睡蓮(5)
五話 悪魔のような男
「お前なんつー奴信じているんだよ」
呆れたようにカナリアが非難する。
「仕方ないだろう。こっちに流れてくる情報が乏しいんだ」
「だったら俺に依頼すればいいだろう?」
「どこにいるか、分かんなかったんだよ」
「師匠といた時と一緒だよ。レバンを拠点にしているって、師匠が知らせただろうが!」
「俺がそんな大昔のこと覚えている訳が無いだろう!」
「威張って言うことか!」
「あの・・・論点ずれていますわよ?」
指摘されて黒鳥は息を吐いて髪を掻き上げる。
青い瞳が星を散らしたように揺れている。
不思議な瞳だ。
「ともかく、だ。ハギという男を捕まえよう。今の攻撃もそいつの仕業かもしれない」
「そう言うことならば俺の部隊を使え。俺が仕込んだ連中だから、優秀だぞ。今呼び寄せ・・・」
言い差して、男は表情を険しくさせた。
トキの瞳がシュリーの武器を確認して次いでカナリアの方に向けられる。
笑ったのか呆れたのか、微妙な表情を浮かべて彼は自分の腰に下げた二本のうち一本をカナリアの方に放る。
「使え。・・・嫌なこと思い出すから嫌だとかぬかすなよ」
「分かっているさ。俺だって状況を読めない訳じゃない」
「上等だ」
「・・・・どうしましたの?」
問いかけたものの、彼女はすぐに気が付いた。
すぐ近くから、殺気にも似た鋭い気配がする。それはまるでこちらに居場所を伝えるかのような気配。
あの時と同じ。
両親が、殺された時と同じ気配。
戦いに慣れない子供の自分でも分かるほどの禍々しい狂気のような気配。追って、辿り着いた先には横たわる両親の骸と、傍らで赤く染まった剣を握る黒髪の男。独特な剣の構え方。
その男が、何かを言った。
覚えているのはそれだけだ。
気が付くと自分は弟の手を引いてアルバーグから離れているところだった。
あの男が両親を殺した。
そして今、それと同じ気配を感じている。
あの時と。
がさりと、茂みが動いた。
構える彼女の目の前に出てきたのは、鎧を着た兵士。
「・・・・副・・・長」
目を見開いた兵士は、トキを呼び、そのままの姿勢で倒れた。
背には剣が突き立てられている。
「!」
「トキ!」
駆け寄ろうとする金髪を黒鳥が止める。
倒れた男の真後ろに、もう一人男が立っていた。
見覚えのある茶髪の男。
薄笑いを浮かべた、
「・・・ハギ」
「ああ、姉さん、生きていたんだね」
男は人の良さそうな顔で笑みを浮かべている。しかし、その表情に感情は込められていない。作った笑顔。普段の彼とは違う。自分の心配をしてくれた彼とは違う。まるで悪魔が人を嘲笑うかのような冷たい笑い。
「心配したんだよ」
「よくもそんな・・・言えたものですわね」
シュリーはハギを睨む。
彼は肩をすくめた。
「本当に心配していたんだよ。ちゃんと死んでくれたかどうかってね」
「貴様・・・一体何の目的で・・・」
「決まっているじゃないか。王の盾に英雄を殺させたかったんだよ。この国の人は、萎縮して動けなくなるか、大反乱になるか、どっちだろうね?」
「貴様!」
トキが跳躍した。
抜きはなった剣でハギに切りつける。
しかし、
「甘いね」
ハギがにやりと笑った。
その蒼い瞳の奥が、闇色に染まる。
刹那、男の巨体が見えない力によって吹き飛ばされた。
ぞくりとした。
男は呪文を唱えていない。
呪文を専門に学んだ訳ではないから、一瞬にしてここまで組み上げられるのかどうかは分からない。だが、尋常ではない力を感じた。
シュリーは今まで味わったことのない恐怖を覚える。自分の今対峙している男は、信じられない程の力を備えている。
十中八九間違いなく普通の人間ではない。
鎌を持つ手が震えた。
ハギが楽しそうな笑みを浮かべる。
「その構え方、懐かしいね」
彼の瞳はカナリアを見ていた。
カナリアは剣を抜き構えている。
眼前で水平に構える独特な剣の型。
あの男と同じ。
「モズ、っていったっけ? あんた、あの男の徒弟か何か?」
「・・・・師匠を知っているのか」
「ふぅん、鳥の徒弟は鳥か。でも、あんたは雑種だね。剣の扱い方が下手そうだもん。あの時は負けたけど、あんたには負けそうにないね」
「お前は誰だ!」
カナリアが叫ぶ。
ふっとハギの姿が消える。
「スイレンだよ」
カナリアとシュリーとの間に彼が姿を現す。
反射的に彼女は鎌を振った。
それは虚空を薙ぎ、振り終えた刃先にハギが乗る。
「ハギ!」
シュリーは忌々しい想いで男を睨む。
「スイレンだってば」
笑って高く飛び上がる。
今まで彼がいた場所をカナリアの剣戟が通り過ぎる。
シュリーは刃に魔力を込めた。
「止せ!」
「この・・・・!」
慌てて止めたカナリアの声は、彼女に届かなかった。
彼女の鎌から鋭い牙のような風が産まれる。
それは、男を狙って真っ直ぐに飛んでいく。完全にハギを、スイレンを捕らえているように見えた。
この距離で、あのスピードで、避けきれる訳がない。
当たる。
思った瞬間、彼女は強く後ろに引っ張られる。
自分の手を引く金髪の男。前方には黒髪の男が間に割って入ったのが見えた。
「きゃあ!」
彼女は強い風で後方に飛ばされた。
「うわっ!」
耳元でトキが呻くのを聞く。
何かに激突したような激しい衝撃があってようやく彼女たちは止まった。
自分の攻撃を反射されたのだと、すぐに気が付いた。
彼女は視線を上げる。
彼は、カナリアはどうなったのだろうか。
割ってはいたのならば、彼は再びあの攻撃を受けた事になる。あの傷で二度目ともなると今度こそ助からない。
しかし、
「うわぁ、よく生きているね」
激しい土煙が上がる中、彼は立っていた。
肩で息をし、満身創痍になりながらも彼は生きていた。
あの時と、同じだった。
「お前、雑種の鳥のくせして生意気」
始終笑顔だったスイレンから笑みが失われる。
男の瞳はもう青くは無かった。
白い部分までもが暗闇色に染まり、芯だけが造り物のように青紫色に輝く。
「しね」
空が、
スイレンが、
カナリアが、
街が、
全てが、
青紫色に輝いた。
 




