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「だってお前が釜田に」
「八重子先輩?」
「諦めて、他の人探すって宣言したって」
「はい!?」
「海人が、萌優に紹介したいやつがいるんですって」
「へっ!?」
焦りすぎてピザを落としそうになったところを、補佐がキャッチしてくれた。
「しっかり食べろよ」
なんて意地悪そうに言われたけれど、私のせいじゃない! と思いながら、助けてもらった手前文句も言えず、話をする前に食べてしまおうと思って一気に食べて、水を飲んだ。
ちゃんと飲み込んでから、ふうと息を吐いて話を始めようと口を開く。
「あの、さっきの話ですけど……」
けれど刻也さんの手が伸びてきて、私の口端を捉える。キュッと摘むと何かを取って自分の口元に持っていった。
ペロッ
―――っ!?
「ケチャップついてるぞ。ったく、躾し甲斐があるな萌優は」
そう言ってクツクツ笑われた。
「し、し――!?」
いろいろ言いたいことが頭を巡るけど、恥ずかしくて言葉にならなくて、私は結局押し黙るしかない。ふて腐れる私にまた笑って、刻也さんは二つ目に手を付けた。
あーもぉっ! ほんっと意地悪だよこの人!
8年前のトキ兄だったころの刻也さんを思い出しながら、私は目の前の人の昔を振り返った。
いや、昔だけじゃない。よくよく考えてみたら、補佐じゃない時の彼はちょっと意地悪な気もしてきた。
ふて腐れながらポテトを摘まんで、じとっと刻也さんを睨むけれど、どこ吹く風って顔をして美味しそうに新しいピザを食べている。
うー、悔しい。
なんだか私っていいように転がされてる気がする。
「で、続きは?」
すっかり余裕の顔で尋ねられて、私は悔しさいっぱいで内緒にしておきたい気もしたけれど、今さら拗れたくなくて話を続けた。
「だからですね。私は諦めずに頑張りますって言ったけど、諦めますとか言ってないですし、ましてや海人さんに紹介とかされてませんから」
「は? 嘘だろ?」
「嘘じゃないです! 私、一度もそんなこと言ってないですし。こないだも真子に頑張るって……」
もごもごとそう続けると、2つ目を平らげた彼は、指先をぺろりと舐めてビールを一口呷ってから、はぁーと安堵の息を吐いてソファーに体を沈めた。
「あのさ」
「はい」
「お前、今日さ。石田くんだっけ? と居ただろ」
「あ……はい」
石田さんのことは追及されると少し痛い。会社と言う場所で話をしていたという事実もさることながら、話がまだ終わっていないこともある。それに一瞬とは言え、石田さんを男性として見てみよう、刻也さんを好きな気持ちから逃げてみようなんて思ったものだから、余計に気まずい気持ちが湧いてくる。
「付き合うつもりだったんだろ?」
「はい!?」
寝耳に水だ。
もし、逃げられるなら、と一瞬考えたことは認める。だけど、どうしてそんな誤解が生まれてるの?
「あの、ほんとにそんなことは一切ないですから。一瞬、考えたりもしましたけど……それはほんとに一瞬で。私は、刻也さんじゃないと無理だって思いましたから」
あの時の心情を思い出すと、少し胸が痛くなる。
忘れられるなら、と思ったのに。いざとなったら目の前のこの人のことしか思い出せなくて。
でも実らないと思って苦しくて、泣きそうだったこと。きゅっと目を瞑ると、あの時の情景が浮かんでしまう。切なくなる。こんなに今満たされてるのに、馬鹿みたいにまた落ち込んでしまう。
「萌優。こっち向け」
「……や、です」
「はー、面倒くさい奴だな」
彼は体を起こしてソファーから降りると、私の下に跪いて下から見上げてきた。私が刻也さんより高い位置から見下ろしているって、いつもと違って落ち着かない。
「とき、なりさ、ん?」
「俺、お前を追い詰めたいわけじゃないから。というか……俺が全力でお前のとこまで走ったのは何だったんだと思って」
「走ったって?」
見つめる瞳に吸い込まれるようだなって感じる。それくらい強い意志の瞳に、クラリときちゃう。
「折角長井に発破かけられて気持ちに覚悟決めたのに。お前、諦めるって言ってるって聞かされただろ? 余計に焦って悩んでるうちに、鈴木が内線までかけてきて『うちの石田がお前の姫さん奪う気みたいだけど?』なんて言ってくるから、俺めちゃくちゃ焦ってお前探した」
「な、んの、話……!?」
「今日の話」
「うそ、だ」
「俺、嘘つく意味あるか?」
ニッと笑いながらも、少しだけ寂しさを含んだ顔をされて困惑する。
鈴木って、営業の係長だよね?
――姫って何!? って単純なツッコミもあるけど。
あーもーっ! なんていうかもう、これってこれって!!
「あの質問イイですか?」
「どーぞ」
半ばふて腐れたような返事をされて、クスリと笑いが零れる。だって、こんな刻也さんを見たのは初めてだ。
「今日走ってきてくれたのは、私のためですか?」
「エレベーター塞がってたからな」
「5階から、地下まで走ったんですか?」
「それしかないだろ」
「会議室の準備早まったのは?」
「口実に決まってるだろ?」
「プッ。職権乱用じゃないですか」
「たまにはいいんだよ。俺は真面目なんだから」
「ははっ、どの口が言うんですかっ」
「ん? この口」
そう言って、体を起こしたかと思ったら、私はそのまままた唇を塞がれた。
「ん……っ、ん、ぁ……」
息がしたくて口を開くと、滑り込んで来た舌先。こじ開けられて入り込んだそれは、ほんのりとビールの苦みを私に送り込んでくる。




