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永遠に触れたくて  作者: 桜倉ちひろ
転:絡まる恋
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 ただ、ここ数日で分かっていることは、私に触れたりはしないこと。

 じっと見つめるだけ。だから今だって、見つめられただけ。

 上司と部下だから、触れられたりしない方が当たり前なんだ。それは、私を突き放すために、わざとそこまでの距離を置いてるのではないかと勘ぐってしまうほど、細心の注意を払って触れられていない気がした。

 今のがいい証拠なんじゃないだろうか。部下としては心配もしてくれるし、大事に思ってくれているけれど。江藤萌優個人に対しては警戒してるというか、困ってるのかもしれない。

 やっぱり私、諦めなきゃだめなのかなって、触れられなかった補佐の手を思い出して一人落ち込んだ。

 今までだったら――と、何度も勝手に想像する。

 反らされた視線が苦しくて、私は私で反対を向いたまま尋ねた。

 「あの、これからどうしたらいいですか?」

 レジュメを見つめながら問いかけると、補佐の方からも私を見る気配は感じられない。2人きりの空間でいることは私に苦しさや、切なさを与えるばかりだ。

 「机動かして、椅子もこの並びにして。持ってきた資料は3種類あるから1部ずつとって重ねて並べてくれ」

 「分かりました……」

 補佐の口から出たのは、簡潔にまとめられた仕事のことだけ。私の方も『分かりました』だけの返事をして、机を動かして椅子を並べ始めた。

 我慢して耐えて、補佐を気にしないふりをする自分を取り繕って作業を続けたけど、5分も経たずに私は耐えられなくなっていた。

 机はキャスターがついてるから一人でも動かせる。椅子も重くないから運べる。資料だって私一人でも並べられる。そう計算が出来たから、私はついに意を決して声を上げた。

 「補佐」

 苦い顔を必死に隠して、ずっと目が合わないようにしていたけれど、顔をあげた。

 でも補佐は顔を上げることもなく黙々と作業を続けている。けれどそれに対して私は気にもかけず、ゆっくりと口を開いた。

 「……私、一人でもこの後の作業をできますから。補佐は総務課戻ってください。こんな作業、手伝っていただいて、すみませんでした」

 これ以上、一緒にいることは辛すぎる。それならいっそ、時間が掛かったって、この人と二人でいるくらいなら、一人でした方がましだって思えた。

 もっともらしいことを言って、補佐に頭を下げてからそろりと顔を上げた。

 ギュッと机上で拳を握りしめて少し離れた補佐を見つめる。流石に私の言葉に驚いたのか、手を止めて補佐は顔をあげた。見つめたその顔は、なんだか私以上に苦しそうな気がして、ドキリとする。

 そしてゆっくりと口が開かれて……私は出てくる言葉が怖くてただ目が逸らせずにいた。

 「馬鹿言うな。さっさとやるぞ」

 一大決心をして言ったつもりだったけれど、補佐に呆気なく一蹴された。でも声に棘はなくて、私はそんなこと一つにホッとした。けれど二人だけの空間に耐えなきゃいけないことは、変わってない。

 だからまた私は、顔を上げられずに俯いたまま作業を続けた。最小限の言葉だけを交わして、補佐から逃げて、怯えながら―――開始から1時間と少し費やして、気が付けば3時半になっていた。

 当初のセッティング開始時刻よりも早くに終わった気がする。

 「これでいいだろう」

 会議室内をぐるりと見渡して補佐がそう告げたので、私は心底ほっとして息を吐いた。

 「足りないものはないですか?」

  終わっていいですか、と直球で尋ねたいのを我慢して質問すると、補佐は小さく『ん』と言いながら手をパンと叩いて質問にイエスと答えてくれた。

 私はそんな補佐をしっかりと確認して、スタスタと一目散に扉へ向かう。用が済んだなら、1秒でも早く開放してほしい。無我夢中ってこんな状態だろうって思うくらいに、強歩で大きな会議室を歩き、真反対にいた補佐よりさきに出入り口の扉の前に立った。

 ――出よう。

 ただ会議室から出るというだけなのに、異様に強く決意して扉の取っ手に手を掛けて開けようとしたその時。


 バンッ!!!


 大きな音を立てて、補佐の両手に私は閉じ込められた。

 私の方が早くに辿り着けたと思っていたのに、全くの思い込みだった。補佐の手が目の前の扉につかれていて、私の目の前に二つある。 それは頭の少し上を真後ろから伸びてきていて、前も後ろも逃げ道を失っていた。

 予知できなかった出来事と、閉じ込められた衝撃と音に、全てに驚いて体がブルリと震える。

 もう逃げたいのに。

 どうして逃げさせてもくれないの――?

 苦しくて顔をゆがめる私には気づかないまま「話がある」って、補佐は低い声で私の背後からそう告げた。いよいよ、はっきりと言われるのかもしれない。

 困るって。

 迷惑だって。

 部下としてちゃんとしろって。

 言われるのかもしれない。

 そう思ったら、会社だって自覚はあったのに、涙が零れ落ちるのがもう止められなかった。

 「聞きたくありませんっ!」

 ぼろぼろと泣きながら、私は大声で反発した。真後ろにいるのは上司だって分かっているけど、もう限界だった。嫌だって言ってるのに、なんども逃げようとしているのに逃がしてくれない補佐が悪いんだ。

 「聞いてくれ、江藤」

 補佐が懇願するように背後から続ける。だけど、それにも考える余裕もなく思い切り反発する言葉が私の口から出ていた。

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