Story3 滅亡の系譜(3)
3 恍惚の人
「若様・・・お会いしとうございました」
老人がよろめく足取りで三人の元へと歩いてくる。
椅子にぶつかり
しきりを倒し、
最後はゴミ箱に足を突っ込んで激しく転倒。
そのあまりの凄まじさに声をかけるのすら忘れカナリアはのぞき込んだ。刹那、老人は鼻水と涙と鼻血でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。
何とも嬉しげな表情で。
(うわぁ・・・関わりたくねぇ)
本能的に変人と悟ったカナリアは慌てて身を引いた。
しかし、老人はしっかりと彼の手を握りしめる。
何故かしっとりとした手で。
「若様ぁ、お怪我はありませんか!」
「あんたこそ大丈夫かよ!? 特に頭」
「幸いじいやはこの年でもふさふさでございますぞ!」
「いや、そう言うことではなく!」
自らをじいやと呼んだ老人は‘何故かしっとりした手’でカナリアの顔やら髪やらを触りまくる。
ぞわり、と鳥肌が立った。
「お、俺はあんたに若なんて呼ばれる覚えはねぇぞ」
「何をおっしゃっているんですか! 世の中ラヴ&ピースですぞ!」
「あんたこそ何をおっしゃっているんですか」
転んだ拍子に頭を強打したのだろうか。
あまりにも頓狂な受け答えに狼狽える。
「じいがあなたを見間違う訳がございません。ああ・・・白く透き通るような肌、宝玉のような瞳・・・美しくウェーブする漆黒の髪・・・今日もじいやの心を鷲づかみんぐ☆」
五十も過ぎたおじいちゃんに、ペ○ちゃんの様なキュートな顔でウインクされても。ねぇ。
「凄い勢いで褒めているな。このただのちぢれ頭を」
「黙らぬか! エロメガネ! このお方をどなたとヨーソロ!」
「どうしてその文脈からヨーソロが出てきますの!?」
「エロメガネ・・・」
完全に無視をした老人はテンションを激しく上げていく。
「恐れ多くも先の副将軍水戸光・・・・ぐはっ!」
飛んできたメスを額に受け、老人は後方に倒れる。
何かを成し遂げたような清々しい笑顔でマリンが笑う。
「いやぁ、間一髪だったな! 著作権法に引っかかるところだっただろう?」
「お前・・・さりげなく暴言に関して制裁を加えただろう」
「何のことだ? ああ、今日も良い天気だなぁ」
「・・・恐ろしくどんより曇ってますわよ」
局所的にどんよりと。
その中でマリンだけがきらきらと輝いている。
こんなにすっきりとした表情のマリンを見るのは久しぶりだ。
それはともかくとして、とカナリアは頭にメスを喰らった老人を見る。
(これは・・・完全に死んだだろうな)
病院で病気とか関係なく死人が出るなんて、世も末だ。しかも医者自らとどめを刺すという念の入れよう。
「うーん、どう始末するか・・・」
倒れた老人の脇にしゃがんで彼は刺さったメスを引き抜く。
瞬間、老人が勢いよく半身を起こした。
「おお! 若様自らじいの心配をして下さるなど、何という幸せ!」
「う・・・! 生きてたのか!」
「当然だ。医者が人を殺す訳ないだろう・・・・ちっ」
普段通りに戻ったマリンは黒い顔で舌打ちをする。
さりげなく聞き流して、と言うよりは老人が激しく迫ってきたために突っ込みを入れることが出来なかった彼は顔を近づけてくる老人を何とか押しやる。
「何を勘違いしているか知らないけどな、俺は若でも光圀でもないぞ」
「何と! まさか若様記憶喪失に!!」
「違うだろう」
※ 誤解が解けるまで三十分ほどお待ち下さい。
誤解が解けたところでカナリアは軽く話を整理した。
ハマール家の当主であるエトスはシェラン王ハーレルの命令で近頃アインハイトや近隣の国で起きている「切り落とし」と言われる事件を調べていた。人や亜精霊種の手足などを切り落とし、持ち去る者がいる。犯人を見つけ出し拘束、あるいはその場で処刑しろ、というのが命令だった。
軍頭としてエトス、補佐役として執事のルース(老人の名前)が付き五十人ほどの部隊でレバンの北側に位置する要塞都市ドルシュを訪れていた。
ところが、駐屯地を定める間もなく部隊は何者かに襲われ全滅する。
残されたエトスとルースは必死に逃げるも、執拗に追いかけてくる者によって再び襲われ、ルースは彼とはぐれてしまう。
エトスを捜し三日。
彷徨った挙げ句辿り着いたのがレバンの外れ。行き倒れ、リン診療所に運び込まれることになったのだ。
「取り乱してしまいまして申し訳ございません、カナリア様」
「分かってくれたなら良い。・・・その、様ってのは止めてくれよ」
「はい、カナリア様」
「いや、だからさ・・・ま、いいか」
もう突っ込みを入れすぎて疲れ果てていた。
これ以上突っ込みを入れても話が滞るだけなので諦める。
「ところで、そのエトスさんはそんなに似ていますの? これに」
「これとか言うなよなー」
ルースはマリンによって付けられ、マリンによって治療された額を撫でながら答える。
「はい、それはもう。未だに若様で無いというのが信じられないくらいに! おお、そうでした、私エトス様の肖像を肌身放さず持っておりましたぞ!」
そう言って老人は首から下げているロケットを開いて見せる。
中に描かれた肖像は貴族の青年が薔薇を一輪持った肖像画だった。小さくてはっきりと見ることは出来ないが、その外見は確かにカナリアに似ている。
目に見えて笑いをこらえている感じのキッシュがふるふると震えながら呟く。
「こ、これは本当に・・・」
「何だよ」
「う、胡散臭い感じがそっくりですわ」
後方でぶふっ、と奇妙な音がした。
マリンが明後日の方向を向いて肩を振るわせている。
「お前ら・・・・」
自分でもそう思ってしまったために、彼らに激しく突っ込めない。
ブルーだった。
肖像画の青年の瞳も、カナリアの気持ちも。




