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永遠に触れたくて  作者: 桜倉ちひろ
転:絡まる恋
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31

 数秒、ただ見つめ合ってから補佐は私に語り聞かせるように言った。

 「誰かを好きになって傍に居ることの、本質が見えるのかもしれないと感じてる」

 「本質……」

 そう言うと、今まで離してくれなかった手をそっと補佐が離した。汗をかいた掌が、空気に触れて急激に冷えていく気がする。その手を見つめていたら補佐は立ち上がって数歩歩き、窓際にまで離れた。

 「長々と悪かったな」

 チラと振り返って私の方を見ると、ぎこちなく笑った。その表情が、苦しそうで切なくて、私はまた抱きしめてあげたいと思ったけれど、それは決してできない。

 私はそれに耐え切れなくて、顔を歪め、唇を噛みしめて目を逸らした。

 「でも、お前には……もっぷちゃんには感謝してる」

 ここにきて突然私の名前が出て、戸惑いながら顔を上げた。

 「8年前、俺が永遠について質問した時、江藤言っただろ? 探し物は探さない方が返って見つかるときもあるんじゃないですかって」

 「え……」

 すっぽり抜け落ちた記憶の部分に補佐が触れて、私は恥ずかしくなった。

 そんなこと、言ったのだろうか? さっぱり記憶がない。

 「自暴自棄になってた俺は、それでもまだ演劇を捨てきれなくて、卒業記念にもう一度脚本演出をするって言って劇団を作った。それで――いろんなやつと付き合ってみた」

 「……っ」

 はっきりと告げられた真実に私は目を見張る。八重子先輩の言葉が脳内に駆け巡って、苦い気持ちが一気に広がっていった。

 どこかで、八重子先輩の言うことは噂に過ぎなくて、真実は別のモノが用意されているかのように思っていた。けれどそれは私の儚い希望であって、夢であって……過去の出来事はそんなにきれいなものではないんだ。

 そんな私の表情に耐えかねてか、もうこちらを見てもくれなくなった補佐は、窓から外を見ながらひとりごとのように語り始めた。

 「1回目の公演の後、実際にスカウトされて芸能界入りした先輩がいたせいで、また俺がやるって言ったらすごい人数が集まった。1回目同様に俺に取り入ろうとした人間は男女問わずにチラホラ現れた。

 それに都合よく便乗した俺は、女性からの誘いも断ることなく受けた。永遠がそのうち分かるんじゃないかと思って、馬鹿みたいにいろんな奴と関係を持ってみた」

 声が出なくて、それでも補佐を見つめるのを止められなくて、ただじっと横顔を見つめた。その横顔からは表情が読み取れなくて、私は苦しくなる。ますます遠い人になったみたいで、私の手が届かない気がして仕方がない。

 「そんな俺を見かねた長井と、安西……今は長井の嫁なんだけど。二人がピュアな中学生にでも触れた方が、お前のその歪んだ心を治してくれんじゃないかって言い出して。それで4回生の夏、あの合宿に行ったんだ」

 「あの時の――」

 「それで、お前に言われて。探さない方がいいこともあるって言われて、目から鱗だった。もっぷちゃんにそう言われた俺はそれでやっと目が覚めた。止めたんだ、つまらない付き合いを重ねることを」

 そう言って笑って、ようやく私を見つめてくれた。その顔は今日一番穏やかで、すっきりしている。

 「お前に感謝してるよ、江藤。でも」

 「待って。待ってください。もう、聞きたくない」

 今日2度目の拒絶を伝えて私は立ち上がると、両手で補佐の口を塞いだ。

 お前とは付き合えない、にしろ他の言葉にしろ。もうあなたから――拒絶の言葉は聞きたくない。

 睨みつけるように見上げる私に、補佐は観念したように目じりを下げると、ゆっくりと私の両手を掴んで、下に降ろした。

 口を開かない二人の間には、沈黙がただ流れるばかりで、それでも黙ってただ見つめあっていた。

 1分かもしれないし、10分だったかもしれない。ただ見つめあって、その心の内を必死で覗こうとお互いが考えているのが分かる。でも、言葉にしないのに伝わるモノなんて何もなくて……私の気持ちも補佐の想いも、まるで交わることが無いように感じた。

 先に視線を逸らした補佐は、まるで自分自身を汚いものだとでも断罪するかのようにハッキリと私に告げた。

 「軽蔑したらいい」

 そんなことをきっぱりとすがすがしい顔で言われて、やるせない気持ちと、少し湧き上がる腹立たしい気持ちとでいっぱいになった。

 後からモヤモヤが広がって、言葉にならない。でも、それでもはっきりと言えることがある。

 「私は……補佐が好きです。ただそれだけですから」

 そう言い切って補佐を睨むように見上げる。好きな人を睨みつけてどうするんだって思うのに、気持ちがごちゃごちゃしすぎていて上手くそれを表現できない。

 「泊まらせるようなことをして悪かったな」

 言いながら補佐の手が伸びてきて、頭か肩か分からないけれど私に触れる気がして……その手を掴んで避ける。好きだけど――今はまだ、全てを受け止められそうになかった。

 「帰ります。長居してすみませんでした」

 掴んだ手を離すと、ぺこりと頭を下げて補佐の顔も見ずに荷物を掴み、補佐の家を飛び出した。

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