Story2 伝説の英雄(6)
6 知らなかった方が幸せな時もある
「それで、こんな風になっていたんですね」
マスターは納得がいったように頷いた。
「また、アンナが何かしたのではないかと冷や冷やしましたよ」
「失礼ね、私が原因ならお父さんが戻るまでに分からないように戻しておくわよ」
「ああ、それもそうですね」
「嫌だな、その納得の仕方」
マスターが戻ってきた時、街はまだ修復工事を続けていた。修繕費は全てリーティアの家、ミスティア家が負担すると申し出たため、壊滅状態にあった家なんかはむしろ喜んでいるくらいだった。みな、我先にと被害状況を報告してきた。
それはカナリアにとっては災難だ。酒場に入った復旧依頼を処理していたため殆ど休む暇が無かった。マスターが戻ればすぐにこなしてくれそうだったが、依頼を請けている以上、中途半端な仕事はプライドが許さないのだ。
結局休むに休めず事後処理に回ったのだ。
リーティアは一旦アインハイトに戻り報告をしてくると言い残しこの街を去った。
そして、工事が続いている事を除いて日常に戻る。
「怪我人は無かったのですか?」
「それは大丈夫。ノーコン娘の爆撃にあたった小鳥ちゃんだけよ」
「ああ、それは不幸中の幸いすね」
「どこが幸いなんだよ」
「んー、どうして真っ直ぐ飛ばないのかな」
口元に指を当てて彼女は不思議そうに首を傾げた。
頬杖をついてカナリアは息を吐く。
「・・・・お前、他に言うことあるだろうが」
彼の頭部にはまだ白い包帯が巻かれている。
全治一週間。
その程度で済んだのはさすがに石頭だ、とマリンに嫌味を言われながら治療を施された傷口はもう殆どふさがっている。それでもまだ包帯を巻いているのは余計な詮索をされないようにするためだ。
法術を使わずに治ってしまうのはさすがに普通じゃない。
マスターはふてくされた男の前に陶器で出来たジョッキを差し出す。
「まぁ、お酒でも飲んで元気を出して下さい」
「労ってくれるのあんただけだよ」
カナリアは溜息をつく。
あの時彼が何をしたか、彼以外誰も知らない。リーティアやアンナが近くにいたのなら気付かれた可能性もあるだろうが、あの状況下では「仲間の攻撃にあたるミスを冒した役立たず」としか映らない。
別にあの力の事で褒めて欲しいとは思わないが、努力が報われないのは些か悲しいモノだ。
「それで、彼女は元気でしたか?」
マスターはリーティアの残していった武具を見ながら懐かしそうに微笑む。
彼が言うには伝説の武具がこんな形になったのは、水の一族は宗教的風習的な事情から武器を使っては行けないと言う戒律があるからなのだという。武器という形を隠すために、彼女専用の武具として作らせたそうだ。
結局、30年前の竜退治の一件で家族にばれてしまい彼女が連れ戻され、この武具は銀の麦の厨房で働いていたのだ。
専用武器だから彼女でなければ反応しないものだが、違和感なく使ってしまったカナリアは、これに対してもショックだった。
この三日間、ショッキングなことが多すぎた。
「リーティアはねぇ、乾いたり潤ったり繰り返しながら、イカとか食べてたよ」
「ジェラートさんに狙われながら結局味見もされずに戻っていったわ」
「そうですか、相変わらず元気そうですね」
「・・・あれが日常なのかよ」
亜精霊に出会ったのは初めてではない。外見的特徴と、精霊に近い能力を除けば人間と殆ど変わらないのを知っている。中には外見すら人間と変わらない一族も知っているから、カナリアは亜精霊に対して幻想を抱いていなかった。
だが、伝説の英雄となると話は違う。
さすがに戦っている時はそれらしく見えた。
しかし、普段はあれなのだ。少し、がっかりした。
「それにしてもさ、私、亜精霊って初めて見たよ」
「彼らは滅多にアインハイトを出ませんからね。ああ、でも、気が付かないだけで以外と身近にいたりするものですよ。彼女も初めは普通の人間のふりをしていたでしょう?」
「あ、そっか」
「もっとも、彼女は水の一族の中でも異端児ですけどね。だから私なんかに弟子入りをしたんですけどね」
異端でなければ家族に隠すために形を変えた武器まで使って師事しようとは思わないだろう。
「マスターって何を教えていたの?」
「色々ですよ」
彼は満面の笑みを浮かべる。
「色々です」
二回続けるあたりが意味深だ。
答える気がないのが丸分かりな答え方に、ふぅん、とだけ返し、彼女はもう一つ気になっていた質問をぶつける。
「リーティアってさ、30年前の英雄なんでしょ? 今、いくつなの?」
「そうですね、イスティアでイーファ女王の即位を見たことがあると言っていましたから、私より年上ですね」
「そうなの? へぇー、お水沢山飲むのって美容にいいんだ〜」
「いや、そもそも亜精霊は人とは寿命も年の取り方も違うんだよ」
「あら、だけど、いい水は本当に美容にいいのよ」
「え? どっちなの?」
アンナは(どこに入っていたのか)ジェラートの腹の辺りを探り、小さな小瓶をとりだす。その中には透明な液体が入っている。
「ここに、ちっとも怪しくない美容に良さそうな水があるのだけど」
「怪しすぎるだろ!」
「失礼ね、イチゴの苗に一滴垂らしたら紫色のイチゴが一晩でなった怪しげな液体なんて使っていないわよ」
使ったのか。
この娘と、マスターが親子なんてとても信じられない。
さすがにその美容に良さそうな水は異常だと判断したのか、エリーは、満面の笑みで「使ってみる?」と聞いてきたアンナの申し出を丁重に断った。
「そう、使いたくなったら言ってね?」
そう言いながらアンナは再びジェラートの腹の辺りに小瓶をしまった。
飼い主に似て、謎の多い猫だ。
そういえばジェラートの瞳とアンナの瞳の色は同じだ。まさか、ジェラートはアンナの実験で作成されたものなのだろうか。
いや、それ以前に本体はどっちなのだろう。
(・・・・あれ? そう言えば・・・)
「なぁ、マスター」
「何でしょう?」
「その包丁とフライパン戦いに使っていたんだよな?」
「そうですよ。彼女は腕が良いですからね、魔法生物を初めとして様々な魔物を退治してきましたよ」
「まさかとは思うが、×××とか××××とかの退治したとか言わないよな?」
思わず放送禁止にしてしまうほどヤバイ魔物。
そんなものを退治した後、料理に使うなんて普通の精神を持っている人ならとても出来ないことだ。
そもそも、竜を殺した剣で料理するのでさえどうかと思うのだが。
マスターはにこりと微笑む。
「ああ、大丈夫ですよ」
「そうか、良かった。マスターは良識の・・・」
「ちゃんと洗ってありますから」
衝撃。
凍り付くカナリアの後ろでアンナがにやりと笑う。
「え? 何? 何を退治したの?」
聞いていなかったらしいエリーは慌てて聞き返すが答える者はいない。
知らない方が幸せな時もある。
大丈夫ですよ、とマスターは再び微笑んだ。
「ちゃんと、洗ってありますから」
やっぱりこの人アンナの父親だ。




