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永遠に触れたくて  作者: 桜倉ちひろ
結:結ぶ恋
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17

 エレベーターに乗って地下1階のボタンを押しながら、珍しいなぁ、人に頼んだりするの、なんてぼそりと独りごちた。

 地下だとタバコが吸える。だからってわけじゃないだろうけど、コーヒー買ってきてなんて頼みごとする人じゃない。首を傾げながらエレベーターから降りて、いつもの自販機にお金を投入した。

 ――えっと、これだよね。

 好きな人の好きなものを覚えてるってだけで、なんだか勝手に優越感を抱いてにやけてしまう。恋する乙女は、なんでもいいから彼のことを知ってる自分が嬉しいもの……って、誰かに言われたなーなんて思いながらボタンを押すと、背後に人が立つ気配を感じた。

 あ、急がなきゃ。

 そう思って慌てて出てきた缶を取り出して立ち上がると……

 「萌優ちゃん、お疲れ」

 ニッと笑う、石田さんが後ろに居た。

 「石田、さん」

 予想もしなかった人物が現れて、思わず声が引きつった。金曜日にあんな別れ方をしたままの上、この土日に全く連絡しなかった。

 どころか……忘れてた。

 石田さんとのあれこれが、ぜーんぶ吹っ飛ぶくらい刻也さんのことで頭がいっぱいだった。突然のことに動揺が隠せず、焦って缶を落とす。

 「あっ」

 コロコロと転がるそれを、屈んで石田さんは取ると「しっかり持たなきゃ」って優しく言いながら笑って私に手渡してくれた。

 「萌優ちゃんは何飲むの?」

 「え、と。あ、私は……」

 「カフェオレにしとこっか」

 返事が出来ずに佇む私を余所に、石田さんは隣の自販機にお金を投入してカフェオレのボタンを押す。出てきたそれを取り出すと、私に手渡してくれた。

 「お、お金っ」

 「そのくらい、ご馳走させてよ」

 「うあ、はい。すみません……」

 石田さんの強気な態度に押されて、私は静かにカップを受け取った。受け取れるくらいの距離に立たれて、胸がざわざわしてしょうがない。これは、私が勝手に罪悪感を持っているせいだ。

 「ちょっとだけいい?」

 「……はい」

 補佐に10分以内って言われたけど、時間はまだ大丈夫。腕時計で確認してから、私はもう何度目かになる同じベンチに腰かけた。

 「こないだの話、だけど」

 「……はい」

 切り出されるとは分かっていたことだけど、いざ口に出されるときゅうっと身体が熱くなる。

 石田さんが意を決して何かを言おうとしていたことには気づいていたのに、それを見事に聞かず私は置き去りにした形で別れている。すっごく――失礼なことをした、よね。

 今から話をされる内容は私が大馬鹿でなければおおよその見当がついているけれど、それに対して私が彼にイエスとは言えない。こんな私に対して、そんな好感情を持ってくれていることがすごく嬉しい。だからこそ、石田さんから出来れば聞きたくない我儘な気持ちがある。

 私は最低だから、良い子で居たいから、彼にごめんなさいって言いたくないんだ。それに……、石田さんに嘘をついていたことも後ろめたい。

 色々な思いがないまぜになって、私は石田さんに目を合わせられなくなっていた。

 ほんとに、ほんとに自分勝手だ。それでも顔を上げる勇気がなくて俯いていたら―――

 「萌優ちゃん。もうちょっと上手く隠さないと」

 優しい声音で、予想外の言葉が聞こえてきた。

 「え?」

 思わず顔を上げる私に、石田さんはにこりと微笑む。

 「いとこじゃないでしょ? 金曜日の人」

 目には少しだけ寂しさを浮かべているのに、彼は微笑みながらそう言った。

 金曜日の人、上手く隠さないと……

 言われて気づく。大した推理なんてしなくても、誰にだって分かる。

 「ご存知、だったんですか?」

 「いや、知らなかったんだけど。こないだ分かったの」

 こないだって、金曜日?

 まさか、一緒に会社を出たとこ見られた!?

 すごくこそこそしていたわけではないから、ばれても仕方ないとは言えやはり焦りを感じる自分がいる。でも主任からは、私と補佐じゃあり得ない妄想だって言われたし、いっそ補佐がいとこだと言い切るとか……流石に、無理がありすぎだよね。

 「萌優ちゃんっていうか。ぷくくっ、あの人、あんなに慌ててきちゃったら分かるでしょ」

 「え?」

 「永友補佐。超必死で走ってきたじゃん、こないだ」

 私自身はテンパっていたからよく分かっていなかったけれど、どうやら傍目には補佐は相当テンパっているように見えたようだ。

 「よっぽど大事なんだなって感じたよ」

 他人の目から見た客観的な印象こそ本当のような気がする。だから自分では感じきれない部分を伝えてもらえて、純粋に嬉しい。ただ、石田さんの目が曇っているように見えて、それはとても心苦しく思う。

 「あの人が萌優ちゃん連れて走ってく姿を見て、あー俺が見たのってあの人だって雰囲気で分かった」

 「雰囲気で?」

 「そうそう。すっごく守ってるよね」

 「そう、ですか?」

 実際に気持ちを伝えてもらえたのは金曜日だ。それまで補佐との距離はかなりあったから、私に近づいていなかったはずだ。それなのに、付き合うことになる前から、補佐は変わってないってこと?

 「ちょっとだけね、萌優ちゃんの後ろに立ってるよ、いつも」

 知らなかった、と思いながらも、振り返るとそうかもしれないと感じた。信号やエレベーターなんかで待つ時、確かに半歩後ろにいる気がする。

 「見えないんだよ、君のこと後ろからだと」

 「え?」

 「凄いナイトぶり」

 「ナイトって」

 キャラじゃないその単語に苦笑いする。

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