
焦点が肖像画に固定されたまま、青ざめた表情でかたかたと震えている。
何もないと思える方がおかしい。
エトスは肖像画を見上げた。
女はただぼんやりとどこかを見つめていた。
 




