Story2 伝説の英雄(3)
3 師匠
カナリアは包丁を手に取り苦笑いを浮かべた。
「何か作るよ。リーティア、あんたも何か食べるか?」
「ああ、はい、お願いします。出来ればイカそうめんとお水を」
初めて聞く単語にエリーは不思議そうに問いかける。
「いかそうめん?」
「生イカを細長く切った食べ物ですよー、知りませんか?」
「え? イカって生で食べれるの?」
「・・・生・・・面白そうね」
にやり、と笑うアンナをカナリアは意外そうに見返した。
「何だ、アンナも食べたこと無いのか?」
「私はゲテモノを食べさせる趣味はあっても、食べる趣味はないの」
「ゲテモノって・・・」
それではまるで自分の料理がゲテモノと認めているようなものだ。
この辺りではイカ自体がそれほどメジャーな食べ物でもない。この辺の人なら生で食べると聞けばまず同じ反応を示すだろう。生食が出来ること自体知らない人が多いのだ。
「カナリアはあるの?」
「ああ、前に仕事先で無理矢理食べさせられた事があって・・・見た目よりは美味しかったぞ。この辺じゃあ新鮮なものが手に入らないから、やらないけどな」
「あー、やっぱり無理ですかー。じゃあ、火が通っていてもいいですから、何か魚介の料理と水」
どうしても水にこだわるリーティアを笑い、エリーはリクエストをする。
「よっぽど喉乾いているのね〜。私アスパラ以外の食べ物〜」
「じゃあ、私はロシアアザミのソテーでも」
「食えないし、材料が無いだろう!」
「仕方がないわね、パスタで我慢しておくわ」
「常に偉そうだな、お前は」
良識的な人の考え方では、人に者を頼む時は仕方がない何て言葉は吐かない。
彼女に常識的な事を求めたところで返ってくる答えは更に非常識なことになるのは目に見えて分かっている。
あえてそれ以上突っ込みは入れずにカナリアは何かリクエスト通りに作れるものがあるかと材料を確認する。
むろん、生イカとロシアアザミは無かった。
「カナリアってさー、料理上手いんだね」
魚介トマトソースパスタを頬張りながらエリーは言う。
まるでリスのように頬袋をふくらませながら食べる彼女の口の周りは赤い。テーブルマナーなんてお構いなしだ。これで、本当に姫がつとまっていたのだろうか。
カナリアは口元に手を当てて笑いをかみ殺して答える。
「まぁな。必要に迫られってやつだよ」
「小鳥ちゃんは一人暮らしが長いもの」
「そうなの?」
エリーはアンナを見る。
彼女はジェラートをこねこねしながら答えた。
「十年ちょっとね」
「師匠と別れてからだから・・・ああ、もうそのくらいになるな」
「師匠って・・・あなたも、マスターに?」
リーティアに問われカナリアは首を振る。
「いや、俺が教えてもらっていたのはモズ呼ばれていた人で、もう亡くなっている」
「それから一人暮らし?」
「ああ。っていっても、一年の大半はここにいないから一人暮らしってよりは一人旅が長いって感じだな」
ここに初めて来た時はかれこれ二十年前になるだろうか。
便利屋の師匠でもあるモズはここを訪れる事が多かった。拠点を構えるにあたってここを選んだのはやはりそれも要因になっているのだろう。
「まぁ、だけど、料理が上手くなったのは一人暮らしだからって訳じゃないぞ」
「そうなの? じゃ、何で?」
「モズ師の手料理が恐ろしく不味かったんだ」
今となっては良い思い出・・・になるわけがない。
アレは食べ物に対しての冒涜だ。
「何て言うか、食べただけで脳が耳から出てきそうなレベルの・・・んー、どう説明すべきか」
「まるで殺戮兵器のような味」
「そうそうそんな感じ・・・って何でお前が知っているんだよ」
まだモズが健在だった頃、既にマスターは開業していたがアンナがここに来たのはそれから随分と後になってのことだから、食べたことはないはずだ。
噂で聞いたのだろうか。
彼女は何故か誇らしげに笑う。
「彼は伝説の料理人よ」
「え? そんなに酷いの!?」
「はぁー、それだけなら一度食べてみたかったですねぇ」
知らないというのは平和なことだ。
確かにモズは伝説だった。
食べられるものを食べられないものにする天才だった。
焼き物を焦がして炭化させるなどという生やさしいものではない。アンナの手料理と師匠の手料理、どちらを食べるかという究極の選択に迫られた場合、後々酷いことになるのを覚悟でアンナの手料理を選びたくなるほどに奇怪なものを作る。
元の食材がなんなのか、何を作ろうとしたのか皆目見当が付かない何かを作る。
モズの料理は口に含んだ瞬間から何かが起こる、そういう代物だった。見た目も味もいいだけ、アンナの方が数倍マシだ。
おかげで料理の腕は上がったが、思い出したくもない記憶でもある。
「じゃあ、カナリアにとってモズさんは料理の師匠なんだね」
「何でそうなるんだよ」
「え? じゃあ何の師匠なの?」
「あ・・・それは、あれだ。うん、便利屋のノウハウを教えてもらったり、戦い方を教えてもらったり・・・・あの人は料理以外何でも出来る人だったからな」
「ふぅん?」
急にしどろもどろになったカナリアを訝しげに見ながらエリーは首を傾げる。
リーティアも首を傾げた。
「うちの師匠とどちらが凄かったんでしょうねぇ」
「あれ? そう言えばマスターって何の・・・・」
ごぶぎゅるぴるぴー
本日二度目の音。
一同の視線がエリーのお腹に集中する。
エリーは赤くなって手を振った。
「え? え? 今の私じゃないよ!? っていうか、むしろ外から聞こえたし」
げるげるぼぴゅるぱびー
「ああ・・・確かに外から聞こえるな」
「きっとやまびこよ」
「個性的なお腹の音ですねぇ、やまびこさん」
「いや、やまびこじゃないだろう。鳴き声・・・のようにも聞こえるな」
「鳴き声?」
「・・・・・・・・・・ああ!」
ぽん、とリーティアは何かを思い出したように手を叩く。
「忘れてましたよ」
「何? 何か知ってるの?」
ええ、と彼女はにこにこと笑いながら頷く。
「私、ドラゴンに追われていたんですよ。すっかり忘れていました」
・・・
・・・・
・・・・・
「・・・・・・・え?」




