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ドキドキが止まらなくて落ち着かない私は、クルリとターンしてソファーへ逃げた。
――わーっ。もうどうしたらいいんだろう!!
まだ解決してないこともいっぱいで、モヤモヤだって残ってるくせに。今目の前の彼を見ていると、全部吹っ飛んでしまった。
全部どうでもよくなって、頭の中がふにゃふにゃになる。ピンクの頭ってこういうことかなってくらいに、意識も脳みそもふわふわする。
ソファーの上なのに三角座りをして、両手で顔を隠しながら膝に埋めた。
「どうしたんだ?」
コトリとビールの缶を置く音が聞こえて、ふわっと彼の体温が近づいた。いつもあった20センチの距離は明らかにない。ほぼぴったり横にいるのが気配で分かる。それがまた私の心臓をおかしなくらいに早く動かして、耳まで赤くなった。
――おかしい、クーラー効いてないよっ。
電化製品に八つ当たりしながら、赤らむ顔を上げることが出来ずに膝に顔を埋めたままでいたら……
「萌優。顔あげろ」
私の左耳に、甘すぎる囁きが落とされて私はビクっと体を震わせた。
――今、なん、て?
「萌優」
混乱する私に、また名前を呼んで、今度は肩を揺さぶられた。
――も、我慢、出来ないっ!!
「い、言わないでっ」
赤いままで顔を上げると、すぐ隣の彼に向って両手を伸ばして、口を塞ぐ。びっくりして目を見開く彼と目が合って、恥ずかしくて俯いた。
――ひゃあっ。も、無理ー
って、心の中で叫んだ瞬間。べりっと呆気なく手が離された。
「こーら。口塞ぐな」
両手を取られて、私はぱっと顔を上げる。
恥ずかしいのに。
また見つめてしまって、でも今度は目が逸らせなくなった。じっと見つめる目が優しすぎて、涙が出そうなくらい優しくて。目が離せない――
「名前くらい、呼ばせろ」
「ッ――!」
この人、こんな人だった!? ってくらい、甘い言葉を落とされる。いや、甘いのか分かんないけど。私にはドキドキが止められない言葉ばっかり口にする。
台詞慣れ?
いや、そんな慣れとかある?
もうドキドキがドコドコに代わりそうなほど、心臓がおかしなほど活発に動いてる。
「お前は?」
「へっ!?」
「補佐以外で、呼んでくれるよな?」
いつかの時に見た、ニヤリと何かを企んだような顔で私を見る。この顔……あ、八重子先輩に海人さんの話したあの時と同じだ!!
私はそんなことを思い出しながら、目をキョロキョロさせた。
「えと、あの、えっと……」
私にとって、目の前の人は課長補佐で、その前はトキ兄で……それ以外の選択肢はない。
ってことは――
「お前の兄になる気はないからな、俺は」
トキ兄って言おうと思ったのに、その前に先手を打たれてしまった。
どうしたら良いものかともじもじしていたら握られた私の両手が移動させられて、ソファーでいつの間にか正座していた私の膝上に補佐の両手とともに置かれた。
「いやっ、でも、でもっ」
「でもは禁止」
「えー!? ……や、も、ほんとに……っ」
それ以上の言葉が出てこなくて、焦ってバタバタ動かしそうになる手は押さえつけられて。どうしようもなくて、ブンブン頭を振る。テンパると人間むちゃくちゃな動きになるみたいだ。
そんな私を見てくすくす笑う補佐に、なんだか顔が赤くなって止まらない。
「名前、呼ばれたら嫌か?」
その尋ね方が寂しそうに聞こえて、焦った私は勢いよく顔を上げて即答した。
「やじゃないですっ」
「だろ? 俺も、呼ばれたい。あ、まさか名前知らないとかないだろうな?」
至近距離で見つめるその目にドキドキする。ニッと笑う顔は相変わらず意地悪そうで、私が知ってるのはお見通しなくせに、ワザと言ってるのが分かる顔をしている。
「知って、ます、よ?」
それでも素直に呼べなくて、可愛くないと思いながら返事をすると
「じゃあ、5秒以内な」
「え!? またカウントですか!?」
「ほら、5ー、4ー」
本日二度目のカウントダウンに焦りながら、見つめ返す。でも、思い切り意地悪な表情で見つめ返すだけでカウントを止めない。
「2ー、い」「刻也さんっ!」
ぎゅっと目を瞑って、ときなりさんと叫んだ瞬間
「良く出来ました」
ふっと力を抜いて笑った刻也さんは、私の頤を掬ってさっきより深いキスをした。
 




