Story2 伝説の英雄(5)
5 竜を倒した剣
叫んで、彼は絶句した。
そこにいたはずのリーティアの姿が見えない。代わりにいたのは老婆だった。
「嫌ですよぉー、リーティアですってば」
「そんな・・・声まで変わって!」
すっかりしゃがれ声になっている彼女にエリーは衝撃を覚えたようだ。初めて酒場に入ってきた時よりも老化している女は頬に手を当てて嘆く。
「この辺って乾燥していて嫌になりますね。大気の水じゃ足りませんよ」
「乾燥しているってレベルの問題じゃ・・・」
「不便でも水分補給しなきゃ使い物になりませんから、私ちょっと死に水を取ってきます」
「え? ちょっと、死に水って誰の!?」
「つーか、お前何者なんだ!?」
彼女は申し訳なさそうに笑って酒場の方に戻っていく。
説明をするよりも先に水が欲しいのだろう。
おそらく彼女は自分の中の水を操って魔法を使ったのだ。契約や誓約に縛られない違った種類の魔法。それはアンナやカナリアの使う魔法の種類に似ている。
とどのつまり、それは
「!」
彼ははっとして真後ろに飛んだ。
眼前を巨大ウナギの尾が通過し大通りに構える商店の店先を破壊する。今まで入り口だった場所は瓦礫へと代わり、土煙を立てた。
先刻の爆発で奴はこちらに気付き、敵と認識したようだ。
魔法生物の赤い瞳がこちらを見下ろしていた。
「きゃー! ど、どどどうしよう!! 目があっちゃった!」
ぐん、と辺りの魔力に変動が起こる。
強い魔法の匂いを感じ、カナリアは舌打ちをした。
少女の周囲に魔法が集まっている。
「止めろ、その魔力じゃ街を破壊・・・・」
「生ナナなめたけ舐めただけ!!!」
相変わらず不自然な呪文を唱えると、巨大なエネルギーが彼女の手のひらに集まる。魔法生物がいるという特殊な状態で、場が魔力に満ちあふれていたため彼女の魔法のレベルは桁外れに上がっている。
元々彼女の魔力は強い。
制御することがなかなか出来ないだけで、本来の力としては魔術師の塔で学んだ人間を凌駕するほどの魔力を有している。
それがあの魔法生物にぶつかれば跡形もなく消し去ることは可能だろう。
街の半分を道連れに。
「・・・っ!」
彼の瞳が赤く染まる。
エリーの魔法が発動すれば、街の半分が壊滅する。万が一にも暴走すれば、一つの街が消し飛ぶ威力はある。それだけの魔力の変動が一瞬のうちに起こっているのだ。
何としてでも止めなくてはならなかった。
黒く芯を残した瞳孔が燃えるように微振動を起こす。
その振動に巻き込まれるように、周囲の空間に歪みが生じる。それは周囲の魔力を吸い取るように強い渦を作り上げた。
場の魔力の流れが急激な変化を見せる。
少女の元に流れていた魔力はカナリアの方へと集まってくる。
燃える瞳孔が流れ込む魔力を押さえ込むように激しく揺れる。
(・・・くそっ、全部は無理か)
彼は半ばはじき飛ばされるように後退った。
酷い頭痛が起こる。
魔力よりも精神を強く使ったせいだろう。いくら訓練しているとはいえ、これだけの魔力を吸い取ってしまうというのは無茶な話だ。竜や純粋な竜人ならともかく、彼の精神ではとても堪えきれる量ではない。
無茶をすればカナリア自身が暴走をしかねない。
カナリアはその場に膝を付く。
「きゃー! カナリア危ない!!」
「・・・え?」
彼は顔を上げる。
目の前にはエリーの作った魔法の球。
避けることは・・・・・・・・出来なかった。
「!!!!!」
悲鳴は瓦礫の崩れる音でかき消される。
魔力を押さえられていたとはいえ、まともに攻撃された彼は飛ばされ壁に叩き付けられる。
勢いで崩れた壁が瓦礫となり、彼を生き埋めにした。
「カナリア! 大丈夫!?」
これで大丈夫な人間がいたらお目にかかりたい。
頭痛が物理的な要因によるものに変わり、彼は頭を押さえた。ぬるりとした嫌な感触がする。出血しているようだ。
あれだけの爆撃でこの程度で済んだのは奇跡なのだろうが、この状況下でのこれは痛手だ。
「大丈夫だ、それより早く・・・」
逃げろ、と言いかけた時、目の前を青い影が通過する。
ふわりと風になびく青い髪、青緑をした不思議な色の瞳、青くしなやかなヒレのような耳は人間のそれとはまるで違う。
それがリーティアであることを認識するのにそれほど時間はかからない。
彼女は盾と剣を手に、ドラゴンへ向かい走る。
盾と、剣?
いや、フライパンと、包丁だ!
「無茶だ!」
カナリアは慌てて立ち上がる。
いくらなんでもフライパンと包丁で戦うのは無茶が過ぎる。
しかし、彼女は平然とした様子でドラゴンの前に立った。
「おいで」
彼女はにやりと笑う。
挑発されたドラゴンは、彼女に向かって巨大な尻尾を振り落とした。
「リーティア!」
エリーが悲痛な声で叫ぶ。
土煙が立ち、彼女の姿が見えなくなる。
潰されただろうか。あの至近距離で避けることが出来なかったのなら、彼女はもうあの尾に潰されてしまっているだろう。
カナリアは顔をしかめた。
が、
「この程度じゃ、私を殺せない」
自信に満ちた女の声。
ドラゴンの攻撃を片手に握ったフライパンで完全に捕らえていた彼女はにやりと笑う。そしてそのまま、もう片手に持った包丁を振った。
包丁から風が産まれる。
それはドラゴンの巨大な体をいともあっさり半分に切断した。
「すごっ・・・」
「・・・思い出した」
「え? 何を?」
「竜殺しの英雄、リーティア・ミスティア・・・彼女、亜精霊種だ」
「亜精霊種?」
カナリアは頷く。
神話ほど昔、精霊達は人間と共に地上で暮らしていた。しかし、竜族と人間との間に大きな戦争が起こったため、精霊達は争いを嫌い天界へと去った。その時、精霊達の中には地上に残る事を選んだ者たちがいる。それは時を重ね、人と精霊との交ざり合った亜精霊という種族を誕生させた。
今は人類ほど多く残されていない彼らは、封鎖されたアインハイトの中に籠もり、滅多に人と関わろうとはしない。
彼女は、その中でも水の精霊に近い種族の亜精霊種なのだ。
そして、三十年ほど前、北のラン王国で正気を失った竜を剣と盾だけの軽装で倒した伝説の英雄・・・・
(ひょっとして、あれがその伝説の武具なのか!?)
伝説の武具に関して多少の憧れを持っていた彼は動揺する。
竜を倒した程の武具だ。相手が具現化したドラゴンであろうと、その剣で切りつけられれば原型をとどめないように破壊するまでもなく消滅させるのは可能だろう。
だが、とても信じられない。
確かに彼女の握ったフライパンと包丁は強い魔力を帯びている。どう見たって銀の麦にあった包丁とフライパンなのに、魔力を帯びている。
(し、信じたくねぇ)
あれが伝説の武具なんて。
彼女が伝説の英雄なんて。
信じたくない。




