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それでも過去に付き合った経験がなかった私は、彼の言うことを素直に受け止めて我慢した。これが男女の付き合いなら、もう少し頑張ろうって思ったから。
お尻にまで上がってきた手が、まるで痴漢――って感じるのをギュッと目を瞑って耐えた。
それが辛い記憶しかない2回目のデート。
そして3回目は更にエスカレートして、彼との最後になった。
最初の誘い文句で気付くべきだったのに私はあまりにも馬鹿で、無知で。彼の呼び出しにただ喜んでしまった。「ウチ来る?」という誘いに。
私にとって、彼氏の家に行くっていうのは凄く大人で素敵なイメージだった。これぞ付き合ってます! みたいな。
私はこのとき、前回のデートで不快感を募らせている彼=現在の彼氏という構図をまだ受け止めきれていなくて、『彼氏の家に行く』というフレーズに脳内が踊らされてもいたし、これから私と彼の仲が深まっていくのかもしれないなんて馬鹿げた期待までしていた。
「行くっ」と即答した私を、今となっては叱りとばしたくて仕方ない。
当時の私は、今までと違う場所でのデートに期待しか抱いていなかった。それも甘い期待。彼氏彼女っぽくギュって抱きしめられて、好きだよって言ってもらって……みたいな、そんなマンガみたいな展開。あり得ないって自分で思ってたくせに、実際に彼氏が出来て、いつの間にか彼に変な期待をしていた。
それは私と彼との間で思い描くには、あまりにも無謀でありえない絵空事だってその時にはまだ気が付いていなかった。
彼の家に着いてから、今日親いないんだ……みたいなコトをぼそりと告げられ、警戒心を持つどころか緊張しなくて良かったって喜んだ私は心底バカすぎた。
だからその後起きたことは、今ならば当たり前に思い描けるほどの甘さとは程遠い最悪な展開だ。
彼の部屋に入るなり、後ろから抱きしめられてドキリとした私に対し、突然彼は私の胸を鷲掴みにした。しかも両手で。
「やっぱでけー」
耳元で嬉しそうに囁かれ、甘い何かとは程遠いその言葉に発狂しかけながら、ただついていけなくて身体を硬直させた。彼は背後にいるせいか傷みに顔を歪める私には気がつかず、勝手に胸を掴んでは離すを繰り返して、勝手に弄ばれた。
――これも、彼氏彼女なら当り前?
何度も自問自答して、私は痛みを堪えるように涙だけは零すまいと思いながら唇を噛みしめた。
その後はもう、想像通りに散々な目に遭った。
彼から「ヤろうぜ」なんて宣言をされて押し倒されてから、ヤル、ヤラナイの押し問答。流石にベッドに押し倒されて正気に戻った私は、望んでもいないことを無理矢理にされてまで我慢することはないんだって悟って、大いに抵抗した。そうして彼は言ったのだ。
「俺、お前の胸が触りたかっただけだよ? お前だって誰かとヤリたかっただけだろ? 今更純情ぶんなよ、可愛くもない癖に」
罵詈雑言。激しく酷い言葉の数々を浴びせられて、抵抗したズタボロの状態のまま、心までずたずたにされた。最後に吐き捨てるように言われたのは「大体、お前の声なんて子供っぽ過ぎてたたねーし」なんて言葉。あまりの屈辱に、絶対に泣くもんかって思いながらも、その場で号泣しそうだった。
圧し掛かった状態だった彼を無理矢理押しのけて、適当に身なりを整えてそのまま彼の家を飛び出た。その時の記憶なんてもう覚えてないけれど、ただ苦しくてボロボロに泣いて帰ったのは覚えてる。
ただ泣きながら分かったことは、彼は私を好きではなかったけれど、私も彼を好きじゃなかったってこと。そんな気持ちで付き合うことがそもそも間違いだったっていう後悔と反省をした。
そして当時Eカップで身長の低さと共に目立ったソレを、私にとってロクでもないものとインプットした。
中学よりかれこれ5年続けている演劇人間の私にとって大事なモノの一つは声だったりする。その声を酷い言葉で貶されて、私は立ち直ることが出来そうになかった。だから決意したんだ。
――彼氏なんかいらない、絶対に……って。
初めての彼氏でかなり痛い思いをした私は、高校時代それ以降彼氏なんて存在に興味を抱くことすらなく、ただただ平和で楽しい毎日を過ごした。
しかし短大を経て社会人になり、周りの友達にも彼氏がいるのは当り前な空気が蔓延し始めたことや、彼氏のいる友達をやはりどこかで羨ましいと感じる自分がにょきりと顔を出してきた。そうして短大の卒業間近になって、私にも気になる人が出来てしまったのだ。
それは、私が初恋を自覚したあの時に近い気持ち。
――助けてあげたい
そんな感情を抱いて、私はこれを恋だと勘違いした。
よくよく考えたら、それはあの大切な初恋とはベクトル違いの気持ちだったのに、恋愛初心者の私はここでも大きな勘違いをしたのだ。
「お前、御飯作るの上手いよな」
最初は、そんな言葉にほだされた。それから徐々に彼は私の家に入り浸るようになり、自然と一緒に過ごすことが当たり前になった。
一緒に居る時間が長くなれば情が湧くのが人間だ。どことなく頼りのない彼を助けてあげたい、支えてあげたいという気持ちは日増しに大きくなり、私は彼の傍に居ることで『彼氏彼女』という関係に満足感を抱き始めていた。
あぁこれで私にも彼氏ってものが出来た、って喜びが無かったと言えば嘘になる。
やっぱりあの頃は、羨ましい気持ちの方が大きかったんだ、多分。