Story3 滅亡の系譜(2)
2 若!
リン診療所を訪れると、すぐに寝台に座るキッシュの姿が目に入る。
元来触診のために使われる寝台は彼女によって大きなソファの様になっている。
今日はいつもの「戦闘服」ではなく、黒いベロア調の生地に赤い薔薇の刺繍を入れたフレアのワンピースドレスを着ている。刺繍の部分が大きいために赤いドレスのように見えた。元の生地がつややかなためにいつにも増して派手だ。
診療所にいるのは不自然な雰囲気を醸し出す女だが、見慣れているために違和感は覚えなかった。
「あら、カナちゃん、ごきげんよう」
アンナと同じ口調で挨拶をされ、カナリアは吹き出す。
「その挨拶流行っているのか? 今日は珍しい格好しているんだな、キッシュ」
「あはん、ごめんなさい、パジャマ姿のままで」
「お前、それパジャマなのかよ」
どう考えても貴族のパーティに行く時の格好だ。
「私としては何も付けなくてもよろしいのですけど」
ちらりと彼女は弟の方を向く。
仏頂面で何かを書いている男は彼女をちらりとも見ずに答える。
「目障りだから止めさせた」
「まぁ、暴言ね、失礼だわ」
「うーん、俺は良いと思うんだけどなぁ」
ぽつりと言うとキッシュは揶揄するように笑う。
「あらん? 問題発言? エリーちゃんが聞いたら何と言うかしら?」
「お前・・・いくら女に飢えているからと言って、これに手を出すなど酔狂にも程があるぞ」
「いや、今の良いと思うは‘姉弟ではっきり言い合えるのはいいな’にかかるのであって、キッシュが寝る時に・・・っていうか、何でそこでエリーが出るんだ?」
「んふ、カナちゃんも男の子ね」
喜々として言われカナリアは溜息をつく。
どうも今日はそう言われる運命のようだ。にべもなく変態扱いするエリーよりはこの姉弟の方が些かマシだろう。
「で?」
「・・・で?」
「何か用があって来たのだろう? それともまた怪我でもしたのか?」
一段落が付いたのか、マリンは書く手を止め振り向く。
ようやく目的を思い出した彼はにやにやと笑いながらマリンに例の包みを手渡した。
「アンナからの差し入れ。畑でとれたんだってさ。カボチャ」
「・・・うわっ! 何だこの前衛的な形のカボチャは!」
「え? 私にも見せて・・・きゃあ! 何ですの、この恥ずかしい形のカボチャ!」
自分がしたのと全く同じ反応を示す二人にカナリアは笑う。
放送の都合上モザイクのかかった「とても個性的な形のカボチャ」を凝視したマリンはぽつりと疑問を漏らす。
「・・・食べられるのか?」
あのアンナがお土産に持たせたものである。
こんな形をしていれば疑うのももっともだ。
「同じ種からとれたものを孤児院に届けるって言っていたから、大丈夫だと思うぞ」
「まぁ、アンナちゃんがいくら湾曲した性格の持ち主でも、子供達には手出ししませんものね」
「湾曲って・・・」
言い得ているだけに笑えず、カナリアは失笑する。
「お前、女の子が好きとか言っている割に、彼女に対して酷い言い草だな」
弟の突っ込みに「そうなんですわよね」と溜息をつく。
「自分でも不思議なのだけど、アンナちゃんは可愛らしいのに何故か食指が動きませんの」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・うっ、何だか色々と寒気が」
知らなくても良い部分を垣間見てしまった気がして彼は鳥肌の立った腕をさすった。
彼女が見かけ通りの年齢でなくても、百歩譲って人間で無かったとしても本人から告白されれば「やっぱり」で済ませられる。だが、こうして疑惑の念を抱くとどうしてこうも禍々しいものを感じてしまう。その上そうだと仮定すると、キッシュは本能的に悟ったことになる。
それはそれで恐ろしい。
「ああ、そう言えば、カナちゃんに見て欲しい物がありましたの」
「うん?」
見上げると、キッシュは赤褐色のエンブレムを見せる。
カナリアはそれを受け取って確認をする。
マントを止める丸いエンブレムだが、そこには階級を示す絵が彫られている。彫られているものと色から察するに、持ち主はシェラン王国の貴族かそれに近い階級に属する人間だと推測出来る。
裏に示された文字を見てカナリアは確信した。
「ハマール家のものだな。こんなものをどこで?」
「昨日ここに運ばれた男が持っていたものですわ。・・・本物だと思います?」
彼は気付かれないようにエンブレムの裏をそっと撫でる。
指先の触れた場所に緑色に光る文字が記される。古いネセセア文字で「エトス」、それが持ち主の名前だろう。ハマール家は王家の血縁にあたり子が生まれるとその名と階級を示したエンブレムが王から直接渡される。偽造されたものであればこの文字は記されない。すなわち、これは本物であるということだ。
彼は頷く。
「十中八九間違いなく」
「そうですか。調べましたところハマール家は軍人の家柄。先王フェネルの時代に起こった戦争でほとんどの者が亡くなり、現在は二十五歳の当主エトスのみ」
「だが見つけられた男は五十代後半くらいの老人だ」
「いきなり随分と歳喰ったもんだなぁ。よほど怖い目にあったのか?」
「その可能性もあり得ますわよ、実際その老人は怪我を負っていた訳ですし」
ボケたカナリアに乗るキッシュ。
たまらずマリンが突っ込みを入れた。
「いや、いくら何でもその変貌はないだろう。・・・くそっ、こんなところでベタな突っ込みを入れるなんて」
不覚というよりは屈辱的な表情を浮かべマリンは額に手を当てた。
普通に考えれば、その老人が盗んだかエトスの身に何かあったと考えるのが妥当だ。後者の場合、老人はハマール家の使用人と考えるのが正しい。
「ともかく、その老人に話を聞かなければ始まらないな。病室の方に?」
「ああ、麻酔で眠っているが」
「ふーちゃんったら麻酔が効いていることを良いことに、彼を裸にしてあんな事やこんな事を・・・」
あること無いことを言い出したキッシュをマリンは睨み付ける。
いくらカナリアが冗談の分かる人間でも、そんな事を吹き込まれるのはプライドが許さないらしい。
「俺は十五歳以上には興味はない!」
「いや、突っ込むところはそこじゃないかと・・・つーか、そんな堂々と言われても」
「私は純情可憐なら二十五歳までよろしくてよ」
「黙れ変態!」
「何ですって! お姉様に向かって変態なんて失礼よ、××××のくせに!」
「あ、いや・・・キッシュその発言はヤバイって。本当の事でも」
「お前、知らないくせに勝手なことを。××××かどうか、見てみなければ分からないじゃないか!」
「うわっマリン、お前まで! ・・・寝不足か? お前寝不足でテンションが」
よく見ればマリンの目の下には隈。
普通の状態ではあり得ない発言にさすがのカナリアもたじろぐ。
「この俺がたかが三日の徹夜如きでハイになる訳がなかろう! 待っていろ、今証拠を・・・」
「わ、分かったから、落ち着け、服は脱ぐな! おい、キッシュも止めろよ」
「おほほほ、弟の裸なんてリンゴの皮むきと大差ありませんわよ」
「比較対照が間違っているだろう! お前ら姉弟はどうしてこう・・・」
ばたん、と突然診療室と病室を繋ぐ扉が開く。
立っていたのは五十代後半くらいの目の細い男。開いているのか閉じているのか分からない目でじっと三人(のうちの誰か)を見つめ、やがてはらはらと大粒の涙を流し始める。
「若!!」
「バカ?」
「変態の間違いだろう?」
「おほほ、この状況下で誰が一番変態にみえるのかしらね」
男の服を脱がしているのか着せているのか分からない微妙な位置で止まっているカナリアが、一番変態に見える。




