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カナリア  作者: みえさん。
挿話 睡蓮
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   睡蓮(3)

    三話 紫の雷撃




 指定された場所に向かうと男が立っていた。

 レバンの町外れ。遠くには街の明かりと空からは月の明かりが見えるが、それ以外に赤く照らす物はない薄暗い場所だった。

 暗がりのせいで顔はよく見えないが、黒っぽい衣服を纏った男だった。

 シュリーは鎌を握る手に力を込めた。

「あんたが、真紅のシュリーだな」

「・・・あなたが黒鳥ですの?」

 そうだ、と男は頷く。

 不思議な声をしていた。

 カナリアという名前ほど美しい声ではないが、濁ったようなものでもない。まだ若い青年の声にも、歴戦を勝ち抜いてきた武将のような重みのある声にも聞こえる。

 思っていたより若い。

 それが彼女の第一印象だった。

「単刀直入に言う。これ以上、民衆を扇動するのは止めて欲しい」

「どうしてですの?」

「危険だからだよ」

「あら、私の身を案じて下さるの?」

 もちろんそうではないことは分かっていた。

 シュリーは挑発半分で男に笑う。

 暗がりの中で男が肩をすくめたのが分かった。

「誰が勝手にやっているあんたの心配をするか。ここはバーグとは違う。誰に習ったか知らないが、向こうのやり方が通じると思うな」

 ぞんざいな言葉遣いに少しむっとする。

 同時に、自分の思っていたようなチャンスでないと少しがっかりした。彼は、この辺りの「やり方」を荒らす自分を諫めに来ただけなのだ。

「正式な仲介屋を通さない依頼が、どんなに危険か分かっているのか?」

「むろんです。仲介人が蹴るような仕事ですもの、誰も手を付けない依頼なんて危険で割の合わない仕事だと分かっていて受けていますの。あなたには関係のないことですわ」

「そう言う意味じゃねぇよ。あんたのやり方はこの国では非常に危険だ。・・・今ここで、あんたから止めるという確約をもらえなければ殺すしかない」

「結局はそう言う事ですのね」

 シュリーは鎌を構えた。

 危険な仕事、割に合わない仕事、それを引き受けてこなしているシュリーはこの国の便利屋にしてみれば「縄張り」を荒らす存在でしかない。

 忠告して、相手が応じないのであれば排除する。彼ら流のやり方だ。

 汚い。

 こいつらはそう言う連中ばかりだ。

 そして、両親を殺した男も、同じ「便利屋」の男。

「私はここで止まるわけにはいきません!」

 鎌を振り上げる。

 疾風を伴った刃先が虚空を薙ぐ。黒い影が空中を舞った。避けられる、と予測していた彼女は、鎌を切り返す。

 男はその攻撃をも交わし、僅かに笑いを含んだ声で言う。

「速いな」

「当然ですわ」

 魔力の込められた鎌だ。

 軽い短刀を扱うのと同じくらいの速度で扱うことも可能だった。ここまで慣れるのには随分と時間がかかってしまったが、おかげで多くの人間がこの鎌に油断をする。こんなスピードが出るとは思っていないのだ。

 カナリアは有能と言われるだけあって、強い。

 彼女の攻撃を余裕で交わしているのが何よりの証拠だ。

「避けてばかりいないで、攻撃したらどうですの?」

「むろん、そうする」

 空中で男が腕を抱きかかえるようにして丸まった。

 経験から、男が小さなナイフを仕込んでいると見当が付く。

 シュリーは鎌を盾のように構える。

 刹那。

 広がった男の手から、無数のナイフが彼女の周りに落ちてくる。

「!」

 鋭い刃は、まるで豪雨のように降り注いだ。

 彼女は鎌でナイフをはじき飛ばしながら後方へと飛ぶ。はじききれなかったナイフがドレスを引き裂き、巻き髪の一房を切り落とした。

 赤い髪が、地面へ散る。

 地上に降りたカナリアが、何故かひるんだ素振りを見せる。

 シュリーはその隙を見逃さなかった。

 構えた鎌が冷たい魔力の風を帯びる。

 大気の力を飲み込み、大きなエネルギーの塊を作り出す。

 黒鳥が走った。

 彼女は鎌を振るう。

『・・・・!』

 男の唇から、聞き取れない奇妙な言葉が漏れる。

 空が、紫色に光る。

「・・・・・紫電」

「え?」

 耳元で、男が呟くのが聞こえた。

 ややあって、痺れるような衝撃か全身を駆け抜けた。










 歌が聞こえる。








 誰かが歌っている。








 色とりどりの花が咲き乱れる中庭で、誰かが歌っている。それを少女は不思議そうに見守っていた。

 これは夢だろうか。

 それとも記憶?



 だとしたら、いつの記憶?



 あれは誰?



 何の歌を歌っているの?

『どこの国のおうた?』

 少女は問いかける。

 問いかけられた人が振り返った。

 黒い、長い髪をなびかせた女。

 地面に届きそうなほど長いまっすぐな髪。

 瞳の色は琥珀のような色をしている。

 産まれて初めて、見とれたほど綺麗な女の人。

『・・・私の故郷の歌よ』

 女は優しく笑った。

『コキョウってどこ?』

『ラン王国の西の方』

 寂しそうに、答える女。

 名前は何と言っただろうか。

 花の名前だった。

 綺麗な花の名前。彼女によく似合っていた名前。



 ・・・・そう、キンレンカ。

 お父さんとお母さんの「友達」だった人。

 前にいた国に、いられなくなったからと、昔の友人を訪ねてきた人だった。追われ、傷つき、色々な物を失いながらも懸命に生き続けていた女性。

『キンレンカはそこから逃げて来たの?』

『そう、そしてシェランで暮らしていた。でもだめね、私はそこからも逃げ出してしまった』

『どうして?』

 無神経な子供の言葉にも、彼女は誠実に答える。

 優しい人だった。

 暖かい人だった。

 彼女が、その時どう答えたのか・・・覚えている。







  『守りたかったから』

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