表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カナリア  作者: みえさん。
挿話 睡蓮
20/72

   睡蓮(6)

   六話 花は散る





 不安が自分の中にあった。

 薄暗い廊下を走り抜け、両親がいるはずの寝室へと急ぐ。

『お父様、お母様!』

 勢い良く扉を開いた少女は横たわる両親の姿を見た。傍らには血に濡れた赤い剣を握る男がいる。

 闇を落としたような深い黒髪の男。

 彼は振り向き、剣を降ろした。その目には悲哀の色が浮かんでいる。

『・・・助けられなかった。すまない』

『そんな・・・』

 男の足下には仮面をつけた男の死体が転がっている。

 黒髪の男も、仮面の男にも彼女は覚えがなかった。

 ただ、本能的に、両親を殺したのが仮面の男であり、それを殺したのがこの黒髪の男であることを悟った。

 黒髪の男は膝を折り、彼女の肩を揺すった。

『あの人は、彼女はどこにいる?』

 すぐには答える事ができなかった。両親が死んでしまったこと、これから起こる事が恐ろしくて彼女は答えることが出来なかったのだ。

『頼む、教えてくれ、手遅れになる前に。あの人はどこにいる?』

『あの、ひと?』

 呟いて、彼女は誰の事を言っているのかに気付く。

 キンレンカの事だ。

 彼女は、誰かに連れさらわれた。

 突然、仮面の集団が入ってきて彼女を無理矢理連れて行ってしまったのだ。

 泣きながら訴えると、黒髪の男は顔を覆う。

 間に合わなかったのか。

 そう、男は言った。

 大人の男の人が、こんな風な表情をするのを初めて見た少女は一瞬泣くのを止めて男を見た。

 白髪交じりの男だった。大量に返り血を浴びているために深い黒のように見えていたのだ。男は体中傷だらけで生きているのが不思議なくらいに見えた。

『おじさん・・・』

 誰?

 と、聞きかけて少女は後退った。

 男も顔を上げる。

 暗闇の向こう側で何かが動いた。

 逃げなさい、と男は彼女に囁いた。

『弟を連れて逃げなさい。守ってくれる両親はもういない。弟を守り、生き延びろ』

『で、でも・・・』

 男は剣を構えた。

 眼前に水平に剣を構える独特な握り。

 少女を庇うように立ちはだかって。

『守るために、逃げろ』






 思い出した。

 あの時、何が起こったのか。

 どうして忘れていたのだろう。

 どうして、自分を助けてくれた人のことを仇だと思い続けてしまったのだろう。

 耳をつんざくような激しい雷撃の音と激しい光の中、シュリーは古く間違った記憶が次第に明確な物に変わっていくのを感じていた。

 罪悪感があったのだろう。

 両親を守れなかったこと、恩人を置き去りにして逃げてしまったこと。だから彼女は誰かを仇と思うことで自分を救おうとしていたのだ。

 あの日、唯一鮮明だった男の事を「仇」と思い。

(では、本当の仇は?)

 あの時自分はもう一人見たはずだ。

 それは、茶髪に碧眼の男。

 スイレン。

「・・・ホント、お前生意気」

 忌々しげに吐き捨てるスイレンの顔は半分が血で汚れている。血に邪魔されて左目は閉じかけ、今にも崩れ落ちそうな程に姿勢が低い。

 彼と対峙するカナリアはもう立っていることすら出来ない様子で地面に膝を折っている。その表情はうかがい知ることは出来なかった。

 何が起こったのかシュリーには分からない。

 ただ、大地に紫電が落ちた気配は無かった。

 憎しみに満ちたスイレンの表情がやがて何かに気付いたように驚愕の色を帯びる。見開かれた右目は蒼く色を戻し、カナリアの方を見ていた。

「そうか! お前、あの女の」

「何の・・・話、だ」

「しらばっくれる気? それとも本当に知らないの? まぁ、どっちでもいいけどね。あの女はあの人が手に入れたんだから、お前の存在なんて些細なもの。うん、だけど、殺しておいた方が正解だよね?」

 誰に問うわけでもなく、彼は呟いた。

 どこにそんな力が残っているのか、彼は手のひらに光る剣を創り出し重い足取りで男はカナリアに近付く。

 彼は動かなかった。おそらく、もうそんな余力は残っていないのだろう。キッシュは鎌を握り直しスイレンの方へ向かって走った。

 死なせてはいけない。

 あの時は逃げるだけだったけれど、今は戦う力があるのだ。復讐の為ではなく、カナリアを生かすために。

 反射されても、はじき飛ばされても、やるだけのことはやりたい。

「あなたの相手は私ですわ!」

「・・・!」

 スイレンがこちらを向いた。

 強風がシュリーの身体を高く巻き上げる。

 それでも彼女の瞳は男を捕らえていた。

 上空から見えたのは、男の後方に立つ金髪の姿。その手には剣が握られており、剣はスイレンの身体を貫いていた。

 風が弱まり、彼女の身体は地上へと落ちる。

「首を落とせ!」

 トキが叫ぶ。

 本能的に彼女の身体が動いた。

 鎌が、スイレンの首を捕らえる。

 青い目が、彼女を睨んだ。

 人の首が空中を舞った。






「大丈夫ですの、カナリア」

「てて・・・傷口が開いた」

「全く無茶するからだ。お前師匠そっくりだな」

 揶揄するようなトキの言葉にカナリアは声を立てて笑った。

 思っていたよりも彼の傷は軽い。丈夫なのか、それとも最初から命に関わるような攻撃が無かったのか。

 トキと共に彼を立ち上がらせながら彼女は怪訝そうに彼を見た。

「あなた、何をしましたの?」

 紫電が二度とも失敗したとは思えない。あの一瞬の間で、彼は何かしたはずなのだ。おそらく一度目も彼が何かをした。

 誤魔化すように笑う彼は「魔法だよ」と答えるが、シュリーは納得がいかなかった。ただの魔法ではかたづけられないような気がした。

 だが、怪我人にこれ以上追及するのは酷だ。それ以上は何も聞かずにおいた。

 それよりも、とカナリアは話題を変える。

「その髪、悪かったな」

「髪?」

 言われてようやく房の無くなった髪のことを思い出す。

「あなた私を殺そうとしておいて」

「俺はお前に確約をもらいたかっただけだ。いくら悪辣な奴でも、ああいうやり方で殺さないで欲しいってな」

「国民に英雄視されている私が殺されれば混乱が起きるということ?」

 それはスイレンが言っていたことだ。

 トキは軽い調子で笑う。

「それもあるだろう。だが、一番は国民に人を殺して目的を果たすと言うことを覚えさせてはいけない。この国は王が法だ。今は内政を正すことで手が回らないが、いずれはハーレル王が裁きを下す。それまで堪えてもらえなければ、もっと多くの人が苦しむ事になるんだよ」

「・・・そしてこの国にとって王は・・・その血脈は失ってはならないものの一つ。戦いを覚えた民衆は王すら殺すだろう。そうなればこの国は滅びるより他がない」

 最後の下りは意味が分からなかった。

 ただ、そこには他国の者が干渉してはいけない何かがあることを感じた。

 シュリーは頷く。

「約束、しますわ」

 自分がしてきたことが、敵討ちには無意味なことだと分かったからもうしない。それに敵討ちはもう終わってしまった。

 達成感などない。

 だが、ずっと抱き続けていた罪悪感はもうない。

 やることは無くなってしまったけれど、それはこれから見つければいいこと。

「なぁ、シュリー」

「・・・キッシュ、でよろしいですわよ」

「うん、ならキッシュ」

 カナリアがだるそうな声で言う。

 足下はおぼつかない。

「レバンで掃除屋やらねぇ? 俺の他に腕の立つ奴がいる方が助かる」

「それは・・・」

 そう、それも良いかもしれない。

 シュリーは気のない風の返事を返す。

「・・・・考えておきますわ」

「そうか・・・」

 彼は呟いて目を閉じる。

「カナリア?」

 問いかけても返事はない。

 一瞬、青くなりかけるがすぐに気付く。

 トキがカナリアに肩を貸したまま笑う。

「寝たな」

「何なんですの、この人は!」

 呆れた風に彼女は叫んだ。

 どうやら自分は随分と癖のある人間に関わってしまったようだ。

 だがそれも良いだろう。

 その方がずっと楽しめる。

 彼女はようやく自分の人生を歩き始めたところなのだ。





 街に向かって歩き出した彼らの見ていない場所で、胴体と首の切り離された死体がゆっくりと灰色に変わる。

 それはまるで砂で出来た彫像のように姿を変え、吹く風に流され形を失った。




 誰も見ていない場所で、ゆっくりと。






                 「睡蓮」    了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ