Story3 滅亡の系譜(4)
4 拒絶
「ああ、来ていますよ、エトスさんを捜して欲しいという依頼」
依頼書の束をめくりながらマスターは頷いた。
この辺り一帯の便利屋への依頼は銀の麦を通して行われる。そのほとんどをマスター自身が管理しているため、普通の便利屋達よりも彼の担う仕事の方が大きいだろう。酒場を経営しながらこれだけの仕事を捌ける人間はそうそういない。
カナリアやアンナが手伝いをすることはあるが、それぞれ便利屋と情報屋という別の仕事もあるために入り浸っている訳ではない。最近はエリーが店を手伝ってくれるので楽になったと言っているものの、彼女がこの店で役立っているのかは疑問だ。
カナリアは陶器のカップを置いて確認するように頷く。
今日はまだ仕事があるためにアルコールは飲んでいない。
「その仕事、俺が受けるからな」
「ルースさんに関わったから気になるんですか?」
「も、あるけど、他の連中が受ければ十中八九俺と間違うだろう。そうなったらいちいち対処が面倒」
「確かに」
マスターは口元に手をやった。
「お二人は・・・瓜二つですからね」
「笑うなら笑えよ」
必死に笑いをこらえている感じの彼もまたルースに例の肖像を見せてもらった口だろう。口角がふるふると震えているくらいならいっそのこと笑ってもらった方がありがたい。
彼は頬杖をついてあさっての方向を向く。
すかさずマスターが謝った。
「すみません、つい。でも、他人でそこまで似ているのは珍しいですね。血縁とか無いんですか?」
「どうだろうなぁ。実際に会ってみなきゃわからねぇ」
「・・・生きていると思いますか?」
「どうだろうな」
カナリアは微かに笑う。
おそらく普通の状態ではないが、エトスは生きている。あのエンブレムがきちんと形として残っているのが何よりの証拠だ。気になるのは光が緑色であったこと。通常の状態であれば色は青く輝くはずだ。
瀕死であるか、あるいは魔法にかけられた状況であるか。どちらにしても良くない状況であることは確かだ。
「今日の仕事が済み次第ドルシュの方へ行く。アンナにはハマール家の事を詳しく調べるように伝えてくれ」
「承知しました」
「マスター、カナリアこっちに来てる〜?」
大きな紙袋を抱えたエリーが店内に入ってくる。
その後ろからやはり大きな紙袋を抱えたルースが入ってくる。
「ええ、来ていますよ」
「ああ、良かった。ルースさんがね、折り入って頼み事があるんだって。これ、頼まれていた買い物」
「ご苦労様です。随分と多いようですが、頼んだのはレモン二つでしたよね?」
カウンターの上に紙袋を置くと、ルースもそれに習ってカウンターの上に袋を置く。衝撃でころりとレモンがこぼれた。
「八百八さんにオマケしてもらっちゃった☆ 多すぎて困っているところをルースさんに助けてもらったの」
マスターはにこにことルースに頭を下げる。
「それはありがとうございました」
「いえいえ、私も声をかけましたらカナリア様のご友人と言うことで泥船にのったつもりで大盤振る舞いでしたぞ!」
「いや、それ色々間違っているし。つーか、誰もこの八百八の異常さに突っ込みなしか?」
「おお、キレのいい突っ込み! さすがカナリア様!」
褒められても嬉しくないところで褒められて彼は微妙そうな顔をする。
しかも、彼の突っ込みがキレがいいかどうかも微妙なところだ。
「・・・で、頼みってのは何なんだよ」
「おお、そうでした。お美しい御髪に見とれて忘れておりました」
「え? 見とれてたの!? っていうか見れてたの!? その目で!」
「エリーさん、それは暴言ですよ」
ルースは彼女の暴言を気にせず続ける。
目が細い事に関して言われ慣れているのか、もう既に(エトスそっくりの)カナリアしか眼中にないのか。
とにかくルースは本当に気にしていないようだ。
「実は、あなたにエトス様の身代わりをして頂きたいのです」
「身代わり?」
「若様の身代わりになるのはあなた様しかいらっしゃりません! おおおおお、若様の替え玉とは淫靡な響き! じいは何だかぞわぞわしてきましたぞ!」
頬を赤らめるルースさん(58歳)血管が切れて今にもぶっ倒れそうな程に興奮している。
「それを言うならゾクゾクだし、お前のその反応間違っているぞ」
「ルースさん、鼻から血が出ているよ!」
「おお、これは失礼を! 興奮しすぎました!」
何をどう想像してそうなったのかは知らないが、カナリアはじっとりと嫌な汗をかく。
ルースはマスターから受け取ったタオルで鼻血を拭きながら恍惚の表情でカナリアを見つめている。
関わりたくない。
本能的に思ってももう遅いだろう。仕方なく話だけでも聞くことにした。
「んで、何でまた身代わりなんか。生きているなら探すのにそんなに時間はかからないと思うが」
「それが、そうもいかないのです」
「何で?」
「実は事件の報告もかねて今月中に陛下に謁見せねばならないのです」
「・・・ハーレルに?」
「そうです! しかも陛下直々に個人的な会食に誘われております。これは先代の時には叶わなかった悲願・・・ああ、だから若様は素晴らしい!」
王の血縁とはいえハマール家は軍人の家柄。色々な貴族達を集めた晩餐会やパーティーなどならともかく、個人的な会食に誘われるというのは確かに先王の時代には滅多にないことだった。
現在の王ハーレルは国が大きく傾いている時期に貴族達特権階級が無駄な時間と金を使わないようにと、そう言った大々的な催し物は先王の時代の半分以下までに減らしている。
当然起こる貴族達の反感や不満を和らげるために、ハーレルは個人的な会食を増やしているのだが、ルースにしてみれば誘われた事が重大であってその希少価値などどうでもいいようだ。
悦に入ったルースをカナリアは冷たく睨んだ。
「そんなもんは体調が優れないとか適当なこと言って断れよ」
「なんとおこがましいことを! 若様が約束を違える男と思われても良いのですか! それは頂門の一針ですぞ!」
「そんなの俺には関係ない!」
また微妙に間違ったルースの言葉にカナリアからの突っ込みはない。
その代わりに怒号のような声が響き、一同は驚く。
彼は怒るという意思表示はきちんとする人間だが、こうして声を荒げることなど滅多にない。
おそるおそるという風にエリーが問う。
「どうしたの? カナリアがそんな風に言うなんて珍しい」
彼は決まり悪そうに俯く。
「・・・・、悪い。だけど、その仕事は受けられない」
「何かあるの?」
「俺は城には行けない。個人的な会食なんてもっての外だ」
彼が仕事を拒否することも珍しい。
元々何でも引き受け、何でもこなすから彼は掃除屋と呼ばれるのだ。よほど無茶な仕事でない限りはスケジュールさえあえば引き受けてきた。
最近この酒場で手伝いをしていたエリーはそのことをよく知っている。
彼女は首を傾げた。
「ひょっとして昔悪いコトして捕まったことがあるの?」
「エリーさん」
それ以上聞くな、と言う風にマスターが止める。
カナリアはうつむいたまま答えた。
「そう思ってくれて構わない」
がたり、とカナリアは立ち上がる。
普段とは明らかに様子が違う彼に誰も何も言うことは出来なかった。
カナリアはそのまま酒場を後にした。




