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26.2.13
何度も涙を流した。
何度も抱きしめてあげたいって思った。
何度も諦めようって決意した。
だけど今、私はあの人の腕の中に居て。ただ幸せがじんわりこみ上げてきた。
この瞬間が永遠に続けばいいな……小説や漫画の世界だけのことだと思ったけど、今私も同じことを考えてる。
これって、永遠を感じるって意味の一つなのかな?
なんて。いつか、同じ気持ちをあなたが抱いてくれる日が来たらいいな……
運命なんて信じないって思ってたけど。
私がこの人を好きになったことが運命だって言うなら。信じられるかもって、思った。
多分。――ううん、絶対。
――――――
言われたのは『好きだ』って言葉だって理解できてる。
でもそれを心の奥の奥では受け止めきれていない感じがして、まだ戸惑っていた。
――好きだって何?
脳のどこかがそう訴えている。
ただ、ゆっくりと自然に上げた手が少しでも彼に触れたくて。
まだ抱きしめ返すのは怖い私は、そっと脇腹あたりのシャツを両手で小さく握りしめた。きゅっと掴むと指先が布越しに彼の体に触れて、熱を持つ。
「何か、言えよ」
じっくりと今の状況を味わっていた私は、そんな言葉で現実に引き戻された。
「え、と。あの……」
「ん?」
『ん』の一言が、すごく優しくて、とくとくと心臓が鼓動を速めていく。
「ほんと、ですか?」
何度も止めておけって言われて、最後には恵さんの話まで聞かされた。
しっかりとフラれた自覚がありすぎて、今好きだと言われて急に信じられない私を許してほしい。
彼の声で、彼の口から、直接私の耳に言われた告白。
分かってる、嘘なんてつく人じゃないなんてこと。それでも、すぐに受け止められるほど、私だって出来た人間じゃなかった。
私の頭上で何かを考えているのか、しばらく続いた沈黙の後「ふぅ……」と息を吐かれた。
「俺が……悪いよな」
歯切れ悪く独り言のようにそう漏らす声が聞こえる。
それでも私は何も口を挟めなくて、黙ってキュウっとシャツを握ると、それに呼応するみたいに強く抱きしめ返されてさらに彼の匂いに包まれた。
それだけで、クラクラする。
その力強さが、嬉しかったのにスルリと緩められて、私の体は解放されてしまった。
もう真夏と言っても過言じゃないこの季節。玄関はとても暑苦しい状態だけど、それでも離してほしくはなかった。少しだけ悲しみを顔に浮かべていたら、両手が私の頬を包んでゆっくりと掬い上げられる。
じーっと私を射るように見つめる瞳と目がぶつかって、またクラクラする。
まだ慣れない。
補佐じゃない彼は、私には強い毒を持っている。
ドクドク打ち付ける心臓に、眩暈がしそうになりながら、逸らすこともできない瞳を見つめ返すと、射るような強い瞳が私をじっと見ていた。
「見えないんだ」
「え……?」
また補佐の言葉が理解できずに、私は瞬きもせず彼を見つめた。
でも私の視線をしっかりと受け止めて見つめ返しながら、とても切なげな表情を浮かべて言葉を続けられた。
「お前が、もう。部下にも、女の子にも見えない」
――え?
言われた意味が飲み込めなくて、脳が大混乱を起こしている。そんな私を見てふっと笑って息を吐くと、優しい表情で私を見た。
「女にしか、見えなくて困るんだ。お前が」
「―――っ!」
優しい表情とは裏腹に、飛び出した言葉は凄い破壊力を持っていて、これでもかってくらい顔が熱くなる。ただでさえ暑いのに、熱る顔が余計に暑さを増した。
「ごめん、江藤」
「?」
何に対する謝罪かも分からずに首を傾げると、包む頬に力を込められて、右耳を少しだけ弄ばれる。
くすぐったさに小さく目をきゅっと瞑ると、ふわりと風が揺らいで……突然唇に降りてきたのは――柔らかな感触。
「ん……っ」
柔らかくちゅっ、と2度3度啄まれて離れる。
突然のことに一瞬目を開いたけれど、クラクラする意識に自然と瞼が下りて、4度目に落ちた唇がゆっくりと私の唇に重なった。
怖かった、本当は――キス、されることが。
初めてのキスは、無理やり路上で奪われて、その後の思い出は最低だった。2人目にされたキスは、お金と共に消えて、私って何だったんだろうって本当に落ち込んだ。人間として、求められたことがなくて、口づけと言うものは私にとって不幸の始まりだった。
けれど今私の唇に触れているものは、ただ温かくて。
柔らくて、ふわふわ包まれてる感じがする。
怖くて怖くて、突き放したくなる反面。離れてしまうのが怖くて、ギュッとしがみ付いて離さないでって言いたくなる。
離れてしまったら、私はまた、突き放されやしないだろうか?
そんな悲しい思いを胸に抱きながら、苦しくて顔を歪めたころゆっくりと離れていく彼の唇。
見つめたら、嬉しいのと切ないのと怖いのとがぐちゃぐちゃになって、ぽたぽたっと涙が零れてしまった。自分でも抑えられない気持ちの高ぶりに、気がつかずに零した涙。
それにいち早く気が付いたのは、当たり前だけど目の前の人。
「ごめんっ! ほんと、悪い」
私の涙を両手の親指でぐっと拭いて、そのまま私をまた抱き寄せた。
なぜ彼が謝りだしたのかまだ理解できてなかった私は、
「ど、したん」「泣くほど嫌なことして、悪かった」
尋ねる前に遮られて、言われたことに驚いた。
そっと右手を頬に這わすと、濡れた筋がある。
「へ……?」
泣いたつもりのなかった私は、自分に困惑した。でもそれよりも困惑していたのはもちろん補佐の方だ。
「ごめん、な。ここまで我慢してた分、興奮しすぎた」
素直にそんなことを吐露されて、思わずくすくすと泣き笑いしてしまった。




