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もう勘弁してほしい。
このまま話が続けば、確実に彼女が好きだと言う言葉を聞かされて、また振られるんだと思ったら怖かった。
出来れば隣に居たかった。
でも叶わないなら。せめて想うだけでもいいんだ。だけど、このままじゃ想うことすら叶わなくなってしまう。そう思ったら怖くて、そんな言葉が口をついて出てしまった。
だけど補佐は私を逃してはくれないらしい。
「悪いな江藤。でも聞いてくれないか?」
寂しそうにそう漏らす補佐の声が震えていて、私は泣きたい気持ちを必死で我慢した。
どうして……どうして私はこんなにもこの人が好きになっていたんだろう。自分でも酷いことをされているという自覚があるのに、それでも補佐の申し出を断れなくて涙を呑んで頷いた。
「――分かり、ました」
補佐の体重で少しだけ補佐の方に沈み込む体を立て直したくて、私はさらに距離をとって浅く腰を掛け直す。
これ以上、近づくのが、辛い――
だから身体的距離だけでも置きたかった。そんな私を知ってか知らずか分からないけれど……補佐は私のそんな態度を気にする様子もなく、変わらず続けた。
「中学の時の小さな気持ちは、会わないうちに薄れて、俺の中では全くの過去になってた」
小さな気持ち。その言葉にまたズキリと胸が痛む。
今もなおそのころの気持ちを引きずっている張本人こそ、この私だ。その私の想いすらも小さいものと言われた気がして、突き刺さる。
「過去になっていたのに……再会したんだ、大学で」
「大学?」
「一緒だったんだ。芸大の舞台芸術学科」
「は……」
演劇馬鹿だとは思っていたけど、まさか本当にそっちの方に行ってたとは思わなくて、私は驚きのあまり固まった。そんな私を見た補佐は苦笑いを浮かべる。
「真面目にあのころは続けたいと思ってた」
「演劇を?」
「あぁ。なぜか中学の時にたまたま入部しただけの演劇だったのにな。まぁ……今はもうただの趣味だけど」
なんてことないようにそう言ったけど、多分ほんとは苦渋の決断をしたんだと思う。一度スポットライトを浴びたら、それを断ち切る選択をすることがどれほど辛いものか、私にだって分かる。
2年前、劇団を解散した時の苦さをリアルに思い出して、自然と顔が歪んだ。揉めて、何度も話し合って、何人かは別の劇団に移ったり、はたまた芸能界進出を目指したりと最後はドタバタしたものだ。
本当に趣味程度の私ですら、自分の所属する劇団が無くなると言う事態はかなり辛いものだったのに、芸大にまで言った補佐が舞台に立たない選択をしたのは、本当に辛かったのではないかと思った。
「同じものをみんなが目指した場所で再会した俺たちは、仲良くなるまでに大した時間はかからなかった。まるで、今までも付き合いがあったのかってくらいに波長も合った。毎日が楽しかった、あの頃はとても」
どうしても気になって少しだけ隣を見ると、懐かしさに浸る表情をしていた。その懐かしむ顔には、私のことなんて一切含まれていない。そんな些細なことですら悔しい――そして辛い。
だって私は当時、まだ小学生だったから仕方がない。今まで意識を向けていなかった越えられない年の壁を、猛烈に意識した。
「当たり前のように想いを寄せていて、当たり前のように隣にいた。だから俺は……切り出すタイミングが掴めなかった」
「タイミング?」
「告白……出来なかったんだ、ずっと」
聞きたくない話だけれど、過去と割り切って聞こうと努力して、なんとか合いの手を入れた。
それに、この話には思い出す言葉がある。八重子先輩に補佐が言った、あの言葉。
『他人に言われた方が動けるってこともある。タイミングって大事だし、な』
あの言葉は、やっぱり補佐自身の過去の体験だったんだなって、一人で納得した。
「どうしようか、そう考えてるうちに厄介なことになった。俺自身がモテ始めてしまったんだ」
「は? えーっと、自慢……ですか?」
突拍子もない話に、私は思わず突っ込んでしまった。って、普通突っ込むでしょ?
自分で自分がモテたんだ、なんて言い出したら。これがもし真田君だったら、確実に『馬鹿じゃないの!?』って言いながら頭を叩いてる。
まぁ、補佐が言うとそんなこともあったのかって納得してしまう部分もあるけど。
でも……そんなこと、言う人だったのか。少しショック、なんて思いながらじと目で補佐を見た。
「理由があるんだ。俺がモテた……いや、俺に媚を売りに来る奴が増えたわけが」
「媚……?」
慌ててモテた発言を否定するような説明が入ったけれど、さっぱり話が見えなくなってきた私は、訳が分からずに首を傾げた。固唾を飲んで続きを待つと、補佐は私をちらりと見て苦笑する。
「脚本演出を俺がやるって言って、学内で小さな劇団を立ち上げたんだよ」
「脚本演出を……!? すごいですね」
「すごくもなんともない。やりたいことをやってみたかっただけで、俺は何もすごくない。でもそれが大失敗だった」
また顔を曇らせた補佐は、私とは目を合わせない。
「いい役が欲しくて、みんな食いついてきたんだ。俺に」
「役……?」
「芸能人みたいな話だろ。でもみんな本気だった。
丁度その劇団の初公演を学校側の50周年式典に参加させてもらえることになった。俺の居た芸大からも過去に芸能界入りした先輩は多い。だからそう言う大掛かりな式典なんかは割とテレビ局がたくさん来る方なんだ。勿論、芸能プロダクションのスカウトもな」




