Story3 滅亡の系譜(5)
5 昔の秘密
「カナリアったら・・・お腹空いていたのかな?」
静かになった店内でぽつりとエリーが呟いた。
さすがに気落ちした風の老人は出直してくると宿泊先の宿に戻った。どっちにしても本人がいなければ話にならないのだ。
マスターは少し笑いをかみ殺した様子で答える。
「そう思いますか?」
「違うの? だってお腹空くと気が立って人に当たったりするでしょ?」
「確かにそうですね。でも、そう言うわけでは無いんですよ」
やんわりとした口調でマスターは言う。
エリーは首を傾げた。
「マスター何か知っているの?」
「彼の師である人から少し伺った程度です。彼が自分で言わないのでしたら私から話すような事ではありませんが」
「ししょーってモズさん?」
「知っていましたか」
「うん、前に少し。料理が下手だって事しか知らないけど」
「そうですか。確かに殺人的でしたよ、彼の料理は」
遠い目のマスター。
表情は笑顔のままだ。
虚ろな。
「た、食べたことあるの?」
「あります。そうですね、例えるとしたら‘ドキドキ☆ ひと夏の臨死体験☆’って感じの味でした」
「す、凄いね。そこまで言われると何か食べたくなってくるかも」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・良かったですね、モズがいなくて」
「ねぇ、その間と笑顔がすっごく怖いんだけど」
※ ※ ※ ※
「やる気無さそうな割に三倍速ね」
「こういう時の依頼は早く終わるんだよ」
アンナに呼びかけられ、彼は振り向かずに答えた。
依頼は思っていたよりも簡単に終了した。自宅に戻ったカナリアは軽く旅支度をしてドルシュまで向かうつもりだった。
一度引き受けた以上、最後までやり遂げるか、あるいは誰か信頼の出来る人間に引き継ぐのが彼のやり方だ。私情で依頼を蹴ることなんてできない。
「これからエトス捜索に行く。話は聞いているだろう?」
「ええ。けれど、残念ね、あなたに食べさせるタンメンはないわよ」
カナリアは苦笑いを浮かべる。
「・・・マスターが?」
「そうよ。私とノー娘。コンビで新境地にデビューよ」
「そうきたか」
マスターは仕事に関しては厳しい人だ。
こちらの事情を多少は把握しているであろう彼はカナリアが城に行きたくない理由の見当も付いているだろう。だからといってルース本人の前で出来ないと言い切った彼に、関連の仕事がこなせるとはとうてい思えなかったのだろう。
依頼はアンナとエリーに任せ、彼は外されたのだ。
その判断は間違っていない。
平等で冷静な人だと思う。
「口には出さないけれど、小鳥ちゃんに依頼を請けて欲しいのよ。だから私が説得しに来てあげたわよ」
「何かいちいち偉そうだな・・・って、どうしたんだ、お前のところの黒猫は!」
振り向いて彼女の頭の上に乗っている物体を見てカナリアは驚愕の声を上げる。
通常の倍以上に膨れあがったジェラートの姿。よく見るとまるで全身をアフロにしたように毛が縮れている。
「どうって、何が?」
「異常に・・・膨らんでいるような」
「ああ、これね。さっきマイタケを食べたせいよ、私が」
「それが原因!?」
マイタケから突っ込むべきか、アンナが食べたのに膨らんだのがジェラートと言うことに突っ込むべきか。
相手が彼女なだけに、どちらの突っ込みも有効ではなさそうだ。
「・・・・俺は、城には行かないぞ」
「行ってくれたらもれなくこの‘ふわふわもこもこのチョー可愛い☆ ジェラートさん’を付けるから何も怖がる事は無いわよ」
「まずその黒猫が怖いから!」
「あら、意外と臆病。そんなんじゃ虎の檻の中で一生遊んで暮らすなんて事出来ないわよ」
「したかねぇよ。・・・で、どこまで知っているんだ?」
アンナはシャンプーをするようにジェラートをもみながら答える。
「ネコ科の動物で大きいもので体重が280キロ近くあるらしいわ」
「虎のことじゃねぇよ」
「分かっているわよ」
ベッドに腰を下ろし、黒猫を膝の上に置いた女は嘆息するように息を吐いた。
窓辺に寄りかかってカナリアは彼女の方を見る。
彼自身、自分のことをよく知っている訳ではない。幼い頃の記憶は曖昧で断片的な事が多い。モズや、その前に世話になっていた老師に聞いてそうなった事情や真相を自分なりに推理した程度の事なのだ。
マスターはモズの古馴染みだったから、ある程度の事までは知っている。だが彼女はどうなのだろうか。情報収集能力に長けた人だ。マスターが喋らなかったとしても知っている可能性だってある。
「あなたのことなら何でも知っている、と言いたいところだけどね、私は何も知らないわ」
「そうか」
「昔は泣き虫だったとか、女の子みたいに可愛かったとか、闇市で迷子になって売り飛ばされそうになったとか、そのくらいしか知らないわよ」
「うわぁ、知られたくない奴に過去の失態を知られたよ」
アンナはにこりと笑う。
「大丈夫、それで脅して実験台になってもらおうって計画立てているから」
「大丈夫じゃねえな、それ」
お先真っ暗。
激しい頭痛に頭を抱える。
彼女は真顔(?)に戻って言う。
「冗談はともかくとして、あれだけ派手な活動している割に小鳥ちゃんの生態は謎に包まれているのよね。原因はおそらくあなたの師匠だけど」
「出生とか言えよ」
「もずもずのウハウハ隠蔽大作戦☆ のせいで私がこんなに苦労するとは思っていなかったわ」
「何だよその作戦名は」
溜息と同時に肩の力も抜ける。
こうして彼女と話をしていると自分の悩んでいたことが馬鹿馬鹿しいことのように思えてくる。アンナの言動に癒されるのは重症である証拠だ。
本当はそこまで思い詰めるほど深刻ではないはずだ。いや、深刻なのは本当だ。けれどからこそ自分はこの国に留まっていたのだ。目的を果たすためには城に行く必要なんてないけれど、拒んで悩み続けるよりは今ここで解決してしまった方が容易い。
自分としてではなく、エトスとして行くのだから、もうこれは自分の心の問題なのだ。
彼は自嘲気味に笑う。
「分かったよ」
「何が?」
「その依頼請けるよ」
アンナは喜々として答える。
「あら、じゃあついに私の実験台に・・・」
「そっちじゃねぇよ」




