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永遠に触れたくて  作者: 桜倉ちひろ
転:絡まる恋
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 部屋を出たとき、目も合わなかった。だから、私がどこにいるかなんて知るはずもないのに、なぜあそこに走ってきたんだろう。

 ……そうだ。そもそもどうして階段を走ってきたんだろうか?

 エレベーターは正常に動いていたし、使用してもなんら問題ないはずだった。会議室のセッティングは、そんなに急いでやる用事?

 いや、今だって無言だし、補佐に慌ててやってる様子はない。となると、走ってきたのってどうしてだろう?

 私はいま一つ作業に集中できないまま、ただ単調に椅子を移動させるという作業を繰り返していた。

 「江藤」

 「……」

 「江藤っ」

 「ぅわっ、はい!!」

 ごちゃごちゃ考えすぎて呼ばれていることに気づくのが遅れて、慌てて返事をした。

 さすが演劇人間。ちょっと大きい声出すと迫力あり過ぎる。あまりの迫力に、つい身体が震えてしまった。

 「資料……置いてきたから取ってくる」

 「資料ですか? それなら私が行って」「お前はここ居てろ」

 「……はい」

 さっぱり分からないけど、補佐はまだ怒ってるのか、私の言葉を遮って会議室を出て行った。資料くらい、別に私が取りに行ったらいいと思うんだけどなぁ……

 ――というより、どうして配布資料も用意してないの?

 何の準備もしてない私をそのまま会議室に連れてきたくらいだから、必要なものは揃っているものだと思っていた。それなのに、ここに資料がないってどういうことなんだろう?

 ますます疑問が増えてしまった。セッティング準備はしてないし、階段走ってくるし。しかも時間は勝手に変更されてるし。さーっぱり意味が分からない。

 「はぁ……意味不明」

 指示のあった椅子の移動を終わらせた私は、会議室奥の壁に背を預けるとそのままずるずるしゃがみこんでいた。いくつも疑問を並べたけれど、一人になった空間でボンヤリしても皆目答えに辿りつかない。だから……今沸き上がった疑問に対しては考えることを放棄し、ボーッと椅子の脚を眺めていた。

 眺めていたら、ようやく思い出した。

 石田さん……相手が俺にならないか、って言ってたよ、ね。それって、私の想像が妄想じゃなくて、当たりってことだよね?

 だとしたら私、困る、かも。

 だって、全然消えてくれない。補佐への気持ち。

 あの人の香りも声も温もりも。

 瞳に宿った優しさも切なさも。

 まだ何も忘れてなくて、私の中で深く居座ってる。

 トキ兄に惹かれたあの8年前から……ずっと私の一部を占領してきたモノ。

 だから、すぐになんて捨てられない――だから、困る。

 想いを受け止めることは出来ないから、希望を持たれても困る。

 そう思ってから、補佐も同じなのかもしれないってことに気が付いた。補佐が恵さんのことを色褪せることなく思い続けているにも関わらず、私が補佐を好きだと言い続けていたら……それって、もしかして困らせてるんじゃないんだろうか。

 もし私の想いが、補佐を困らせているならば――私はもう本当に諦めなきゃいけない。

 補佐は優しいから。ダメだって言いたいのに、止めとけなんて言葉に留めてくれてたのかも。

 補佐を、彼を困らせたいわけじゃない。

 私……何とかして気持ちを消化する努力を本気でしなくちゃいけないの、かな。

 誰もいない会議室で不意に気づいたことが、あまりにも私には辛すぎて胸が痛い。

 ただ好きなだけってこんなにも苦しい。いっそ、恋なんて気持ち、消えてしまえばいいのに。

 あなたを想っても……私には、永遠なんて見えない――

 こみ上げてくる想いが苦しくて、涙が一筋零れ落ちた。

 もう流す涙なんてないと思ってたのにな。そう思って流れた二筋目。

 でも、こんなところで泣いてるわけにはいかない。

 ――仕事中だ、私!

 そう自分を叱咤して、両手の平で涙を拭っていたら「江藤!」と、ガチャリと会議室のドアが開いたと同時に、私を呼ぶ声が聞こえた。ぎゅっともう一度溜まった涙を拭きなおしてから返事をしようとした。けれどそれよりも先に、二回目の江藤! が飛んでくる。

 「江藤、いないのか!?」

 私が見えないのか、慌てた様子で会議室内のボードのあるあたりへと駆け出そうとした補佐。

 ――え、なんで!?

 「い、居ます!!」

 慌てて立ち上がると、補佐に負けず劣らずの声で自分がいることをアピールした。

 そんなに焦ることでもあるの?

 補佐の剣幕に驚きを隠せないまま見つめていると、勢いよく近づいてきて私の目の前50センチくらいにまで駆け寄ってきた。補佐は、江藤だよな、って確認するみたいに私を上から下まで眺めると、ホッとした表情を浮かべる。それから、私の頬に触れようとするかのように近づいてきた補佐の手。

 伸びてきたその手にドキドキが隠せず、頬に触れる覚悟をしたけれど……その覚悟は無駄に終わったて、補佐の手は上がりきらずにゆっくりおろされた。

 「何か……ありました、か?」

 おろされた手が触れることなく離れたことが辛い。

 自分でもがっかりした表情を明らかにした気がしたけれど、そんなこと構う余裕なんてない。ぐっと拳を握りこみながら、冷静に、って何度も言い聞かせて質問した。

 「いや、何でもない」

 補佐はただそれだけ言って、そっけなくそっぽを向いた。

 ――今日の補佐は意味が分からなすぎる。 

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