Story3 滅亡の系譜(7)
7 情報収集
要塞都市ドルシュ。
大昔、その辺りはラン王国の領土であったが、現在はイスティアとシェランの国境に跨る都市である。故に三国がそれぞれ自国の領土と主張するも現時点でどの国の支配も受けていない。
独自の法を持ち、その都市自体が国であるような場所。
いつの時代に立てられた建造物なのか知らないが「城」と呼ばれる街の中央にある要塞はありとあらゆる攻撃を跳ね返してきた。その庇護にあやかるように街が作られている。
城の中に入ることこそ出来ないが、この街ではほとんどのことが自由で黙認されている。自由で治安も良くないこの街で殺人事件が起こったことは一度も起こってはいない。
「一度も?」
アンナに言われて彼女は首を傾げる。
この街がいつ出来たのかは知らないが、その間に殺人事件が一度も起こらないというのは奇妙な話だ。ただのケンカでも人が死ぬことはある。
「死体が見つからないって言った点ではね。この街では死体も商品なの。だから、その辺で見つけてもすぐに誰かが処理をする。死体が見つからない以上、ここでは殺人事件が起こらない。「王」が死体を食べる、とか死人使いとかいう噂もあるわ・・・両手を上げて言えないけど」
「それって‘大きな声で言えない’の間違いだよ!」
「ああ、そうとも言うわね」
アンナはくすくすと笑いながら鶏団子スープをかき混ぜた。
ドルシュの街に到着してすぐに彼女はお世辞にもキレイとは言えない飲食店に入った。料理はおいしいものの、雰囲気は良いとは言えない。エリー一人では到底入る気になれない場所だ。
居心地が悪そうに店内を見渡して、アンナに耳打ちをする。
「・・・ねぇ、私たちって場違いじゃない?」
「そうね。ジェラートさんがいれば三角関係に見えたけど、私たちだと少しそっち系の趣味みたいね」
「? そっち系って?」
「・・・・・、やっぱり小鳥ちゃんの方が面白いわね」
「ええ?? 私パートナー失格!?」
からかったつもりでも相手が分からないのなら意味がない。これがあの黒髪が相手だったら楽しい反応を返してくれるところだ。
「失格という訳ではないわ。仕事とは全く関係の無いことだもの」
「ならいいけど、」
少しほっとした様子で言葉を切り、少し言いにくそうにエリーは首を傾げる。
「・・・ねぇ、カナリアとアンナちゃんってどういう関係なの?」
「食うか食われるかの関係よ」
「そんな激しいの!?」
「嘘。ただの仕事仲間。あなたの期待しているような関係ではないわね」
「期待って! 別に私は・・・何も」
真っ赤になって否定しつつ、彼女の声は次第に小さくすぼまっていく。
すかさずアンナは問い返す。
「安心した?」
「え? 何で! 私のようなものが!」
「言葉遣いおかしいわよ、ぶっとび執事のルーちゃん並ね」
「え? それって比較級!?」
「最上級よ」
「きゃぁ! 私ってばなんてことを! 恥ずかしい!」
顔を覆って嘆くエリー。
カナリアの様な鋭さはないが、からかいがいのある相手には間違いないようだ。ただボケ、ボケのコンビではぐだぐだになりやすい。
(これは気を付けないといけないわね)
ヴィクレアの魔女ともあろうものが、こんな半端な笑いで満足していてはいけない。
「・・・ああ、話が脱線事故を起こすところだったわ」
「事故!? って、何が!」
「こっちの話よ。・・・場違いと言ったけど、私とジェラさんはよく来るのよ」
「そうなの?」
アンナは頷く。
この街はあらゆるものが集まる。情報も、真実であれデマであれ、幅広く集まってくるのがこの街だ。信頼できるソースさえ手に入れれば簡単に情報収集は可能だ。ドルシュ近郊で小部隊とはいえ全滅する人数が死んだとあれば、ここに情報が流れ込んでいないわけがない。
テーブルにどかん、と大皿料理が運ばれてくる。
屈強そうな巨漢がアンナを見下ろしてにやりと笑う。
「よぉ、魔女。そろそろ来る頃だと思ったぜ」
アンナは男を見上げて口の端を上げる。
「繁盛しているわね」
「おかげさんでな。・・・目的は大体見当は付くが、一応聞いておく。何を知りたい?」
※ ※ ※ ※
「・・・・で、思わせぶりに回をまたいだくせにこのオチか」
カナリアは地面にしゃがみ込んで溜息をつく。
その様子を見てツインテールの少女は妙に偉そうに腰に手を当てる。
「何よ、文句あるの!?」
「大ありだよ。馬車を破壊して・・・客や母親にケガさせたらどうするつもりだったんだ、匂い袋の長女!」
少女はきっとカナリアを睨み付けた。
「ジャスミンよ! しかも匂い袋ってフローラル一家だって言っているでしょ、物覚えが悪いわね、黒頭!」
「じゃじゃじゃジャスミみみンちゃん、人様に罵声を浴びせるなんてそんな恐ろしいことををを!」
「どもりすぎよ、お母様! しかも私の名前で」
彼女は母親に突っ込みを入れる。家族だろうが他人だろうがお互いのテンションは変わらない。これがフローラル一家の長女と母の素なのだろう。
前回エリアード関連で会った時は覆面をしていたため、顔まで見られなかったが、母親に似て美人に鳴りそうな顔をしている。活発な印象を与えるツインテールが少し幼さを与えているが、彼女にはよく似合う。
「お知り合いですか、若様」
「若様ではなくカナリアが、な」
馬車に矢を打ち込んできたのは彼女だった。
母親に連絡を付けるために矢文を車体に刺すつもりが誤ってガラスを割ってしまったようだ。傍迷惑な親子だ。それにしても、護衛の女がまさかあのフローラル一家の母親だとは、偶然というのは恐ろしい。
「それで、何を伝えに来たんだ、ジェイ」
「勝手に人を略称で呼ばないでよ。大体、同業者に易々情報を漏らすわけがないじゃない・・・・って言いたいところだけど、今回は迷惑かけちゃったし、教えるわ。切り落とし事件のことよ」
ぴくり、とルースが反応する。
「・・・もしや、ハーレル王に頼まれて?」
「そうよ。大々的に調査を行っているらしいわね。ひょっとしてあなた達も」
そうです、と答えようとするルースの口を押さえ、カナリアは首を振る。
「いいや、俺はこのじいさんの依頼で謁見につき合うだけだ」
「ふぅん、それでそんなステキな格好していたの。・・・・・・・・似合わないけど」
「余計なお世話だ」
「若様ったら・・・爺やの口を押さえて押し倒すなんてなんて大胆な・・・・」
「押し倒してねぇよ。・・・ルース、少し黙っててくれないか。話が続かない」
顔を赤らめるルースを黙らせてジャスミンの方を向き直る。
「悪いが、もう少し詳しく聞かせてくれないか?」
うん、と彼女は何の疑いも無く頷く。
彼が本当に関わりないと思っているのか、あるいはその気になればすぐに調べられると思っているのか。
易々と情報提供をする彼女の顔には何故か誇らしげな表情が浮かんでいる。
一人で調べたのだろうか。
彼女の情報提供はアンナに比べると見劣りはするが、的確に調べている。
フローラル一家がそれなりに名のある便利屋であるのは、それぞれの得意分野を生かしているからだろう。
「・・・って訳。どう? よく調べてあるでしょ?」
「ああ、上出来だ。見直したぞジャスミン」
胸を張る彼女の頭をぽんぽんとたたくように撫でると少女は赤面した。
「なななな、何よ、女の子の頭を気軽にたたくなんて、信じらんない! ばか」
「ん? ああ、悪い」
「ときめいちゃったじゃないの!」
罵声を浴びせておいてときめいたんですか、お嬢さん。
「もう、今度あった時は覚えておきなさいよ、私はジャスミン・フローラルよ! 鳥頭!」
呆然とするカナリアに向かって更にボケ、カスなどと罵声を浴びせながら少女は森の中へと入っていく。
その様子を黙って見守っていたルースはにたりと笑う。
「モテモテですな」
「・・・いや、何かもてたって感じがしないんだが」
「すみません、すみません! 娘がときめいちゃってすみません!」




