Story3 滅亡の系譜(6)
6 襲撃
略式であっても「正装」と呼ばれる貴族の服を身に纏って彼は顔をしかめた。
軍人の家らしく、どことなく鎧を思わせる衣服に砂避けようのマントを羽織り、それをエトスのエンブレムで止めている。
誰の指図か、さりげなく袖や内側に投げナイフを隠せるような細工のされた服は彼に似合っている。
こうしているとカナリアでも階級の高い人間に見えるので不思議なものだ。
「思いのほか動きにくいな」
普段着慣れない衣装を着るとやはり動きにくいものである。
「何もレバンからこういう格好をしている必要はないだろう?」
嫌そうにする彼とは対照的にルースはにこにこと微笑みながら答える。
「いいえ、いつボロが出るかわかりませんから、慣れておく必要もあるんですよ。そう言うわけで、若様とお呼び致しまずぞ」
「言っていることはもっともだが、鼻血拭いてから言ってくれ」
「ち、違いますぞ、これはチョコレートを食べ過ぎたのであってけして‘エトス様そっくりなコスプレに萌え、悶え!’なんていう現象ではありません! ぶはっ!」
「うわっ! キタネ」
ルースが出した血しぶきを避けながら、彼は前途多難な雰囲気を感じていた。
別人と言うことは分かっているようだがどうやら彼の外見を非常に気に入っているらしい。そのおかげでカナリアの言動一つですぐに「あちらの世界」にぶっ飛ぶ。このままいくと首都ラグネに着く前にどちらかの血管が切れそうで怖い。
・・・もう既にルースの鼻の血管は切れているようだが。
「おお、そうこうしている間に馬車が来ましたぞ」
「・・・服は準備したくせに馬車は供用かよ」
「準備が間に合わなかったのです。別に‘その美貌を世間に晒そう大作戦’ではありませんぞ!」
「・・・・・鼻血拭けよ、じじい」
「ぶはっ! その言い方エトス様そっくりです!」
カナリアはまだ会ったことのないエトスに同情する。
こんなぶっ飛んだ執事と毎日暮らしていたのだから、心労も相当なものだろう。ひょっとすると彼はこの人から逃亡したのかもしれない、という根も葉もない予感がカナリアの中に生まれたのは気のせいでは無かった。
馬車に乗り込むと既に一人乗客の姿があった。
供用馬車はここからいくつかの街を経由してラグネへと向かう。実際全て同じ馬車で行ける訳ではないが、運営するのは同じ商家の者だ。供用と言っても庶民の使う馬車ではない。中流階級以上が使う程度の良いものだ。左右にある座席は少しでも快適な様にクッションを付け、周りにはそれらしい装飾が施されている。
普段ならば滅多なことで馬車は使わないし、使うとしてももっと安価な馬車を使うのだが仮にもハマール家の人間がそんなものを使う訳にはいかず、ここはルースに従うことにした。
乗客はどうやら女性のようだったが、フードを被り、こそこそと隠れるように馬車の隅に丸まっている。
ルースは少し首を傾げた。
「おや、この馬車には護衛がないですね」
通常この手の馬車には盗賊対策に護衛が同乗しているものだ。
その姿が見あたらず彼は少し不安そうな表情を浮かべた。
「いざとなれば俺が戦えるから大丈夫だよ」
「ですが万が一にもあなた様にケガなどあったら・・・じいは、じいは・・・!」
「いちいち迫るな!」
「あ、あの・・・」
女が顔をおずおずという。
必死にフードを引っ張って顔を隠そうとしていた。
「その、護衛は・・・私なんですっ!」
「あんたが?」
カナリアは彼女の方を見る。
とても護衛が出来そうな人には見えないが、戦闘となると正確ががらりと変わる人間も何人か見ているために不信感は無かった。
だが、彼女は彼の視線を不審と不満の目と感じてしまったようだ。
突如怒濤の様に謝り始める。
「す、すみません! すみませんっ! 私のようなものが馬車にただ乗りしてラグネに行くために護衛なんかしてしまってすみませんっ!」
「いや、謝らなくてもいいから! っていうか、俺にそんな告白されても困るし!」
「おお! 早速ご婦人に愛の告白をさせてしまうとはさすが若様!」
「愛の告白じゃねぇ!」
「すみません、すみません!! 勘違いさせてしまって申し訳ありません!」
「だから俺に謝るなって! ・・・くそ、マジで前途多難」
がたん、と音を立てて馬車が走り始める。
振動でよろめいた彼女のフードがふわりと外れる。初めて素顔を見ることになった男性陣はその容姿にぎょっとする。
「あ、あんた」
「ぎゃー!! すみません! こんな醜い姿をさらしてしまい申し訳ございません!」
「いや、醜いなんて・・・」
醜いどころか、綺麗すぎた。
金色の髪に宝石のような緑の瞳。真珠の様に輝くような肌。整った顔。好みか否かは人それぞれだろうが、よほど外れた美的センスの持ち主でもない限り彼女を美女と評価するだろう。
驚いている彼の様子を完全に別の意味に取り違えた彼女はわたわたとフードを直し始めた。
「醜いどころではなくもはや嫌悪を覚える程の!? すみません! すぐあなた様の目に触れない様に致しますので! どうぞ命だけは・・・ガタガタ」
「ガタガタって口で言ってるし!」
「私どもは命をお取りするつもりなんてありませんよ。むしろあなたは美人・・・」
「そんな無理に褒めて下さらなくても! いいんです、分かってます。以前絵描きに絵を描いてもらった時、この世のものとは思えない顔で森一つ吹き飛ばしてしまうほどの破壊力があったんです! ですから・・・ですから分かっているんです」
彼女の美的感覚がおかしいのか、絵描きが彼女を書くことが出来なかったか。あるいは、絵描きが抽象画を描いたか。可能性はいくらでも考えられるが、自分が不細工だと思いこんでいる彼女には何を言っても通じそうにない。
ふと、カナリアは以前会った亜精霊種の事を思い出す。
リーティアは弟共々随分と個性的な感覚を備えていた。ひょっとしたら、あの一族の誰かが彼女の絵を描いたのかもしれない。
「その絵描きって・・・・ん?」
彼は険しい表情で外を睨んだ。
「どうかされました?」
「え、私、また、何かしましたか!?」
「静かに」
カナリア彼らを制して外の様子を窺う。
がたがたと揺れる馬車の音に混じり、遠くから何かキリキリという音が混じってくる。
矢をつがえた時の独特の音。
「伏せろ!」
叫んでルースと女の頭を床ギリギリまで押し下げる。
ひゅん、という鋭い音。
はめられたガラスが割れ、馬の嘶きが響く。
馬車が大きく揺さぶられた。
ごん、という音と共に、ルースの悲鳴が聞こえたが無視をした。
何者かに襲われたのは明白だ。馬車が襲われた場合、盗賊と思うのがセオリーだ。しかしまだ街から出て間もない。盗賊にしては随分と街に近い位置で襲ってきている。
普通なら乗っている者を全員殺害し、後からゆっくりと金品を強奪するために、街の応援が駆けつけにくい場所で狙うのが普通だ。そして、こんな少人数しか乗っていない馬車を襲うことも少ない。護衛が乗っている可能性が高い以上、それを倒す労力を考えると割に合わないのだ。
(そうなると、可能性が高いのはエトス目的か)
ルースの話によれば部隊が何者かに襲われたという。
もしもその連中が彼らの生存を知れば再び襲撃してもおかしくはない。
むろんそれ以外の可能性も皆無ではないが、そう考えるのが妥当だ。
(なら、なぜ一気に決着をつけないんだ?)
魔法で馬車ごと吹き飛ばせば簡単なことだ。
だが、そうしないということは、他に目的があるということか。
カナリアはナイフを袖から引き出した。
「若様!」
「大丈夫だ。目的は知らないが、苦戦するような相手じゃない」
冷静に言ってみたものの、実際どうだか分からない。
矢を射た者は確かに未熟で気配も殺せないような相手だ。苦戦するようなものではない。だが、単独で襲ってくる事はまずない。すなわち、それは囮で他に気配を殺して潜んでいる連中がいるのだ。
これだけ完璧に気配を殺しているとなれば苦戦は否めない。
彼は息をぐっと飲み込んで馬車の外へ躍り出た。




