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「いや、お前以外となんて今さら嫌だしさ。それに、出来たら3つくらい付き合って欲しいんだよな。泊まりじゃないと無理だろ?」
「さ、ささささんっ!?」
声も顔も引きつらせて、壁に同化してもおかしくない程へばり付いた。
首を振って、逃げる私を不審に思って彼はゆっくり近づいてくる。
「ちょっ! ちょっと待ってください!」
「どした?」
「それより近づくことを禁じます!!」
「は?」
「ぎゃーー!! もう進んだらダメです!!!」
激しく叫んで私はまた逃げた。けど、うっかり逃げたのはリビングに繋がった和室だ。袋小路になったこの部分からはもはや逃げ切れない。
「おい、萌優どした?」
平然とした顔をして、近づかないでという警告を無視して近づく彼。
仕方ないので、私は切り札を言い放った。
「わ、私っ! し、したことないですからっ!! あの、刻也さんが、私じゃないと嫌って言ってくれるのは嬉しいですけども。と、とととにかくっ。3回とか、無理ですからっっ!!」
もう死にたいって思うくらい、恥ずかしさで赤面しつつ、自分の恥ずかしい一面を赤裸々に叫んだ。
「……は?」
一歩一歩ゆっくりと近づいてきていた刻也さんが、ようやくその歩みを止めた。私との距離、わずか2メートルもない場所になって、やっとだ。そんな風に想いながら、力強く訴えた。
「とにかく、落ち着いてください補佐っ」
両手を前に突き出して、プルプル顔を振る私。パニックを起こしすぎて、補佐と呼んでいることにも気が付いていなかった。
「いや、落ち着くのはお前だ萌優」
「いえいえ、私は至って落ち着いてますから、大丈夫です」
「……大丈夫じゃ、ないだろ」
はぁ……とため息をつきつつ、また私に近づく彼。折角止まってくれたのに、近づいてきたら開いてた距離が無くなってしまうっ!
「ちょっ、ほ、ほんとに! 私ほんと無理ですからっ。せめて一回にしてください!!」
混乱がピークを迎え彼に腕を掴まれた瞬間、私は自分でも想像もしていなかった提案を自らしていた。
「……あのな、萌優」
私の提案に思い切りため息を吐くと、彼は落ち込んだ表情で私を見つめた。
「あ、まさか」
けれどそれには一切気づかない私は、刻也さんが何か話をしようと口を開いたにも関わらず、私はあらぬことに気が付いて口から滑り出た。
「処女は嫌だとか、言いますか?」
「はぁっ!?」
刻也さんは眼鏡越しにも分かるほど目を見開き、そして素っ頓狂な声を上げた。それでも私の話は止まらなかった。
「面倒だって、言いますよね……ごめんなさいっ」
勝手に話を終わらせて、私は落ち込んだ。うっかりいろんなことを喋りすぎてしまった。それで裏目に出るなんて最悪すぎる。
もう今すぐここから飛び出したい。
泣きそうになる目を、掴まれていない手でぐっと擦ると、手を掴まれた。そして、目の前の人は心底疲れた顔をして私を見ている。
「頼むから、黙ってくれ萌優」
とてもゆっくりと、まるで子供に話しかけるかのような声音で私に語りかけながら、彼はそっと私の顔を持ち上げた。
「……あのな」
「は、はい」
この数分で、何度目になるかわからないため息を吐かれ、それに少し落ち込む。
「お前の勘違いだから」
「はい……は?」
「だから、俺ヤルなんて言ってないだろ?」
「えっと、だって、あ、アレ?」
勘違いと言う言葉と『ヤルなんて言ってない』というフレーズが頭を巡る。その言葉に赤面しつつ、私は言われた通りゆっくりと、数分前を脳内で再生した。
確か『お前のせいでたまってるんだ』と言って。
それから……『3つ付き合ってほしい』って言ったよね?
3つ……?
ん……?
「俺は、お前に付き合ってくれと言ったけどな。そっちじゃなくて、アッチ」
アッチと言って立てた親指が指したのは――
「テレビ?」
「じゃなくて! お前と観てたもんがあるだろうが馬鹿!!」
「ひゃっ」
ゴンと拳が落ちてきてもおかしくない程に大声で怒鳴られて、私は目を瞑って首をすくめた。閉じた目をゆっくりと開いて見上げると、そこには苦笑いした刻也さん。
「もしかして……プティキャラ?」
「せーかい」
くしゃくしゃと頭を乱された。
いつもより強めのクシャクシャに、少し怒りが込められている気がする。
「ひゃっ、す、すみませんっ」
「はぁーもー。お前と居たら俺の心臓が持たない」
「や、も、ほんと、すみませんって」
なおもぐしゃぐしゃにする手を掴んで離すと、じろりと見下ろされた。
しばらく私を見下ろした後、刻也さんの口角がゆっくり上がって、ものすごく意地悪そうな笑みを浮かべる。
「な……なんですか?」
雰囲気の変わった彼に何か嫌な予感がして、恐る恐る尋ねる。すると、今までに聞いたことも無いような声で、耳元でそっと囁かれた。
「萌優……抱いてもいいのか?」
脳髄まで響きそうな、コレなんて言うんだろう。セクシーボイスとでもいうんだろうか。耳元で囁かれただけで、足が震えそうになる。
訳の分からない熱が身体の内側からこみ上げてきて、全身が茹で上がったかのように熱くなった。言葉にならなくて、口を開いてもそのまま閉じるを繰り返して、まさしく金魚状態になってしまう。
「あ、の」
やっと出た言葉もこれだけで、私はドキドキしすぎて心臓がもう止まるんじゃないかと思いながらも、それでも刻也さんを見る目を逸らせずに声を掛けた。




